出版業界には「初速」という言葉があります。発売から数日、たとえば1~3日くらいの商品の動きを示す言葉で、コミックなど超売れ筋であればあるほど初日の売上が大きく出ます。そんな中、「こりゃ『ONE PIECE』のグラフか!?」とばかりに二度見をしてしまったグラフがありました。それがこちら『山口組百年の血風録』の売上データ。
怖そうなおじさん(イメージ)に「……こんな本が出ているらしいぞ。“すぐに”買ってこい」と指示されて、書店を走り回るつかいっ走りの姿など、大人の事情を色々想像して、グラフを見るだけでも大変楽しめました。
さて、カタギの私でも名前くらいは知っている山口組が、大揉めに揉めています。そして、その影響は出版業界にも飛び火し「実話誌バブル」とやらが起こっているというニュースが流れてきました。今回は実話誌と日本の裏社会モノ関連書籍について見ていきたいと思います。
実話誌といって名前が出てくるのが『週刊大衆』『アサヒ芸能』『週刊実話』の三誌。もちろん裏社会情報のみの雑誌ではありませんが、ここのところの表紙には「山口組○○!!」といったタイトルが続いています。まずはこの三誌の読者数の推移を見てみました。(日販WIN+調べ)
グラフは7月中の発売号販売数の平均を100としたときの、三誌の平均売上数推移です。
三誌の中ではアサヒ芸能の伸びが顕著で、8月最終週以降ずっと売上を上げてきており9/15発売号では7月平均と比較すると160%の売上となりました。「バブル」と言うには少し大げさな気もしますが、低迷が続く雑誌業界においてこの数字は驚異的なものです。(*こちらは書店の売上データになりますので、コンビニなどの数字を加えるともっと大きな伸びを示す可能性があります。)
次に、最も売上の伸びが顕著だった『アサヒ芸能』を題材に9月前後の読者クラスタの変化を見てみましょう。
上が7月の読者層。下が9月の読者層となります。男女とも60代に大きな伸びが出ています。この手の雑誌は男性客がほとんどなのかと思っていましたが、以外にも女性読者が20%程度いらっしゃることもわかりました。分裂劇にまつわる事件が拡大するにつれ、ワイドショーなどへの露出が拡大していることも1つの要因なのかもしれません。
続いて読者の併読書を見ていきたいと思います。上位にはやはり週刊誌がずらっと並びます。それに続いて時代小説が良く読まれているようです。
除籍処分をうけて過去に山口組を去ったという元直参組長が執筆した著書。発売は7月下旬ですが、8月下旬の分裂報道以降さらに売上が伸び続けています。ヤクザ世界を描いた作品ながら読者の併読本には企業紛争や戦争論なども並んでいるのが興味深いところ。
中国関連書籍も毎月新刊が続いています。政治関連では習近平が権力を持つに至ったところを描いた著作が人気ですが、9月末の発売と同時にハイペースで売れているのがこちら。上海株の大暴落、バブル崩壊が迎えた先にある中国の姿を描いた将来予測本です。
リストを見て思わず「仁義なきって言葉に釣られて買っちゃったんじゃないの?」とつぶやいてしまいました。成長産業と言われながらもシェア争いとそれを支える苛烈な労働が話題になっています。この本は著者が宅配ドライバーの助手をしたり、倉庫のバイトをしたり…と潜入労働を行ったところに凄さがあります。宅配業界の未来はあるのでしょうか?
西崎義展という名前は「小笠原での遊泳中に事故死」というニュースで記憶に残っています。その生涯はまさに「破天荒」そのもの。敵も多く、ヤクザに恨まれていて、この事故死にも不穏な噂がつきまとっているほどです。「興行師」は裏社会とも密接に関連している商売でした。こういったことからか、裏社会に興味がある方たちからも注目されている1冊になっています。
檀家が減り後継者がおらず、立ちゆかなくなる寺院が増えているという話しがメディアを賑わす一方、テレビのバラエティ番組でお坊さんの姿を良く見るようになりました。この本が実話誌読者に読まれている理由は、読者層が非常に似ていることにありそうです。入門本ということで、若い読者が多いと思いきや60代70代に読まれています。
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お色気満載の実話誌が女性にも手に取られていたというのが最も驚いた事実でした。
山口組紛争は現在進行形の事件です。しばらくは週刊誌の速報合戦が続きそうですが、一方でルポや関係者の著述も増えてきており、今後新刊が多く出てくることでしょう。一朝一夕の取材では捉えきれない日本の裏社会。力と経験のあるノンフィクション作家たちの活躍を期待しています。