『デジタル・ジャーナリズムは稼げるか』ジャーナリズムのミッションに忠実なジェフ・ジャービス 解説 by 茂木 崇

東洋経済新報社2016年05月31日 印刷向け表示
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簡単には見つからないビジネスモデル

ジャービスの理想主義はジャーナリズムの経営面においても一貫している。

どうしても貧すれば鈍するため、近年は少しでも収入が得られる案が出てくると報道機関はそれに飛びつく傾向がある。

だが、ジャーナリズムの営みを貶める方策に対しては、広告会社やマーケターたちがもっともらしい理屈を振りかざしても、ジャービスが心を動かされることはない。授業で詳細に分析し、視察を重ねてもである。例えば、近年アメリカで流行しているネイティブ広告(日本で言うところの記事体広告)については、記事と広告の境界が曖昧になるため「羊の皮を被った狼」と手厳しい。

そもそもデジタル革命はまだ始まったばかりである。グーテンベルクが印刷術を発明してから、世界初の新聞が創刊されるまでに150年という時間がかかっている。一方、世界初のウェブブラウザがリリースされてからは、まだ20年しか経っていない。デジタルにふさわしいジャーナリズムのビジネスモデルが完成していなくても、何ら不思議ではない。

こうした認識からジャービスは、ジャーナリズムのミッションが何であるかを常に念頭に置いて、新たなジャーナリズムを創造すべしと説く。しかもそれをビジネスとして発展させよと主張する。実にハードな目標設定である。

ジャーナリズムは公共性を追求するのにもかかわらず、NPOではなくビジネスとして展開すべきとジャービスが考えるのは、寄付金だけではジャーナリズムを支えるのに十分な金額に達しないからである。また、何らかの意図に基づく寄付は「タダほど高いものはない」事態になることもあるという理由もある。

さりとて、ジャービスは記事の課金については、『ニューヨーク・タイムズ』、『ウォール・ストリート・ジャーナル』、『フィナンシャル・タイムズ』は成功したが、これは三者がハイブラウな報道機関ゆえの例外で、ほとんどの報道機関では課金は難しいと考えている。

さらに、ジャービスはマス広告の将来についても悲観的である。

となると、とりあえずは、近年はレガシー・メディアと呼ばれることの多い既存の報道機関の経営は立ち行かなくなることになる。

ジャービスはレガシー・メディアを潰すべしという立場ではない。事実はその逆で、彼は既存の報道機関に大変な愛着を持っている。だが、現行の規模で経営を続けていくのは不可能であるから、重要な機能は残してそうでない機能は縮小せよと訴えている。その一方で、起業ジャーナリズムの努力を積み重ねていくうちに、いずれは従来とは異なるジャーナリズムが機能するようになるだろうとジャービスは考えている。

そして、現在のジャーナリズムはユニークユーザー数やページビュー数といったマスメディアの発想で動いているが、今後はコミュニティの目標達成にどれだけ貢献できたかで成功を測るべきとする。

はたして、ジャーナリズムの理想と経営の現実を両立できるデジタルジャーナリズムのビジネスモデルを生み出せるかどうかは分からない。だが、うまずたゆまず努力をしていかなければ、ジャーナリズムが枯渇していくのは確かである。筆者はジャーナリズムの経営面に関するジャービスの議論に全面的に賛成である。

起業ジャーナリズムを志す方のために

本書を読み、自らも起業ジャーナリズムに取り組んでみたいと思う読者もあるであろう。

残念ながら、日本の大学における起業ジャーナリズム教育は貧弱な状況にある。筆者は日本マス・コミュニケーション学会の研究発表会でワークショップを開催し、起業ジャーナリズム教育の充実を訴えたこともあるが、新設コースの設置には結実していない。

このため、我こそはという方は、これまでの3人に続きCUNY起業ジャーナリズム・コースに志願してほしい。世界中から集まる留学生とともに議論を重ねながら事業案を練っていく作業は、非常に得難い経験である。ご連絡をいただけば、筆者も留学のご相談に応じる。

とはいえ、そう言われても留学する余裕はないという方がほとんどであろう。その場合は、キャプランが構築した無料のオンラインコースで、起業ジャーナリズムの基礎的な考え方を学ぶことを薦めたい。また、キャプランがアメリカ大使館の招きで2013年に来日した際の講演の一つの要約が、東洋経済オンラインに「デジタルジャーナリズム時代の、5つの教訓」として掲載されている。

一方、書籍を求める方には、マーク・ブリッグズ(Mark Briggs)が著したEntrepreneurial
Journalism: How to Build What’s Next for News
(CQ Press)が好適である。

さらに、起業ジャーナリズムも含めて、デジタルジャーナリズムの代表的な論客としては以下の研究者がいる。

・エミリー・ベル(Emily Bell) コロンビア大学大学院ジャーナリズム学科教授兼タウ・デジタルジャーナリズムセンター所長。

タウ財団はコロンビア大学にも助成金を出している。CUNYの起業ジャーナリズム・タウ・ナイト・センターとタウ・デジタルジャーナリズムセンターは関心の重なる部分もあるが、前者は経営、後者は技術により重点を置いている。

ベルは『ガーディアン』のデジタル部門のディレクターを経て現職。現在も同紙にコラムを執筆。

・ジェイ・ローゼン(Jay Rosen) ニューヨーク大学アーサー・L・カーター・ジャーナリズム研究所准教授。

1990年代はシビック(パブリック)・ジャーナリズムの研究者として活躍した。シビック・ジャーナリズムは、ジャーナリズムは情報を伝えるだけでなく、公共問題についての議論を活性化し、市民が行動を起こすのを助けるべきだとする。その後、ローゼンが2003年に立ち上げたブログPressThinkは今も続いている。

・クレイ・シャーキー(Clay Shirky) ニューヨーク大学ティッシュ・スクール・オブ・アーツのITPプログラムと同大のアーサー・L・カーター・ジャーナリズム研究所の准教授。

元々はジャーナリズム研究者ではなかったが、社会変革のツールとしてソーシャルメディアの可能性を追求するうちに、ジャーナリズムの公共性に関心を持つようになった。シャーキーの個人ページは http://www.shirky.com/。翻訳された著作に『みんな集まれ! ネットワークが世界を動かす』(筑摩書房)がある。また、シャーキーの横顔については筆者の「ソーシャルメディアは社会を変革するツール」と題したインタビュー記事(日経ビジネスオンラインに掲載)を参照されたい。

・ダン・ギルモア(Dan Gillmor) アリゾナ州立大学ウォルター・クロンカイト・スクール・オブ・ジャーナリズム・アンド・マス・コミュニケーション教授。

1994年から2005年まで、ギルモアはシリコンバレーの日刊紙『サンノゼ・マーキュリー・ニュース』のコラムニストを務めた。ギルモアの同紙サイトでのブログは、既存メディアのブログとして最も初期に属する。ギルモアの個人ページはhttps://dangillmor.com/。翻訳された著作に『ブログ 世界を変える個人メディア』(朝日新聞社)、『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』(朝日新聞出版)がある。

 *

なお、『ニューヨーク・タイムズ』の歴史研究から出発した筆者は、ジャーナリズムの歴史を学び、ジャーナリズムの古典に親しんだ上で、起業ジャーナリズムに取り組むのが望ましいと考えている。歴史をひもとけば、一見すると新しいと思える試みが過去にもあったことを知るようになる。また、例えば『ニューヨーク・タイムズ』の歴史を描いたゲイ・タリーズ著『王国と権力 ニューヨーク・タイムズをつくった人々』(上・下、早川書房)を読むのと読まないのとでは、ジャーナリズムに関する議論の厚みが大きく異なってくる。

深く考え、凝縮された記述を積み重ねるジャービスの議論は、再読三読に値する。本書が広く読まれ、高い志をもってジャーナリズムの発展を目指す人が増えるのを切に願う。

茂木 崇 東京工芸大学専任講師。東京大学大学院博士課程修了。専門はマス・コミュニケーション論、アーツ・マネジメント論。共著に『コミュニケーションの政治学』(慶應義塾大学出版会)、『図説 日本のメディア』(NHK出版)など。「WEBRONZA」、「現代ビジネス」で連載中。研究テーマはニューヨークのメディア・エンタテインメント産業。特に、メディア産業の経営戦略、『ニューヨーク・タイムズ』の歴史、イマーシブ・シアターの演出について研究。メディア企業のコンサルティングにも従事。
デジタル・ジャーナリズムは稼げるか
作者:ジェフ・ジャービス 翻訳:夏目 大
出版社:東洋経済新報社
発売日:2016-05-27
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