生物から生まれるイノベーション『生物模倣』

久保 洋介2018年06月15日 印刷向け表示
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生物模倣――自然界に学ぶイノベーションの現場から
作者:アミーナ・カーン 翻訳:松浦 俊輔
出版社:作品社
発売日:2018-05-10
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冬木 糸一とのクロスレビュー

人が入れない環境下の作業にはロボットが使用されつつあるが、そこで注目されているのがヘビ型ロボットだ。東電福島第一原発の原子炉格納容器内部を検査するにあたってもヘビ型ロボットが活用された。瓦礫が散乱する原発事故の現場では、わずか十数センチのすき間に入り込み、内部の様子を偵察できるロボットが必要とされ、細長くしなやかな動きをするヘビに着想を得たロボットが脚光を浴びたのである。

このように、近年、生物に着想を得たテクノロジーが増えてきている。「生物模倣」(ビオミミクリーやバイオロジカリー・インスパイアード)と呼ばれる、現在注目集める新たな分野だ。

イカの皮膚機能に似た軍事迷彩服の開発、ナマコの硬軟接続を真似したインプラント開発、トカゲ型ロボットなど、奇抜なテクノロジーが本書では数多く紹介されている。私たち人類は自分たちがついつい動物界のピラミッドの頂点にいると思いがちだが、それを根本から覆した発想をするのが「生物模倣」だ。人間よりも40億年も前にスタートをきっている自然界から学び、それを模倣しようとする。進化の頂点にいるのは人間ではないという発想が出発点のテクノロジーだ。

ただ単に奇抜な技術を紹介するにとどまらず、これらイノベーションにチャレンジする研究者や工学者の苦労や葛藤も描写される内容となっている点が本書の白眉である。これら物語から、この分野の斬新さとサイエンスの面白さを読者は体感することができる。

カリフォルニア大バークレー校のRobert Full教授が現在かかりっきりなのが、ゴキブリだ。彼はヤモリが壁に張り付く粘着作用の謎を解明し一躍注目を浴びた人物である。そんな教授は、世界が壊滅しても生き残ることができる高等生物はゴキブリと本気で信じ、彼らの能力を真似ようとする。

たしかにゴキブリの素早く地を這い、時には羽ばたいて宙を舞う運動性能、ホウキで叩いたくらいではビクともしないタフな身体構造は、憎らしくなるほどに秀でている。教授は、そのゴキブリのすばしっこさ、限られたスペースでも移動できる俊敏さを真似たロボットを開発し、災害地でのレスキューロボットの活用を目指しているのだ。

米ウエストチェスター大学のフランク・フィッシュ教授は、巨体ザトウクジラが海中ですばしこく動ける理由をヒレにある凸凹に見出した。胸ビレのまわりの水が凸凹の谷にあたって渦を発生し、この渦によって水流を狭くまとめ、安定させることができる。つまり、ザトウクジラは、「こぶ」を使って、水の抵抗を抑えながら、胸ビレの揚力を生み出し、水中をより楽に移動していたのである。

このコブに着目し、高い効率で推力を生み出せる数々のプロペラが現在開発されている。今後、私たちが目にする風力発電のプロペラやタービンはクジラのヒレの形をしているかもしれない。

著者は『ロサンゼルス・タイムズ』紙のサイエンスライターで、火星探査計画やダークマター(宇宙暗黒物質)探索など時々の最先端テクノロジーの動向を取り上げるのに定評ある記者だ。本書でも、生物模倣から生まれつつあるテクノロジーの現場へと読者を導き、そこでのダイナミズムを余すことなく描写している。

生物模倣の奇抜なアイデアやテクノロジーは本書の読者を大いに楽しませるが、同時にテクノロジーの実現がいかに難しいかも本書の物語から伝わってくる。生物の原理や理屈を解明しようとする科学者と、原理原則を新しいテクノロジーに応用しようとする技術者とのシナジーは思ったほど簡単ではなさそうだ。さらにここにビジネスとしての実現も目指そうとするとよほどのケミストリーが必要になるのだろう。

科学を目指す人や生物に興味ある人だけでなく、技術者やビジネスマンにも読んでもらいたい一冊だ。 

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