『いま、息をしている言葉で。「光文社古典新訳文庫」誕生秘話』なぜ現代に古典が蘇ったのか

首藤 淳哉2018年11月18日 印刷向け表示
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いま、息をしている言葉で。 「光文社古典新訳文庫」誕生秘話
作者:駒井 稔
出版社:而立書房
発売日:2018-10-15
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この秋、出口治明さんと古典を学ぶ講座に参加している。毎月1冊、光文社古典新訳文庫のラインナップの中から出口さんがおすすめの作品を取り上げ、当日はその本にまつわるお話と(しばしば脱線するがこれが楽しい)活発な質疑応答とで、あっという間に2時間が経ってしまう。実に中身の濃い贅沢なひとときだ。

講座は全5回で、初回はダーウィンの『種の起源』、2回目はプラトンの『ソクラテスの弁明』だった。ちなみに来月予定されている3回目はヴェルヌの『地底旅行』だそう。自然科学、哲学と来てまさかのSFという流れが素敵である。

「古典を読めば、世界がわかる」と題されたこのイベント、どうしてこんなに面白いのか。もちろん博覧強記の出口さんの語り口に多くを負っていることは間違いないが、「古典新訳文庫で作品に触れる」という点も大事なポイントだと思う。実際、このレーベルのおかげで初めて最後まで読み終えることができた古典がたくさんあるからだ。

2006年9月、創刊8タイトルがずらりと店頭に並んだのを目にした時の興奮はいまだにおぼえている。新しい文庫レーベルの誕生に胸躍らせたのは、学生時代のちくま学芸文庫の創刊以来かもしれない。白地にシンプルな線画が配された洗練されたカバーデザイン、それに「いま、息をしている言葉で。」という魅力的なコピー。「これまでになかった画期的な文庫が登場した!」ということが一目瞭然でわかった。

『いま、息をしている言葉で。「光文社古典新訳文庫」誕生秘話』は、創刊編集長である駒井稔さんの回想録。本を愛するすべての人に全力でおすすめしたい素晴らしい一冊だ。

長く『週刊宝石』の編集部に籍を置き、「OLの性」のようなページを担当していた駒井さんだが、この時の経験があったからこそ古典新訳文庫が生まれたというのだから人生はわからない。

ニュース班のデスクをしている時、天安門事件に遭遇。その後、次々と起きる歴史的な大変化を目の当たりにして、「足元が揺らぐような感覚」に襲われた駒井さんは、「このような時代には古典が持つ普遍性だけが道標になるのではないか」と考え、コツコツと古典を読み始めたという。やがて翻訳出版編集部に異動し念願の書籍編集者となった駒井さんは、村上春樹訳の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』に刺激を受け、会社に古典新訳プロジェクトの企画書を提出する。2003年のことだった。

だがその熱意はなかなかまわりには理解してもらえなかった。
「面白いと思いますよ。本当にそんなことができたらですが」
「駒井さん、それは夢でしょう。それは夢ですよ」
古典の新訳をしたいと周囲に相談すると、ネガティブな反応しか返ってこない。信頼を寄せる後輩は怒りさえあらわにした。おそらくみんな良心的な編集者なのだろう。彼らの怒りやあきらめは、良書がなかなか売れず、ヘイト本が幅を利かせるいまの出版界の置かれた現状からくるものかもしれない。でも新しいものを生み出すのは、いつだってあきらめの悪い人間だ。まわりが否定的だろうと、信念を貫こうとする人間である。駒井さんはついに社長からゴーサインをもらう。

本書を読むと、光文社古典新訳文庫がいかに画期的なプロジェクトだったかということがよくわかる。翻訳の世界にイノベーションを起こしたと言っても過言ではない。

古典新訳文庫といえば、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』が異例のベストセラーになったのを覚えている人も多いだろう。創刊から全5冊を10ヶ月で刊行するという驚異的なペースで世に出た『カラマーゾフの兄弟』は、またたくまに古典新訳文庫の「顔」となった。2008年には合計100万部を突破している。この「カラ兄現象」は海外でも話題となり、駒井さんは国際ブックフェアの会場で各国の出版関係者から質問攻めにあっている。古典がベストセラーになるというのは海外でも事件なのだ。

『カラマーゾフの兄弟』の訳者は、ロシア文学者の亀山郁夫氏。駒井さんにとってロシア文学は人名の長さがネックになっていた。ロシア語では「イワン・〜ビッチ・〜スキー」のように3つの言葉が連なる。あの長い名前がややこしくて苦手だったのだ。ところがこのことをロシア・ポーランド文学者の沼野充義氏に告白すると、驚くべきことがわかった。ロシア語の長い名前のうち、真ん中は父称といって、ドストエフスキーさんの「さん」のような丁寧表現にあたり、省いてもかまわないという。

またロシア語では愛称が複雑に変化するのにも難儀していた。英語でもウィリアムをビルと呼ぶように愛称はあるが、ロシア語の場合、さらにこれがいくつも変化する。カラマーゾフ家の長男「ドミートリー」だと、「ミーチャ」→「ミーチカ」→「ミーチェンカ」という具合だ。

亀山訳では、愛称の変化はひとつまでとし、また沼野氏の意見もとりいれ、ミドルネームは初出だけとしてあとは省いた。これだけでも画期的に読みやすくなったという。そんな簡単なことかと思うかもしれないが、駒井さんは「しかしだれもやらなかったのです。新しさとは案外平凡なものです」と述べている。なかなか含蓄のある言葉だ。古典新訳文庫は「しおり」に主な登場人物一覧をいれるなどの細かい工夫もしている。翻訳ものを読んでいて人名がこんがらがるという人はたしかに多い。しかもこれは販売部から出たアイデアだという。関係者一丸となって新しい文庫を売ろうという姿勢は、読んでいて胸が熱くなる。

個性的な翻訳者たちのエピソードも本書の大きな魅力だ。上智大学教授の安西徹雄氏(2008年没)は、優秀なシェイクスピア学者で、自分が翻訳した台本を使って劇団で演出もしていたが、これまでそれが本になることはなかった。その安西氏に翻訳を依頼した『リア王』のセリフは、すべて舞台で俳優の身体を通して鍛え上げられてきたものだという。「わたしは横隔膜で訳す」などというシビれる言葉を目にしてしまったら、読まないわけにはいかない。

古典新訳文庫には、もちろん日本の古典もある。親鸞の『歎異抄』を訳した川村湊氏は、親鸞が当時の人々に語りかけた口調を再現しようと試みた。たとえばその訳文はこんな調子だ。

善(え)え奴が往生するんやさかい、ましてや悪い奴がそうならんはずがない。世間のしょうむない奴らは、悪い奴が往生するんなら、なんで善え奴がそないならんことあるかいなというとるけど、それは「ひとまかせ」ちゅうモットーにはずれとるんや。

有名な「善人なをもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」のくだりだ。親鸞の唱えた「他力本願」のコンセプトは、「ひとまかせ」と訳された。まさに「いま、息をしている言葉」だ。

現代に息づく言葉で訳された古典は、エリート(ぶった連中)の教養主義のくびきから解き放たれ、ぼくらの友人となった。あとはもう本を手に取るだけだ。扉は大きく開かれている。さあ、あなたも一緒に古典を読もう。いまを生きる、ぼくたちの言葉で書かれた古典を

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