今年のアメリカ大統領選挙で勝利するのは誰か? 豊洲新市場は来年3月までに開場する? 消費税は2019年10月に10%へ引き上げられるだろうか?
わたしたちはそうした事柄について日々自分なりの予測を立てている。「大統領選挙では間違いなくヒラリー・クリントンが勝利するだろうが、豊洲市場の開場にはおそらくもう少し時間がかかるだろう」という具合に。そうした予測がえてして場当たり的で、それほど正確なものでないことは、わたしたち自身もよく承知している。
だがそうだとしても、専門家の場合はどうだろう。それぞれの事柄に精通している専門家であれば、一般人とは比べものにならないほど正確な予測を立てることができるのではないだろうか。
著者のフィリップ・テトロックは、人々の予測について長年調査してきた研究者である。そんな彼をとくに有名にした研究がふたつある。ひとつは「専門家の政治予測」に関するもので、その研究から導かれた結論はしばしば次のように言い表される。
平均的な専門家の予測の正確さは、チンパンジーが投げるダーツとだいたい同じくらいである。
つまり、専門家がなす予測は、平均で見れば当てずっぽうとほとんど変わらない、というのである。テトロックは、政治と経済の専門家284名に協力を仰ぎ、合計2万8000件の予測テストを実施することで、その事実を明らかにしたのであった。それにしても、なんという事実だろう。
「超予測者」という存在
しかし、驚くべき事実はそれだけではない。テトロックは最近の研究で、一般のボランティアを広く募集し、大規模な予測コンテストを継続的に行っている(これが彼をとくに有名にしたもうひとつの研究だ)。そして、その結果として浮かび上がってきたのが、参加者のうちの約2%に、驚異的なまでの正確さを誇る「超予測者(superforecaster)」がいるという事実である。では、そうした超予測者というのはいったいどんな人たちなのか。また、彼らはどうしてそんな芸当ができるのか。
まず、彼らの身分は大学教授から金融コンサルタント、そして芸術家に退職者まで、バラエテイ豊かだ。また、彼らは概して聡明で、数字に強い。ただ、ずば抜けた知能や数学的才能は超予測にとって必要でもなければ十分でもない。むしろすぐれた予測力にとってことさら重要なのは、物事の考え方、すなわち思考法であるという。
予測力は生まれつき備わった神秘的な才能などではない。特定のモノの考え方、情報の集め方、自らの考えを更新していく方法の産物である。
ならば、超予測者はどのように物事を考えているのだろう。ポイントはいくつかあるが、ここでは実際の予測問題を例にとりながら、そのうちのひとつを詳しく見てみよう。
アラファトの遺体からポロニウムは検出されるか
2004年、パレスチナ解放機構(PLO)の議長だったヤセル・アラファトは、激しい嘔吐と腹痛に襲われ、その1か月後に他界した。死因は不明だったが、毒殺の疑いが当初から浮上していた。それから8年後、アラファトの遺品が調べられ、不自然なまでに高濃度の「ポロニウム210」が検出される。ポロニウム210といえば、元ロシア諜報員アレクサンドル・リトヴィネンコ暗殺の際に用いられた放射性物質だ。そこで、アラファトの遺体を掘り起こし、スイスとフランスのふたつの機関が遺体を検査することになった。そして、その時期に予測コンテストの問題として出題されたのが、「アラファトの遺体から通常より高濃度のポロニウムが検出されるか」であった。
さて、当時あなたがこの予測問題を課されたとしたら、どう考えるだろうか。パレスチナとイスラエルの積年の対立や、それに伴う事件の数々を知っていれば、「イスラエルがアラファトに毒を盛ったにちがいない」(あるいは反対に「イスラエルは絶対にそんなことはしない」)と考えるかもしれない。だがテトロックによれば、超予測者であればそのような判断はまずしないという。
そもそも、問題は「アラファトの遺体から高濃度のポロニウムが検出されるか」であって、「アラファトはイスラエルに暗殺されたか」ではない。実際、アラファトの遺体からポロニウムが検出される原因としては、イスラエルによる毒殺以外にも次のような事態を考えることができる。すなわち、「パレスチナ内の敵対勢力がアラファトに毒を盛った」という事態や、「毒殺のごとく見せかけるために遺体をポロニウムで汚染した」といった事態である。
また逆に、かりにイスラエルがアラファトを毒殺していたとしても、その遺体からポロニウムが検出されるかどうかは必ずしも明らかではない。現にポロニウムは減衰が早い。しからば、アラファトが毒殺されたのだとして、その8年後の遺体からきちんとポロニウムが検出されうるのかどうかをまず調べなければならないだろう。
というわけで、先のようにすぐさま判断を下すことはやはり早計だといえる。対照的に、超予測者はいろいろな可能性をも考慮に入れながら慎重に判断を下していく。そして、そこでとくに重要なのが、いままさに見たように、問題をいくつかの条件に分解し、そのうちの知りうる事柄にまず当たってみようとすることである。そうした「問題の分解」が、超予測者の思考法の特徴のひとつというわけだ。
行動経済学の知見も採り入れた魅力的な研究
彼らの思考法の特徴はそれだけではない。テトロックによれば、超予測者にはほかにも、「まずは外側の視点から」「積極的柔軟性」「確率論的思考」「慎重な更新」などの特徴的な思考法が認められる。そして、ある超予測者は現にそれらの思考法を駆使しながら、「アラファトの遺体からポロニウムは検出されるか」という先の難問にもうまく答えを見出していく。それぞれの思考法がどういうものであるか、また、卓越した超予測者がいかに難問に答えていくかという点は、いずれも興味深いだけでなく、実践上参考にもなるので、それらについてはぜひ本書自身に当たってほしい。
ところで、「超予測者」という呼称や、「不確実な時代の先を読む10カ条」という副題を一見すると、そこにある種の疑わしさを感じてしまう人もいるかもしれない。ただ、ここではっきりさせておくと、本書の内容は徹底して科学的である。実際、本書の前半では、「予測をどう科学的に扱うか」「予測のよしあしを客観的に評価するにはどうしたらよいのか」という点に関して、じつに丹念な考察が重ねられている。そのように、本書は根拠薄弱な啓発書の類いとは明確に一線を画すものなので、サイエンス好きの読者も安心して手を伸ばしてほしいと思う。
本書を「『ファスト&スロー』以来最良の解説書」と評する人もいるようだ。わたし個人としては、『ファスト&スロー』と並び称することには正直賛同できない。だがそれでも、テトロックが行動経済学の知見などをも採り入れながら、ダニエル・カーネマンらの衣鉢を継ぐようなすばらしい研究を展開していることには、疑問の余地はないと思う。『ファスト&スロー』をバイブルとしている読者であれば、おそらく本書も存分に楽しめるのではないか。
日々の仕事で、「この商品は1年間でどれほど売れるのか」と頭を悩ましている人も少なくないだろう。わたしもそうした人のひとりである。本書で得た知識を本当に実践に活かすことができたとしたら、それこそ最高にすばらしいことにちがいないのだけれど。
本文でも触れたダニエル・カーネマンの名著。わたしにとってもこの本はバイブルである。
「多くの人の意見を集めて平均すると、じつは驚くほど正確である」という話は今回の本でもたびたび登場する。そんな「群衆の英知」について知りたければ、ジェームズ・スロウィッキーのこの本を。
日々の意思決定について考えさせられるという意味では、最近刊行されたこの本も参考になる。レビューはこちら。