著者インタビュー『生命のからくり』中屋敷 均氏 

現代ビジネス2014年06月21日 印刷向け表示
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生物と非生物をわける境界線

―えっ? DNAを持たなくても「生命」ですか?

中屋敷  本書の結論として言うのなら「DNAのようなもの」は「生命」に必須だと思っています。ただ、そういう表面的な“形”から、生命を定義するのではなく、その”在り方の様式”のようなものを可能にしている原理、根源的な性質に則って「生命」を考えようではないか、というのが、本書で提案していることです。

例えば、その原理にさえ則っていれば、別にDNAじゃなくても、RNAでも、あるいはもっと違ったものを持っていても良いのではないか。例えば冬になると流行するインフルエンザウイルスなんかRNAしか持ちませんが、それがその「生命の原理」に従って動いていれば、生命と考えても良いのではないかというようなことです。

―もう少し具体的に分かり易く説明して頂けないですか?

中屋敷 生命という現象の根源的な性質とは何だろうということを考えて行くと、保有する「情報」が発展・展開していく、という所に行きつくのではないかと本書では捉えています。それが、単純な化合物が化学進化して我々人類にまで続いている「生命」に共通する原理だと思うのです。常識に則して説明すれば、我々のDNA上にある遺伝子の暗号、すなわち遺伝情報が、生命が生まれて40億年と言われていますが、その長い時間の中で発展・展開してきた結果、今の我々があるということです。

―そう聞くと、ごく常識的なことですね。

中屋敷 そうです。一応、生命科学の本です(笑)。本書では、「遺伝情報」というものを、単なるATGCというような遺伝子記号とは考えていないのですが、それはここでは置くとしても、その前提に立って考えると、生命と非生命の境界は、その情報の発展・展開を可能にした物質的基盤、すなわちその「からくり」が誕生した時だと言うことになります。現在の科学では、生命は無機物のような単純な化合物から進化して誕生したと考えられていますが、私はその間で何か「相転移」のようなことがあったのではないかと思っています。ただの物質から決別して、生命の「鼓動」のようなものが始まった瞬間です。

―その「鼓動」とは何なのですか?

中屋敷 それは是非、本書を読んでみて下さい(笑)。
 

生命のからくりとは

中屋敷 エッセンスをお話すれば、繰り返しになりますが、本書では「生命」というものを情報が発展・展開する現象と捉えています。情報の発展・展開のために、何が必要かと考えると、それまでに存在する情報をきちんと蓄積できること、すなわち「情報の保存」という機能とその情報に新しいものを加えたり修正するような「情報の変革」という機能の二つが絶対的に必要です。この両方がないと、何か有用な情報が得られても、それを保持できず、時の流れとともに情報が散逸してしまうか、あるいはそこから一歩も動けず停滞してしまう、というようなことになってしまいます。生命には、この情報の保持と変革、という二つの性質が備わっています。この両方の機能を併せ持った「からくり」が出来た時が、その「鼓動」が始まった時なのです。

この最初の「からくり」を、本書では「小さな二つのオートマタ」と呼んでいます。「オートマタ」というのは、ギリシャ語に語源を持つ「自動機械」を意味する英語で、西洋のからくり人形のようなものを指す言葉です。ただの化合物が、そういった「オートマタ」へと「相転移」を起こしたような「幸運」が40億年くらい前にあったのだと思います。想像に過ぎませんが、そういった過程についての考察も本書では述べています。

―「小さな二つの」とありますが、最初から二つあったのですか?

中屋敷 そうですね。私はそう思っています。相補い合う二つの分子がないと、「情報の保持と変革」という二つの機能をうまく両立させる物理的な仕組みの成立は難しかったのではないかと思っています。本書のモチーフともなっている考え方です。

―現在の地球上にいるバクテリアや植物、私たちヒトのような哺乳類・・・・・・地球に棲息している生物にもすべて同じ「からくり」が働いていると考えてよろしいでしょうか。

中屋敷 そうです。現在の生物が使っている「からくり」の中心はDNAですが、その最初に誕生した「小さな二つのオートマタ」の原理、そうですね、ここでは「生命の鼓動」と言いましょうか、それを失わずに、今も守り続けています。生物がDNAを正確に複製して、自分と同じ情報を持つ子孫を作る一方、サルから進化して人間が生まれて来るような変化も起こす。このようなことは、すべてその「からくり」の優れた特性から生じてくるものです。

―興味深い考え方ですが、生命は、自己の情報を正確に保存しなければならない一方で、変わらなければならない。この相矛盾する要請を、「生命のからくり」はどのようにして解決しているのでしょうか?

不均衡進化論の概念図。親の遺伝型を忠実に残しつつ、変異を生み出す仕組み


中屋敷 
仰る通り、保存というのは変わらないことですし、変革というのは変わることな訳です。このまったく正反対の性質を両方併せ持つというのは、「生命」にとって「究極の矛盾」だったと思います。これをどう両立させているのか、という問題は、本書でも中心的な話題の一つにしています。本書で紹介した機構の一つにネオモーガン研究所の古澤満先生が提唱している「不均衡進化論」があります。詳細については、古澤先生の著書や本書を読んで頂ければと思いますが、かいつまんで言えば、DNAが複製する際に、一本の鎖からは非常に保存的な子孫が、もう一本の鎖からは、変異の多い子孫が生まれてくるという説です。あくまでイメージの話ですので、ちょっと飛躍はありますが、冒頭に紹介があった「ケリューケイオンの杖」で言えば、一匹の蛇からは「保存」を担う子孫が、そしてもう一匹の蛇からは「変革」を担う子孫が生まれてきます。その二匹の蛇が絡み合って、調和的に統合されることで、生命にとっての「究極の矛盾」が解決されている、という感じでしょうか。もちろん「不均衡進化論」だけが、生物の用いている戦略ではないので、本書ではもう少しいろんな機構を併せて紹介しています。

―なるほど。それであのイラストが使われているのですね。何かこれまでのお話を聞いていると、その生命の持つ矛盾する性質というのは、人間社会にある「保守」と「革新」みたいな構図と良く似ているような気もします。本書でも、第六章でそれまでの分子生物学的な話から、一気に文明論に話が及びますね。

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