『ソーシャルマシン』-翻訳者の自腹ワンコイン広告

2014年4月12日 印刷向け表示
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ソーシャルマシン M2MからIoTへ つながりが生む新ビジネス (角川EPUB選書)

作者:ピーター・センメルハック、小林啓倫(翻訳)
出版社:KADOKAWA/アスキー・メディアワークス
発売日:2014-04-09
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いきなりですがクイズです。「M2M」とは何のことでしょうか?そして「IoT」とは?

実はいずれもITに関する専門用語で、「M2M」とは「マシンツーマシン(Machine-to-Machine)」を略したもの。文字通り機械同士が(ネットワークを介して)情報をやり取りし、様々な制御を行うことを指します。例えば自動販売機に通信機能を持たせ、商品の売り切れを感知して補充依頼を送信するようにしたり、エレベーターや複合機などの故障を遠隔で監視したりといった事例が既に生まれています。

一方「IoT」とは「モノのインターネット(Internet of Things)」の略で、M2Mと似た概念なのですが、世界中の様々な物体がネットワークに接続し、それらとインターネットを介して情報のやり取りや制御が行えるようになる、という状態を表したもの。またわけの分からない流行語が出てきたなと思われたかもしれませんが、実はM2MもIoTも、IT業界の中では以前から注目されてきた概念でした。IT系調査会社のガートナーは、2010年に「2010年から11年にかけて注目すべきモバイル技術」のひとつとしてM2Mを、また2011年に「今後市場を変革する可能性のある技術」のひとつとしてIoTを挙げています。

そんなの初耳だ、と思われても無理はありません。いずれも技術側の視点から見ている概念で、それによって社会がどう変わるとか、消費者にどんなメリットがあるとかいったことをイメージしにくいのです。僕自身、M2MもIoTも数年前から仕事で関わるようになっていますが、お客様や家族にうまく伝えられず苦労してきました。同じく最近のIT用語である「ビッグデータ」が、あれよあれよという間に普及していったのとは対照的です。

そんな時に出会ったのが、本書の原著である” Social Machines: How to Develop Connected Products That Change Customers’ Lives”(ソーシャルマシン:ネットに接続する機器で顧客の生活を変えるには)です。著者のピーター・センメルハック氏は、M2MやIoTを活用したらどうなるのか?という視点に立って「ソーシャルマシン」という概念を提唱。それがなぜ画期的なことなのか、私たちの生活やビジネスがどう変わっていくのかを、多くの事例とともに解説してくれます。

センメルハック氏自身、ソーシャルマシンの恩恵を体験した一人。実は彼の家族が糖尿病に苦しんでいて、寝ている間も血糖値の監視が必要だったのだそうです。何とか介護の負担を減らせないものか、と考えた彼は、血糖値の低下と心拍数の急上昇との間に相関関係があることを確認。心拍数を監視して、異常が見られたときは、本人と家族に警報が送られるような仕組みを開発しました。つまりセンメルハック氏は、技術の視点からM2MやIoTを活用しようとしたのではなく、あくまでも「家族を助けたい」という思いからこれらの技術にたどり着いたわけです。

そんな彼だからこそ、「ソーシャルマシン」という概念を生み出すことができたのでしょう。技術面からM2MやIoTを語った専門書は数あれど、その社会的な意義からスタートし、どんなメリットが実現されるのかを深く考えている本は、本書が初めてではないかと思います。

ところで本書には、もうひとつの顔があります。それは「いかにソーシャルマシンを実現するか、どんなビジネスモデルが可能なのか」を解説するという、極めて実用的な視点。センメルハック氏は自らバグラボ(Bug Labs)という企業を立ち上げ、ソーシャルマシンを支援する製品やサービスを提供しています。つまり概念を提唱するだけでなく、自ら実務に携わっているわけですね。そこから得られた知識やノウハウを、本書の後半で披露してくれています。

この二面性をどう評価するのかが、ひとつのポイントとなるでしょう。個人的には、よくある理論書のように「言いっ放し」で終わるのではなく、じゃあどう行動すればいいの?まで踏み込んで解説している点が非常に気に入っています。そして自ら、様々な出版社さんに翻訳を持ちかけていたのでした(実はこの「ワンコイン広告」コーナーに訳者でありながら参加させていただいたのも、そんなところが理由だったりします)。

しかし人によっては、実務面よりもっと未来的な話をしてほしかった、革命的なインパクトを感じさせてほしかったと感じるでしょう。例えば『ロングテール』のクリス・アンダーソン的な論調を期待すると裏切られるかもしれません。ただ、読んでから数年経って「そういえばあの時の『革命』ってどうなったんだ?」となるような本ではないことを保証しておきたいと思います。

新たな世界を思い描く思想書と、具体的な行動をアドバイスする実用書。そんな2つの性格を兼ね備えた本、それが『ソーシャルマシン』です。それだけにどう売るのか?に出版社さんは苦労されているようですが(笑)、これから生活や社会がどう変わるのかを知りたいという方から、新たなビジネスチャンスを発見したいという方まで、広く手に取っていただければと思います。
 

小林 啓倫
経営コンサルタント。国内SI企業、外資系コンサルティング企業等を経て現職。ライター/翻訳者としても活動する。著者に『今こそ読みたいマクルーハン』(マイナビ)、訳書に『データ・サイエンティストに学ぶ「分析力」』(日経BP)など。

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