『ルポ虐待―大阪二児置き去り死事件』新刊超速レビュー

2013年11月21日 印刷向け表示
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ルポ 虐待: 大阪二児置き去り死事件 (ちくま新書)

作者:杉山 春
出版社:筑摩書房
発売日:2013-09-04
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虐待。この言葉が、当たり前のようにニュースに流れるようになったのは、いつぐらいからだっただろうか。自分の保護下にある人や物に対して日常的に危害を加えたり、危害の脅威を感じさせたりすることを指している。

子どもに対する虐待は、児童虐待と呼ばれる。児童虐待の防止等に関する法律では、その定義を以下のようにしている。

厚生労働省HPより)

第二条 この法律において、「児童虐待」とは、保護者(親権を行う者、未成年後見人その他の者で、児童を現に監護するものをいう。以下同じ。)がその監護する児童(十八歳に満たない者をいう。以下同じ。)について行う次に掲げる行為をいう。

一 児童の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加えること。

二 児童にわいせつな行為をすること又は児童をしてわいせつな行為をさせること。

三 児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放置、保護者以外の同居人による前二号又は次号に掲げる行為と同様の行為の放置その他の保護者としての監護を著しく怠ること。

四 児童に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応、児童が同居する家庭における配偶者に対する暴力(配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。)の身体に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及ぼすもの及びこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動をいう。)その他の児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。

身体的虐待、性的虐待、ネグレクト、心理的虐待を具体的に列挙し定義づけた上で、それを禁止する同法は、平成12年に制定、施行された。虐待は違法であり、親権者であっても許されない行為なのだ。

本書で扱われている大阪二児置き去り死事件は、2010年に起きた。平成22年。警察庁の統計によると同年上半期の児童虐待事件検挙数は180件。365日の半分は182.5、大雑把に考えれば1日1件の検挙である。この事件がニュースとして取り上げられ、話題になったことを覚えていらっしゃるだろうか。次々と流れる新しい児童虐待のニュースに取り紛れ、もう記憶に残しておられないだろうか。正直に言えば、私は覚えていなかった。

2010年夏、3歳の女児と1歳9か月の男児の死体が、大阪市内のマンションで発見された。子どもたちはクーラーのついていない部屋の、堆積したゴミの上で、服を脱ぎ、折り重なるようにして亡くなっていた。猛夏の中、内蔵の一部は蒸発し、身体は腐敗し、一部は白骨化。部屋と玄関の戸口には外側から粘着テープの貼られた形跡があり、冷蔵庫は扉の内側にまで汚物まみれの幼い手の跡が残されていたという。こう書くと、なんてかわいそうな事件なのだろう、もっと早くにこの命を救うことはできなかったのかと思われるかもしれない。なんて親だろう、行政は何をしていたのだろう、と。しかし、読み進め、事件の背景を知るにつれて、ステレオタイプな感想が遠ざかっていく。

事件当時、風俗店に勤務し、子どもを放置して男と遊びまわり、その様子をSNS上で紹介していた母親。しかし子どもを産んだときには、夫と協力して温かい家庭を作り上げようと考えたようにみえる。その努力の跡も丹念に取材されている。それがどのように崩壊していったのか、この母子の生活がどのように流転していったのか、その原因であろうことも含めて、丁寧な聞き取りから解き明かしていく。別れた夫や、実家からの経済的支援、人的支援のない母子を取り巻く環境は、どうしようもなく残酷だ。だからといって、児童虐待が許されるわけではない。それでもしかし、大上段に罪は罪だと切り捨てることができない。帯に國分功一郎氏が「罵りたい人は罵ればいい。その後で、これが自分に起こりえないか、考えて欲しい。」とコメントを寄せておられる。同じ言葉を皆さんに問いかけたい。少なくとも私は、きっとこの母親のすぐ隣の道を歩いている。

平成25年上半期の児童虐待事件検挙数は前年上半期に比べると10.9%減の221件。この発表を聞いても、明るいニュースだとは喜べない。明るみに出ない虐待事件があるであろうことを容易に推察できるからだ。厚生労働省によると、全国の児童相談所が昨年度に対応した児童虐待に関する相談件数は6万6807件。毎年過去最多記録を更新している。行政やNPOの対応にも限りがある。児童虐待は、私たちのすぐそばにある犯罪である。もしかしたら自覚していないだけで、自分もまた加害者かもしれない。本書は、親であれば自分を省み、また親でなければ自分にもできる、心を痛めるだけでない何かを探す契機になりうる一冊だと思う。

以前朝会で紹介してから、ずいぶん日が経ってしまった。冷静にレビューを書くことができず、今でもまだレビューを書くことに迷いがある。状況が違うとはいえ、同じく単親で2人の子どもを育てる自分は、どうしても当事者に意識が近しく、公平な目線で読むことができたかと言われれば頷くことができない。HONZで紹介することによって、この本が訴える児童虐待、母子の貧困、「母親であること」への問題提起について、何がしかの関心を呼ぶことができると信じる。

大阪二児置き去り死事件の被告である母親は、2013年3月25日付で上告を退けられ、懲役30年の刑が確定した。彼女は公判中、子どもを愛していると言った。そして最後まで母親であることを望み、殺意を否定した。行間からそのことに対する著者のやりきれなさ、哀しみが滲み出る。

差し出されない手は、手ではないのだ。そして、掴まれることのない手もまた、手とは成り得ない。

この事件を題材にした映画『子宮に沈める』が新宿K’s cinemaで公開中。自傷行為や性的虐待を正面から扱った『終わらない青』の緒方貴臣監督の最新作だ。映画をご覧になった方にはぜひこの本にも注目していただきたいし、またこの本に関心を持たれた方にはぜひ映画もご覧いただきたい。事実を忠実に再現しないからこそ表現できるものがある。(緒方貴臣監督インタビュー記事はこちら:fjmovie.com

映画『子宮に沈める』特報

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=J8lfprywRug[/youtube]

同著者本。第11回小学館ノンフィクション賞受賞作。

ネグレクト―育児放棄 真奈ちゃんはなぜ死んだか (小学館文庫)

作者:杉山 春
出版社:小学館
発売日:2007-08
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新訂版 “I t”(それ)と呼ばれた子 幼年期 (ヴィレッジブックス)

作者:デイヴ ・ペルザー
出版社:ヴィレッジブックス
発売日:2010-06-10
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こちらは小説ですが。実は本屋大賞2013にて、匿名で私の推薦文が掲載されています。児童虐待を扱った作品。本業ではラジオ紹介(FMとやま「grace」内キノコレ2012年7月18日分)もしました。

きみはいい子 (一般書)

作者:中脇 初枝
出版社:ポプラ社
発売日:2012-05-17
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決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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『決定版-HONZが選んだノンフィクション』発売されました!