『美酒復権』

田中 大輔2018年12月03日 印刷向け表示
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美酒復権
作者:一志 治夫
出版社:プレジデント社
発売日:2018-11-29
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「NEXT5」というグループをご存じだろうか?日本酒が好きな人ならきっと一度は耳にしたことがあるだろう。ゆきの美人の小林忠彦。白瀑(山本)の山本友文。福禄寿(一白水成)の渡邉康衛。新政の佐藤祐輔。春霞との栗林直章。秋田の蔵元5人が2010年に結成した蔵元集団である。共同で醸造酒をつくり、酒造りを研究し、技術と精神を切磋琢磨している醸造家集団だ。

2014年からは各界の著名クリエイターとのコラボも展開し、アーティストの村上隆や建築家の田根剛らとコラボレーションした共同醸造酒を販売してきた。今年は「NEXT5 hyougemono2018」と銘打ち、山田芳裕の漫画『へうげもの』、『へうげもの』スピンオフ「激陶者集団へうげ十作」with friendsの三位一体コラボという形で、酒杯と共同醸造酒のセットを販売した。どの酒杯がついてくるかわからない、大人のガチャといった趣で、私もついつい器欲しさに2本も購入してしまった。

日本酒の需要が右肩下がりで減少し、苦境に直面していた中、彼らの活動が多くの酒蔵に刺激を与えたことは間違いない。そんな日本酒業界をけん引するムーブメントを起こした彼らの軌跡を追ったのが本著である。五蔵がいかにして苦境を脱していったのか、そしてNEXT5がこれからどこへ向かおうとしているのか?をノンフィクション作家が記した書籍である。

彼らに共通するのは、年代は違うが、父親の跡を継ぐために、東京から帰郷しているということだ。異業種で働いていたものも多い。日本酒需要の減少により、各々が蔵へ戻ってきたときには、蔵がつぶれる可能性があったほど、どこも財政事情は厳しかった。しかし彼らはその状況を、杜氏と決別し、自ら醸し人として酒造りに参加をすることで改善していった。

元来、多くの酒蔵は普通酒の販売で成り立っていた。しかし、日本酒の需要低下により、どこも普通酒の在庫過多が問題になっていたのだ。そこでNEXT5の面々は普通酒の割合を減らし、特定名称酒(純米酒・純米吟醸など)を製造の中心に据えることで、活路を見出していった。

新政の場合は蔵元の佐藤祐輔が戻ってきたとき、2年半、普通酒を作らなくても大丈夫なほど在庫があふれていたという。そこで1年間普通酒をつくらずに純米酒のみをつくるという決断をし、総生産量を1/3にまで減らして、数々の実験酒を生み出していった。そして1年目に作った「やまユ」や「陽乃鳥」といったプロトタイプに近いお酒が、首都圏の大手酒販店の目に留まり、1年目にして強力なファンを掴んだのだ。

それにより彼は営業に出る必要がなくなり、2年目からは酒造りに専念することで20種ものタイプの違う酒を造り販売したという。まさに狂気としか言いようがない。それ以降も新政はとどまることを知らない。全量を生酛づくりにし、木桶を使用するなど、古(いにしえ)へ、江戸時代へと向かいながら、進化をしている。日本酒業界の固定概念を次から次と覆し、疾走をしているのだ。昨今では日本酒特集の雑誌で彼を見ないことのほうがまれである。

日本酒特集の雑誌といえば、NEXT5が結成されるきっかけは、新政と山本が掲載されていた料理専門誌『dancyu』にある。この雑誌に広島の蔵元集団「魂志会」の記事があり、これをみた山本が、ゆきの美人の小林に連絡をし、「秋田でも広島みたいな蔵元の会をつくりましょう」と呼びかけ、そこから一白水成の渡邉、新政の佐藤、春霞の栗林にも声をかけ「NEXT5」はスタートした。

会の代表はゆきの美人の小林である。発足当時、ゆきの美人の小林はすでに蔵元杜氏としてのキャリアを積んでおり、おいしい酒を造っていたが、他の4人はまだまだ試行錯誤をしているところだったという。最初は小林に教わりながら、みんなが技術の質をあげていくという感じであったそうだ。他の四蔵にとってはゆきの美人の上品な酸味が一つの目標となっていた。

会では技術的なことも話していたが、最も頻繁に行っていたのは利き酒会だという。利き酒を通じて基本的なオフフレイバー(品質の劣化によって生まれる異臭)を覚え、自分のテイスティングの評価軸をつくっていった。小林は言う。

皆さん、結構、日本酒は味だと思っている。でも意外と味じゃなくて、香りなんです。(中略)いい酒を造る以前に、まずいいか悪いかを判断ができないと酒は造れないから。テイスティングはすごく大事なんです。

共同醸造をはじめた翌年の2010年から日本酒市場は劇的に変化したという。きっかけは東日本大震災である。東北支援が高まるにつれ、東北の酒を飲もうという気運が広がり、東北のお酒の在庫は空っぽになるほど売れたそうだ。このときに東北の日本酒に触れた人たちが、地元の酒もうまいのでは?と地酒に目を向けるようになっていったという。その結果、純米酒を作る小さな蔵のクオリティの高いお酒の売り上げが急激に伸びていったのだ。

そして、いま空前の日本酒ブームが起こっている。2015年頃から毎年のようにブーム到来という記事を目にしているので、もはやブームではなく定番となっている趣がある。私もそんなブームがきっかけで日本酒を飲むようになった一人だ。

私はこの本の中で一番多くのページを割いている「新政」がきっかけで、日本酒にはまった。あまりに日本酒にはまりすぎて、いまでは冷蔵庫の中が新政や一白水成などの、日本酒でほぼ埋まっている。

この本を読み終わったいま、NEXT5の五蔵のことが今まで以上に好きになってしまった。NEXT5では新政の佐藤祐輔さんばかりが取りだたされているが、NEXT5の中核はやはりゆきの美人の小林忠彦さんなのだということを痛感している。ゆきの美人は最近あまり飲んでいなかったので、もっと飲んで応援していきたいと思う。

NEXT5はこれからいったいどこへ向かうのだろう?そのヒントがこの本には書かれている。それは自分の目で確かめてほしい。ひとつ言えるのはNEXT5の共同醸造の形は2巡目が終わる来年以降に大きく変化をしてくるのだろうなということだ。なにはともあれ次のNEXT5の醸造酒も楽しみである。NEXT5や新政が好きな人にはぜひ読んでほしい1冊だ。さて今宵も本を読みながら日本酒を飲むとしよう。

2018年のNEXT5とコラボした『へうげもの』。

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