『跳びはねる思考』あたらしい「自由」を手に入れるために会話のできない自閉症の僕が考えていること

2014年9月16日 印刷向け表示
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跳びはねる思考 会話のできない自閉症の僕が考えていること

作者:東田直樹
出版社:イースト・プレス
発売日:2014-09-05
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僕は二十二歳の自閉症者です。人と会話することができません。
ぼくの口から出る言葉は、奇声や雄叫び、意味のないひとりごとです。普段している「こだわり行動」や跳びはねる姿からは、僕がこんな文章を書くとは、誰にも想像できないでしょう。―僕と自閉症―

本書の最初のエッセイにはこんなことが書かれている。

ドナ・ウィリアムズ『自閉症だったわたしへ』(新潮文庫)を読んだのは、確か20年ほど前のことだ。このとき初めて「自閉症」という障害を知った。時々、街で見かけていた奇声を上げて飛び跳ねる少年少女が、その障害を持っている人であると理解は出来た。しかしそこから今まで、それ以上のことを知ることもなく過ごしてきた。

8月16日、NHKのドキュメンタリー「君が僕の息子について教えてくれたこと」を偶然に見た。東田直樹さんという自閉症の青年が、中学生の時に書いた『自閉症の僕が跳びはねる理由』という本が世界各国で翻訳され、障害を持った親たちに知識と勇気を与えていること。東田さんがどのように人とコミュニケーションを持っているのか、その様子をつぶさにカメラが記録していたこと。東田さんの知性の豊かさに感動し、正直とても驚いたのだ。

『跳びはねる思考 会話のできない自閉症の僕が考えていること』は22歳になった東田さんの現在を語るエッセイ集である。「はじめに」にはこう書かれている。

僕がどんなに高く跳びはねても、それは一瞬のことで、すぐに地面に着地してしまいます。なぜなら、体というおもりがついているからです。
しかし、思考はどこまでも自由なのです。

多分「君が僕の息子について教えてくれたこと」を観た多くの人たちが、初めて自閉症という障害に対応する方法を知り、少し安心したのではないだろうか。ぴょんぴょん飛び回り大声を発している様子を見ると、何をしているのか分からず、見て見ないふりをして怖くて逃げだしていたと思う。

正直、今でも目の前に現れたらどうしていいかわからないだろう。でも、本書を読めば全く知識がなかったころとは違い、少しは落ち着いて対することはできるはずだ。

会話のできない青年が、文字によって表現する心の中身をいくつか紹介する。

時間は、過ぎ去っていくものです。限られた時間を有効に使うのは、過去の時間まで未来につなげる工夫が必要なのだと思います。
けれども僕にはそれができないのです。
僕にとっての記憶は、線ではなく点のようなものだからです。十年前の記憶も昨日の記憶も変わりありません。
失敗したこと自体は覚えていても、いつ、どんな失敗をして、自分がどうしなければいけなかったのか、記憶がつながらないのです。
―障害を抱えて生きること―

カラオケ好きな東田さんに同行して、インタビューをしたときのこと。文字ボードを使い質問に答える。会話の最後には必ず「おわり」と付ける。
歌っていると元気になれると答えた東田さんに、どのような理由かを尋ねると

歌の主人公になったような気がして、勇気がわいてくるのです。おわり。

僕には、自分の気持ちの中でだけでも、この世界の「主人公」でいたいという思いがあるのです。普段はみんなに助けられることが多いので、こんな僕が「主人公」では、ダメだという気がしてしまいます。―音楽が、僕に言葉を運んでくれる。―

最近流行の言葉に対しての感想は辛らつだ。

僕が大人になって気づいたことは、理想郷は、どこにもないという現実です。「僕を待ってくれている人」も、脳が作り出した幻想でしょう。(中略)
絆は、人が人であることを自覚し、お会い来ていることを感謝するための祈りの言葉だと思うのです。だから、絆によって人は結びつくのではなく、絆は確かめ合うものではないでしょうか。―絆―

37編の短いエッセイの中に、ひとつは大きく頷き唸らせることが書かれている。自閉症という障害を持った人だから書けたことかもしれないが、不思議に幼い頃を思い出させることも描かれている。

遠い記憶の中にある、水に反射する光がキラキラしてきれいで、表面をびしゃびしゃと跳ねさせていたこと。目を強く押していると、暗い空間にたくさんの光が湧き上がってきて、それがぐるぐるまわって楽しかったこと。色が少し違う石を捜し、グラデーションのように並べたこと。

いつの間にか忘れていたそんな遊びの世界に自閉症の人は暮らしているかもしれない。 

ドキュメンタリー番組の発端となった『自閉症の僕が跳びはねる理由』も増刷となった。なかなか手に入りにくい状態が続いていたので喜ばしいことだ。この本には自閉症者にどのように対応したらいいか、自閉症者がどうしてほしいのか、具体的な事例を58項目にわたって具体的に書かれている。 自閉症者への手引書ともいえる。

言葉について、対人関係について、感覚の違いについて、興味・関心について、活動についての5章に分かれ、普通の人には理解できない行動の裏側にある心理を説明していく。翻訳したアイルランド在住の作家デイヴィッド・ミッチェル氏は自閉症の息子を理解したくて、世界中の本を捜し、この本に行きついたのだという。

知らなければ始まらない。知識は人間を豊かにし、優しくしてくれる。自閉症という障害をもっと知るために、この2冊は多くの人に読まれるべき本だと確信する。

これもまた偶然に、同じ時期に臨床心理士の矢幡洋さんが娘のエリさんについて書かれた2冊目の本『病み上がりの夜空に』を読む機会を得た。どちらかと言えば明るい雰囲気の前作『数字と踊るエリ』を読んでいた私は、自閉症の子供を持つ親たちの苦しみを初めて知ったといってもいい。特に母親の気持ちには胸を突かれた。

ドキュメンタリーには、常にそばに付き添われているお母さんの姿も写っていた。本書にも、ときどき東田さんの心を代弁するお母さんが登場する。東田さんが、いま、本を書くことができるようになったのもお母さんの養育だったそうだ。

もしかすると、自閉症という障害は、人間の新しい一面を見せてくれる可能性を秘めているのかもしれない。そんな思いを強く持った。

 

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作者:成毛 眞
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