『シェア [ペーパーバック版] <共有>からビジネスを生みだす新戦略』日本語版解説 by 小林 弘人

2016年4月24日 印刷向け表示
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「モノが売れない」は本当か

さて、ここでよくある質問について、反論を試みたい。はたして、シェアリングエコノミーの台頭によって、モノは売れなくなるのだろうか? これについてわたしから逆に質問をしたい。シェアされようがされまいが、そもそもモノは売れているのだろうか? 先進国ではほとんど生活に必要なモノから贅沢品までが手に入る。中国ですら、急激な経済力の拡大とともに、欠乏から余剰へと短期間でシフトしている。デフレスパイラルを指摘する声もあるが、モノそのものはすでに潤沢化したと見ていいだろう。

つまりそれは、本書でも指摘される「大量消費社会」のターニングポイントだ。欲しいモノがないのは、モノが溢れかえることで、価値そのものが逓減してしまったからだ。これまでどおりに何かを造れば、誰かが買ってくれるだろうといったサイクルはもはや壊れかけているのではないか。あらゆるモノは世界のどこでも手に入るのだ。だから今後は、製造業の意識改革が必要ではないだろうか。本書には「サービス・エンビー」な、わざわざ参加してみたくなるシェアサービスについての話が出てくる。同じにように、真に「プロダクト・エンビー」なるモノはもはや少ない。モノが行き届いてしまった今、どのように、そこに新しい価値を付与できるのだろうか。

シェアはなにもリユースだけを指す訳ではない。クラウドファンディングがよい例だ。それは多くのスタートアップを勇気づける。なぜなら時間をかけて投資家を回り、5ヵ年にわたる事業計画をひねり出す時間を圧縮し(テック業界での5ヵ年なんてSF世界のようだ)、アイデアをいきなり世界に問い、プロダクト開発の資金を調達可能とした。すでにスマートウォッチのPebbleや、3DVRのOculus Riftなど、クラウドファンディングによって登場したスター企業がいくつも存在する。

また、本書では語られていないが、皆でモノづくりを行う「Maker Movement」もシェアリングエコノミーの一翼を担っている。3Dプリンターがここまで活況を呈したのは、特許が切れた技術を、シェアの力で皆がオープンソース化したからだ。また、クラウドファンディング等を利用し、関連するテクノロジーが続々と登場した。製品を試作する際にも、デジタルファブリケーション(製造)機器等のシェアがあったからだ。これらはハッカーやギークだけの話だと思ったら間違いだ。たとえば、日本の女性下着メーカーの一部は、以前よりユーザーと共に商品を開発してきた。その流れは、食料品、衣類、自動車といったメーカーにも及んでいる。

つまり、シェアの力は協働型消費のみではなく、モノを生み出す力をも促進する。また、既存業界がリユースにより収益を増す事例もある。たとえば、建築資材の流動性が低いことに着目した建設業者がこれまで流通していなかった資材のシェアで躍進中だ。大手企業も例に漏れない。ソニーは、自社で立ち上げたクラウドファンディングサイトで、迅速な製品開発に着手している。「シェアによってモノが売れない」というのは、機能不全に陥ったエコシステムにおける犯人探しのようなもので、時間の無駄だ。むしろ、シェアを活かしてモノを売るにはどうしたらよいか、が正解だ。あらゆる領域で創造性を発揮すべき時代に突入していることを理解すべきだろう。

協働型生産の時代へ

最後に、シェアリングエコノミーの潜在力をひと言で表すとしたら、それは何なのか? わたしは、「資源(リソース)の再分配と流動化」だと見ている。本書が語るような「プロダクト=サービス・システム(PSS)」の思想が背景にあるとしても、まずシェアは世界中に偏在しているリソースを平準化する。どこかで過剰なものが、どこかでは欠乏している。それを可視化し、繋げるのがインターネットだ。そして、そこからシェアが始まる。そのためには、それぞれがもつリソースをオープンにする必要がある。ある企業は役に立たなくなった知財を開放し、自分たち以外の観点から活用法を見つけようとする。ある自治体は自身が気づかない視点から、その郷土品のプロデュースを日本中から募集している。ある大企業は部署間の垣根を超えてアイデアを練り、そして、今度はそれを社外のクリエーターやエンジニアたちと一緒に開発しようとしている。本書は「協働型消費」を中心に取り上げているが、実はエコノミーというからには、両輪のもう一方にある「協働型生産」も忘れてはならない。

今後ますます、モノ、アイデア、経験、お金、土地、労働力、それらのほとんどが流動化していく。シェアリングエコノミーを、単なるネットを介した物々交換、クルマの配車、民泊サービスのように安価で都合のよいサービだと捉えていたら、これから次に来る新しい社会像は描けない。社会課題の解決、国家戦略、自治体への参画、ライフスタイル、企業のかたちや働き方といった、それらすべてを変える力を秘めている。そしてインターネットという血管が張り巡らされている以上、シェアリングエコノミーはよどむことない血流であることを付け加えておく。 

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