『脳と時間: 神経科学と物理学で解き明かす〈時間〉の謎』全方位から迫ればわかるのか、わからないのか

山本 尚毅2018年11月26日 印刷向け表示
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脳と時間: 神経科学と物理学で解き明かす〈時間〉の謎
作者:ディーン・ブオノマーノ 翻訳:村上郁也
出版社:森北出版
発売日:2018-10-10
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英語で最も頻出する名詞は「time」である。

いっぽう、時間をどう定義するかについての見解は一致していない。

時間という単語にはさまざまな意味が含まれているが、文章の中や日常の会話で、異なる意味を意識して使い分けることはほとんどない。下記の文章には「時間」という単語が3つ登場する。

時間の性質についてのミンコフスキーの講演は時間どおりに終わったが、長い時間がだらだら続いた感じがした

そして、3つの時間、それぞれの意味が違う、作為的な文章である。1つ目に登場する時間は「本質的時間」である。一部の哲学者や科学者がうんうんと唸りながら、議論するものである。2つ目の時間は「時計的時間」である。日々の暮らしを律する基準となる時間である。3つ目の時間は「主観的時間」である。脳によって作り出されたもので、頭蓋骨の外には存在しない時間である。

時間という単語への無分別さが、謎を解き明かす邪魔になってきたが、分けて考えたとしても、とんでもなく難しい。しかし、分けて考えるのが科学である。

正確な時計の開発に命をかけてきた職人の歴史は時計的時間を担ってきた。哲学者は「時間とは何物であるか」とがっぷり四つに組み、物理学者は「時間はそもそもあるのか」とその存在を疑い、本質的時間と葛藤してきた。神経科学者や心理学者は「脳はどうやって時間がわかるのか」と主観的時間の解明に躍起になっている。その他「時間を見立てることば」を模索する言語学者など、持ち場ごとに手を替え品を替え、込み入った時間の謎に迫ってきた。

そして、著者はカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の神経生物学・心理学部教授であり、時間にまつわる神経科学/脳科学研究の第一人者として、時間の謎解明の最前線にいる。本書では著者の専門分野も扱われているが、一般読者向けの書物として必要な部分だけにとどめている。また、専門外の物理学にも果敢に足を踏み入れ、物理学者や哲学者へ質問を投げかけ、知識を狩猟していった。

本書では、神経科学と物理学を、現在のみが実在するとする「現在主義」に立つ神経科学と、過去と未来と現在が同等に実在するとする「永遠主義」の立場を受けいれる物理学という形で鮮明にし、2つの分野の論争を展開していく。目次にはその論争の火種となるキーワードが散りばめられている。

第一部 脳の時間
1:00 時間の特色
2:00 タイムマシンとして最高の一品
3:00 昼も夜も
4:00 シックス・センス
5:00 時間におけるパターン
6:00 時間、神経ダイナミクス、カオス
第二部 物理の時間の本質と心の時間の本質
7:00 時間を管理する
8:00 時間とはいったい何者か?
9:00 物理学における時間の空間化
10:00 神経科学における時間の空間化
11:00 心的時間旅行
12:00 意識:過去と未来との結びつけ

物理学と神経科学、この2つの分野の接点に横たわる難問を端的に説明するならば、時間の流れとは心の作る虚構なのか、それとも現在の物理法則の網をくぐり抜ける何かなのか、である。また、もし、時間の流れが虚構であり錯覚であり、脳が出す答えの信頼性を疑うのならば、物理法則そのものを理解する脳それ自体の解釈に、偏りはないのだろうかという問いも立ち上がる。

奔放に問いばかりを紹介してしまい、ページを開く前に謎を深めてしまっているが、本書自体はわかりやすさと知的な高みへの誘いのバランスが秀逸で、読者を置いてきぼりにしない構成となっている。特に章末にまとめられた要約を読むだけで、厄介で深遠な内容がざっと見通せるのは一般読者にとってありがたい。

永遠主義の強力な論拠として登場するアインシュタインの一般相対性理論と特殊相対性理論についても、読んだその瞬間はわかったつもりになれる。もちろん、流暢な文章により脳が錯覚している可能性は否めない。

バグる脳 ---脳はけっこう頭が悪い
作者:ディーン ブオノマーノ 翻訳:柴田 裕之
出版社:河出書房新社
発売日:2012-12-19
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著者の別著作。時間感覚を含む、脳の多様なテーマを扱っている。

時間の言語学: メタファーから読みとく (ちくま新書1246)
作者:瀬戸 賢一
出版社:筑摩書房
発売日:2017-03-06
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言葉と時間について、読み応えのある新書。

ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観
作者:ダニエル・L・エヴェレット 翻訳:屋代 通子
出版社:みすず書房
発売日:2012-03-23
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