会社は、顧客を喜ばせる優れた製品を時間内に提供できるように努めることを除けば、従業員に何の義務もない
会社には、従業員の長年の功績に報いる義務も、中長期のキャリアパスを用意する必要性もない。元ネットフリックス最高人事責任者である著者パティ・マッコードはそう主張する。過激な発言に思えるが、これはまだ序の口。彼女は、人事考課連動型の報酬や仲間意識を育むためのイベントなど、現在広く用いられている人材管理の手法やそれが前提とする人間観に次々と異議を申し立てていく。変化の速いこの時代を勝ち抜くためには、本来の業務を妨げる施策や制度を取り除き、人が本来持っている力を解き放つ必要がある。本書は、躍進を続けるネットフリックスがどのように革新的な人材管理手法を開発・導入していったのかを、ネットフリックス誕生とその成長過程とともに教えてくれる。
総会員数は1億人を超え、190カ国以上で配信事業を展開するネットフリックスは創業からわずか20年のうちに、ピーク時には全米のインターネット帯域の3分の1を占めるまでの存在となった。『ナルコス』や『マスター・オブ・ゼロ』のような高品質なオリジナルドラマを始めとするコンテンツは、世界中の人をテレビの前に張り付かせている。創業時からネットフリックスに参画していた著者は、ジェットコースターどころかロケットのような速度で急成長と方向転換を続けるこの会社を経営するなかで、極めてユニークな人事制度と企業文化を構築する中心的役割を果たした。
著者を含めたネットフリックス経営陣はチームの文化を抜本的に変えるために、会社の哲学と経営陣が実践してほしいと望む行動を「カルチャーデック」としてまとめ、外部にも公開している(最新版はこちら)。125枚にも及ぶこのスライドにはエキサイティングな言葉が溢れており、本書と合わせて読むとことをオススメする。例えば、「会社は家族ではなく、プロのスポーツチームだ」という比喩が用いられている。その真意は本書でも解説されているが、従業員は会社の成長段階や外部ニーズの合わせて組み換える必要がある(贔屓のスポーツチームが不振の続く高給取りのベテランを雇い続けることに賛成するファンは少ないはずだ)。FacebookのCOOシェリル・サンドバーグは「カルチャーデック」を、「シリコンバレー史上、最も重要な文章」と絶賛している。
多くの会社で人材管理手法は複雑化し過ぎている。ネットフリックスは1つ1つの制度・施策を、高い業績に結びついているのかという視点から見直し、系統的に分析していった。その過程を経た後のネットフリックスにはもう、有給休暇制度や経費規定は存在しない。いつ休むべきなのか、どのように経費を使うのが適切であるかは各従業員が自ら判断するのだ。「従業員を大人として扱う」という自由と責任を重んじる文化は、ネットフリックスの中核を成している。大人として扱うということは、全ての従業員に可能な限りあらゆる情報を共有し、階層間に存在する情報の非対称性を削減することにつながる。これは、従業員も望んでいることなのだという。
従業員特典やお楽しみについていえば、誰だってそういうものは好きだ。同僚との無料のピザやカクテルを楽しめない、なんていう人がいるだろうか?もちろん私も大好きだ。でも私の経験からいうと、最高の特典や催しとは、事業や顧客について理解を深められる機会なのだ。
ネットフリックス退職後コンサルタントとして活躍する著者は企業文化やリーダシップに関する提言を行なっているが、顧客経営陣から「ネットフリックスは絶好調だからそれができるんです。」という反応が返ってくることがあるという。確かに多くの企業はネットフリックスのように急成長しないし、世界の人々のライフスタイルを変えてしまうほどのインパクトを与える事業を行っているわけではない。
しかしながら、どのような企業もあらゆる人事管理手法を業績への貢献度という観点から見直すことはできる。ネットフリックスと同水準の給料を全社的に実現することは不可能でも、「トップレベルの給与を出せば、すばらしい才能と経験をもち、ふたり分の仕事ができ、会社の価値を大きく高められる人材を雇えるかもしれない」と考え続けることを辞めてはいけない。著者からのストレートな質問はあなたの脳が休むことを許さない。その承認プロセスは本当に省略できないのか、従業員特典・インセンティブの費用対効果分析は行なっているか、今のチームで6ヶ月後の市場を勝ち抜けるか。簡潔にまとめられた本書は読了までにそれほど時間はかからない。ただし、本書を読み終わった後も、あなたの頭の中には著者の言葉が、問いかけがグルグルと回り続けるはずだ。
ネットフリックスは「オープンに話し合うこと」を非常に重要視しているのだが、徹底的に正直に話し合うことは容易ではない。例えば、面と向かって相手に問題点を指摘するのに困難さを感じたことが無いという人は少ないはずだ。ネットフリックスでは上司が率先垂範してオープンに議論する姿を見せ、直属の上司・部下以外にもメッセージを送れるフィードバックの仕組みを整えることで、オープンにものが言い合えるな文化を醸成していった。
文化構築の過程が実に繊細で、細部への気配りが必要であることを示す事例がある。先述のフィードバックシステムは当初は送信者は匿名とされていた。ところが、このシステムにエンジニア達が反発したのである。それはこのシステムが、経営陣が常々発していた「オープンで正直であれ」というメッセージに反した、透明性を欠くものだと考えられたからだ。経営者は誤りを認め、システムは送信者の名前がわかるように修正されたという。無意識に続けている施策が、意図しないメッセージを従業員に伝えているかもしれない。文化を変えるには、パラノイア的なこだわりが必要となる。
著者は、経営陣がやるべきことは「すばらしい仕事を期限内にやり遂げる、優れたチームをつくること」だけだと断言する。本書にはそのためのヒントというには刺激の強すぎる言葉が、これでもかと詰め込まれている。経営陣からみた人事戦略だけではなく、従業員としての働き方を見つめ直すきっかけも豊富にある。今取り組んでいる稟議書作成は本当に必要な仕事だろうか、1年間の成果報告がどの程度会社の業績に紐づいているだろうか、何を求めて働いているだろうか。著者は、仕事におけるやりがいを以下のように考える。
仕事の満足度は、グルメサラダや寝袋やテーブルサッカーの台とは何の関係もない。仕事に対する真のゆるぎない満足感は、優れた同僚たちと真剣に問題解決にとりくむときや、懸命に生み出した製品・サービスを顧客が気に入ってくれたときにこそ得られる。
働き方改革が叫ばれる現代において、必携の一冊となるだろう。