『荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論』

2011年6月21日 印刷向け表示
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ホラーの魅力を伝達

荒木飛呂彦といえば『ジョジョの奇妙な冒険』や『バオー来訪者』など、漫画好きであれば誰もが知りうる漫画家だ。そんな氏は熱狂的なホラー映画ファンであり、その魅力を伝えてくれるのが今回の一冊『荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論』である。ホラーといえば多くの人が毛嫌いする傾向のあるジャンルであり、観客を怖がらせる為に作られた映画だが、反対に著者はそこに注目している。
著者曰く、ホラー映画は人生において大切な事を教えてくれるらしい。普通、人間はかわいいもの・美しいもの・幸せで輝いているものを好む。だが、世の中すべてが美しいもので満たされているわけではない。世の中は綺麗なものばかりでない。むしろ醜いもの、汚いもののほうが多い。さらに自分ですら人を妬んだり、虐げたりする。その理想と現実の狭間で、私達は傷つきながら学び、成長する。

ホラー映画最大の魅力は、醜く汚い部分の誇張と、残酷なまでの不幸の演出であるとも著者は語る。そして観客は最高に安全な形で物語を見る事ができ、そこにホラー映画最大の恩恵である「癒し」があるという。現代に生まれた多くの人間は不幸からそれなりに守られた人生を歩むが、ホラー映画では人生の汚い面に向きあう予行演習ができる。カワイイ子にはホラー映画を見せよ、と力を込めて伝えてくる。またホラーの中では、不幸を努力して乗り越えよう、といったお行儀の良い建前はない。死ぬときは死ぬと伝えてくれる。

ちなみに氏のマンガ作品の中には、こういったホラー要素が多数含まれる。それは演出や構図もさる事ながら、敵役には「圧倒的な強さ」に加え、必ず「恐怖」が伴っている。

本書はまた、ゾンビ系、SF系、アニマル系、悪魔・怨霊系といったジャンルに区分けされており、ホラーの構図を学ぶ事ができる。さらに筆者が選ぶ「ホラー映画ベスト20」もあり、どこから入ればよいかわからないホラー初心者へのガイドにもなる。面白いフレーズとして「ゾンビの本質とは、全員が平等で、群れて、しかも自由であることで「癒される」映画になりうるのです。」と愛あるゾンビ論も語っている。

確かに筆者が語るように、芸術作品というのは美しさや正しさのみを表現するのではなく、人間の醜さや残酷な面も描いていないと、すぐれた作品ではないかもしれない。私達は美しいものを生み出す為にも、たまにはゲスなものに目を向けよう。

※『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』
→ルーブル美術館の各作品オマージュが取り入れられている作品。2009年にフランスのルーヴル美術館が出版社と共同で展開している漫画コレクション企画「バンド・デシネ プロジェクト」の第5弾作品として描き下ろしたフルカラー作品。日本の漫画家としてただ1人、同プロジェクトに参加した事で話題となっている。

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