このあたりは、『生命誕生』に詳しく書いてあるので、ぜひご覧ください。物理や熱力学と言うと文系を自負する人達には敬遠されそうですが、この本は専門知識がなくともわかるように平易に書いてあります。
–「生命地下発生説」を科学的に証明するためには、中沢先生たちはどのような取り組みをしているのでしょうか?
中沢:有機分子の生成やその後の自然選択を、原始地球の諸条件を実験室で再現することによって、証明することを試みています。40億年から38億年前にかけて生じた“隕石海洋爆撃”を模擬した実験による有機分子の生成は、ネイチャー・ジェオサイエンス誌に掲載されて、世界的にも評判になりました。地下3キロメートルあるいはもっと深いところの高圧力・高温下で、アミノ酸が容易に縮重合する実験結果も高い評価を受けています。
–本書では、分子生物学でもっとも有力である生命起源の仮説である、RNAワールド仮説を批判的に紹介しています。最初に核酸(RNA)ありきという発想にはどのような問題があるのでしょうか?
中沢:問題や矛盾はいろいろありますが、第一は、RNAはリボ核酸という不安定な高分子で、裸で水の中にあれば容易に加水分解してしまうことです。核酸塩基やリン酸が溶解していても同じです。自然に生成することもありません。そんな高分子が「最初にありき」と仮定するのは、強引に過ぎます。また、RNAワールド仮説では、「最初にありき」で、なぜRNAができなければならなかったのか、の物理的必然性が説明できませんし、さらに仮に生成したとして、その後どんな必然性とプロセスで生命体になったのか、も説明できません。RNAワールド仮説に批判的である理由です。また、RNAに限らず、「何かがありき」では、生命誕生にいたる進化の過程はまったく説明できないのです。
–生命誕生には地球46億年の歴史が深く関わっているとすると、異なるヒストリーを持つ火星では生命誕生は難しいように思えます。現在NASAが火星で生命の痕跡を探す研究を進めていますが、彼らは生命の痕跡をみつけることができるでしょうか?
中沢:この点も本書の中で論じています。火星に水がある、あるいはあったらしいことが火星探査機の活躍でわかってきて、火星に生物が居る、あるいは居たかもしれない、と期待されています。水の次にアミノ酸など有機分子が見つかると、おそらく、その期待はさらに高まるでしょう。アミノ酸やアミンなど比較的丈夫な有機分子が見つかる“可能性は”あるかも知れないと私も思います。しかし、一般の御期待に水を差すようで恐縮ですが、水やアミノ酸やアミンが見つかっても、それらは「生命の痕跡」ではないでしょう。なぜなら、私たちが衝撃実験で実証したように、隕石衝突によって水、窒素またはアンモニアの存在する条件では、アミノ酸やアミンが容易に生成するからです。隕石が海水の代わりに、氷に衝突しても同じ現象が起こります。火星や木星やその他の地球外天体にもそんな条件は充分あり得ると推定されます。
でも仮に、アミノ酸やその他の有機分子があったとしても、火星と地球の物理、化学的条件および46億年の歴史は大きく異なりますので、それらがさまざまな自然選択を経由して、生命誕生にたどり着く可能性は限りなくゼロに近いでしょう。ですから、威信をかけたNASAの努力にもかかわらず、生命の痕跡は見つからないと、私は推定しています。
–生命が誕生するには、物理学・化学的な必然性があり、きわめて特殊な条件が重なった地球だからこそ実現したということですね。そのように考えると、私たちの存在自体がきわめて貴重なものに思われてきます。本書を読んで、私は人生観が変わるぐらいのインパクトを受けました。中沢先生はこうした生命起源の研究を通じて、何か物事の見方が変わったことはありますか?
中沢:読んでいただいて人生観が変わったとお聞きすると、著者冥利に尽きます。自分自身では一著を世に問うて人生観が変わったわけではありませんが、最近聞く機会が増えた「白骨経」をはじめ、仏教用語や概念が意外と、生命の物理的な理解と整合的だと納得することはあります。本書で余計な言を加えた「徒野の煙」とか「不殺生戒」もそうですし、「輪廻転生」や「六道四生」なども、エントロピーや生物進化と一脈通じそうです。
–繰り返しの質問になりますが、生命はなぜ誕生したのか?生命はなぜ進化したのか?これは哲学的ともいえる根源的な問いかけです。本書では、この奥深い疑問に、きわめてシンプルかつ極めて科学的に明快に説明されています。詳しくは本書を読んでいただくとして、読者のために概略をもう一度説明していただけないでしょうか?
中沢:私の表現力では、概略にするとわからなくなりそうで、なかなか難しい御注文です。物理の大原則の中に、熱力学第二法則というのがあります。熱の出入りのないところではすべてのものが最大限バラバラな状態になっていて、熱が出てしまうとその分、いろんなものが秩序化する、と言う原理です。これを地球に適用すると、地球はその創生以来、宇宙に熱を放出し続けていますから、大原則に従って地球も秩序化します。
熔けて均一だった最初の状態から、重い鉄が地球の核に、より軽い鉱物がマントルに、さらに軽い水素や炭素は水や大気となって、地球は層状構造に秩序化しました。プレートテクトニクスやプリュームテクトニクスで大陸や海洋もマントル内部も、今後はさらに3次元に複雑な構造に秩序化するでしょう。同じ原理で、炭素や水素など軽い元素が秩序化して有機分子となり、それら組織化して生命体ができたのです。
生命体は何もしなければ、バラバラに分解してしまいますが、代謝機構をそなえることで、身体を維持して“生きる”ことができているのです。生物進化も、より多量の有機分子が秩序化する過程であって、新しい種の出現は生物界全体の階層化、すなわち秩序化なのです。生命誕生も生物進化も、物理の大原則のせいだとわかります。
こんな表現で理解して頂けたでしょうか?概略ではなかなか表現できませんので、是非本書を御覧になってください。本書は「話せばわかる」をモットーに記述してあります。