深遠なる新政の世界『The World of ARAMASA 新政の流儀』

田中 大輔2021年04月23日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
The World of ARAMASA 新政酒造の流儀
作者:
出版社:三才ブックス
発売日:2021-04-20
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

 日本酒の新時代を牽引する酒蔵がある。新政酒造だ。秋田にある酒蔵で「No.6」「ラピス-瑠璃-」「亜麻猫」などの日本酒を醸している。ネーミングセンスが独特で、変わったところでは、宮沢賢治の作品名から採った「農民芸術概論」や、ギヨーム・アポリネールの作品から採った「異端教祖株式会社」といったお酒も造っている。新政は熱狂的な人気を誇る酒蔵だ。人気すぎて需要と供給がマッチしておらず、年々購入するのが難しくなっているお酒だ。

その新政酒造のすべてを1冊にまとめたヴィジュアルブックが発売された。先日、六本木蔦屋書店で刊行記念のトークショーが開催された。このトークショーの参加券はオンラインで販売されたのだが、各回とも開始1分ほどで売り切れてしまった。このことからも、新政の人気ぶりが伺えるだろう。そのイベントに参加してきたので、今回はそこで話していた本書の裏話的なことを紹介したい。

イベントは著者である馬淵信彦さん(以下、馬淵さん)と、新政酒造の社長、佐藤祐輔さん(トークの間、馬淵さんが祐輔さんと呼んでいたので、以下、祐輔さん)の対談形式だった。馬淵さんは新政酒造とは8年ほどの付き合いで、毎年、新政酒造を訪れていたとのこと。祐輔さん曰く、「わたくしどもの蔵については、ジャーナリストで一番ご存知の方なので」と言っていた。だいぶ盛ってると馬淵さんは謙遜されていたけれど。

馬淵さんが本書を作りたいと思ったきっかけは、8年前に初めて新政酒造に取材へ行ってから、毎年、行くたびに、蔵の中も変わっているし、お酒の造りかたも変わっている。年々更新されていることに対して、「なんで?」と思って、祐輔さんに聞いているうちに、日本酒の美学のようなものが、馬淵さんの中でできあがっていったからだ。

そこで1冊まるごと新政の本ってないよね?と祐輔さんに聞いたところ、「ない」というので、作りたいと祐輔さんに打診したそうだ。新政については「文化を醸造している」というのが一番惹かれたところだとも言っていた。

『美酒復権』や『オリジナリティ』といった本のなかで、新政酒造は紹介されている。また雑誌の特集で新政が紹介されていたことは何度もあるが、1冊まるごと「新政」というのはいままでなかったので、新政ファンの自分にとっては「待ってました!」という感じだ。

祐輔さんはお酒がおいしければOKなんだけど、それだけでなく、もっと深い楽しみをしてもらいたい。そのためにも、これからの酒蔵はつくる環境なども、知っていただいた方がいいと思っていると言っていた。

新政は取材をされることが多くある方だけど、それでも木桶や生酛のことなど、まだまだ発信できてないことが多い。もっとバックグラウンドに光が当たれば、より多様な日本酒ができるんじゃないか。ひいては同業者にもすごくいい影響を与えてくれるんじゃないか?と期待していたという。

企画の話をしたとき、祐輔さんに最初に言われたのが「ヴィジュアルを重視したい」ということだ。「わかりました」と言ってからも、2,3回は「ヴィジュアルを重視したいんだよ、俺は。」と言われたと馬淵さんは言っていた。新政のお酒を知っている人からしたら、ヴィジュアルはいいに決まっているとわかるのだが、祐輔さんはどういう思いからそこを強調したのだろうか?

祐輔さんは言う。「自分の蔵で伝統技術を入れていったら、だんだん蔵自体が美しくなっているんですよ。伝統産業の物を買う前には、会社が傾いていて、人が足りなかったので、機械なども買ったことがあるんです。だからロマンティックな形で伝統産業のやり方をやっているわけではなくて、基本的にいろんな機械も使ってみた結果、手作りが最高のできになるからやっているんです。また、こういう木製品とか昔のものっていうのは絵的にも僕はとっても好きなんです。自分の蔵は僕でもかっこいいなって思いますもん。そう思わないですか?」

表紙にもなっている木桶蔵の美しさなどは、本書の見どころの一つだろう。そもそも、酒蔵の見学をさせているわけでもないのに、木桶をしめ縄で装飾する必要はないはずである。これは労務上で転倒防止のロープを張らなきゃいけないところを、それでは風情がないと、しめ縄にしたらハマったからこうなっていると祐輔さんは言っていた。

「やっぱりこうしていると、職人も敬虔な気持ちになりますから。ゴミ一つ落としちゃいけないっていう気持ちになるし、そういう神聖な空間で酒造りをしてます。っていうことが、言わなくても見ればわかる。そういうところを、お客さんにわかってもらいたいな。ということで、ヴィジュアルでいい写真でやっていただけたら、作っていただいていいですよ。」と返事をしたそうだ。

本書を作るうえでは錚々たる写真家に協力してもらったとのこと。しかしページの都合上、写真家のプロフィールが載せられなかったそうなので、イベントで紹介をしていたので、ここでもその話を元に紹介をしようと思う。

一人目は堀清英(ほり・きよひで)さん。大ベテランで、巨匠クラスとのこと。90年代をNYで過ごし、アレン・ギンズバーグなどのポートレイトを撮っていた。ビート系に強いそうで、ビート好きな祐輔さんとも話があったと言っていた。人物のポートレイトと、蔵の写真(人が映っているもの)を主に撮っている。

二人目は相場慎吾(あいば・しんご)さん。若手。サンローランでエディ・スリマンの下、日本人初のデザイナーをやっていた人だ。ちなみにエディ・スリマンは写真家でもある。相場さんもエディ同様にデザイナーだけでなく、写真家としても活躍しており、少し前に渋谷の西武で写真展をやっていた。相場さんは蔵の中の写真を堀さんと半々で撮られているとのこと。祐輔さん曰く、モノクロで焦点をすごいはっきりさせて、アートの様な雰囲気のある写真は相場さんが撮ったものだという。

三人目は松田高明(まつだ・たかあき)さん。民族の記録とか、歴史的な風景などの写真集を出している方だ。鵜養の風景や杉の写真を撮っている。馬淵さん曰く「鵜養は神様がいるなっていうのが、すごく感じられる土地なので、そこもしっかり、松田さんには切り取っていただけたと思います」とのこと。

本書は本の内容が多岐にわたるので、一人のカメラマンでは対処できず、適材適所で3人の写真を使ったそうだ。なお、最後のページにどのページを誰が撮ったかが書いてあるので、気になる人は照らし合わせてみてほしいと言っていた。

本書はヴィジュアルにこだわったというだけあり、めちゃくちゃかっこいい一冊になっている。写真集として楽しむのもありだろう。ただ内容を深く読んでいくと、田んぼの作付けマップなど、かなりマニアックなところもあるので、新政の熱狂的なファンには、たまらない1冊になっているはずだ。

ネーミングやデザインの話、また新政の主要メンバーのインタビューなど、見所がたくさんあるのだが、その中で本書と共通しているのでは?と思った話があったので、その部分を引用してレビューを終えようと思う。

あまりにその酒の背負ったものが大きすぎて簡素にできないのと同時に、相性の良い方だけに勝手ほしいと酒にみずから名言させているのですね。(中略)もちろん、どなたが当蔵の作品をお買いあげていただいても非常にありがたいことです。

ただ“Astral Plateau”ともなると、背景まで興味があるファンに真っ先に飲んでもらいたい酒でもあります。ですから、あえて難解なテイストのネーミングにしました。その結果、自然と熱心なユーザーが買う方向に絞られているのかなと思います。

新政のお酒もそうだけど、入口はとても広いのに、底が深い。ハマればハマるほど、そこには深淵なる世界と美学があることに気づくだろう。掘れば掘るほど、より深みにハマっていく感じが、完全に沼!まさにこの本もそんな1冊になっている。あと、この本読むとやっぱり新政が飲みたくなる。今日の夜は新政を飲もうっと。

美酒復権
作者:一志 治夫
出版社:プレジデント社
発売日:2018-11-29
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

新政をはじめとする秋田の5人の蔵元のグループ「NEXT5」その劇的な足跡を辿った1冊。

オリジナリティ 全員に好かれることを目指す時代は終わった
作者:本田 直之
出版社:日経BP
発売日:2017-11-23
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

 日本酒のところで、新政の佐藤祐輔さんが登場しています。新政も全員から好かれようとは思っていない酒蔵だよね。

ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
出版社:中央公論新社
発売日:2014-10-24
  • Amazon Kindle

『ノンフィクションはこれを読め! 2014』電子版にて発売中!

人気記事