『地面師』積水ハウスはなぜ55億円を騙し取られたのか

栗下 直也2018年12月10日 印刷向け表示
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地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団
作者:森 功
出版社:講談社
発売日:2018-12-06
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2016年10月、東京・新橋の歓楽街の一角。資産家の女性の白骨遺体が発見された。自宅と隣家のせまい隙間に、うつぶせに倒れていた。これだけでも十分きな臭いが、驚くべきことに彼女の土地は何者かによって転売されていた。

地主になりすまして、不動産をだましとる「地面師」の存在は古くて新しい。戦後の混乱期やバブル期に暗躍し、アベノミクスで沸くここ数年、再びうごめき始めた。本書では、冒頭で触れた、新橋の地主怪死事件を含む6つの詐欺事件の真相に迫っている。

55億5000万円。大手住宅メーカー・積水ハウスの五反田の土地取引での被害額だ。今夏に会社が発表、刑事告訴したことで10月以降、詐欺師達が続々逮捕されている。

立地の良い土地に目をつけ、地主になりすます。書類を偽造し、不動産業者や開発業者に土地を売り払い、金を受け取る。積水ハウス事件は典型的な地面師事件だったが、多くの者は思っただろう。不動産のプロの大企業がなぜ簡単に騙されてしまうのか。

積水ハウスだけではない。本書で触れている詐欺事件の被害者だけでも積水ハウスのほかホテルチェーンのアパグループやNTT関連会社など大手企業の名前も並ぶ。

恐ろしいことに、これらは氷山の一角にすぎないという。数億円から数十億円の詐欺が日々発生していると言っても過言ではない。警視庁で把握している被害届け出は年100件程ともいわているが、ほとんどが立件されていない。警察の腰は重く、もし、事件を受け付けたとしても捜査は遅々として進まない。

捜査に専門性が必要なのも原因のひとつだが、事件が巧妙にしくまれ、立件が難しいことを読み進めると痛感するだろう。

積水ハウス事件で大量検挙されたように、地面師は案件ごとに10人前後で構成される、欺しのプロ集団である。全体の絵を描くリーダー、パスポートや免許証など書類を偽造する「印刷屋」、振り込み口座を用意する「銀行屋」。そして、「なりすまし役」。年格好はもちろん、矛盾なく、話ができるかまで事前にリーダーが面接する。振る舞いはもちろん、捜査が自分たちに及ばないような人物かも判断する。地主役に認知症気味の老人をあてるケースも少なくないとか。彼が捕まったところで、本人が半分呆けていれば、喋りようがない。よく、そんな奴を見つけるなと思うが、地面師チームには「手配師」という、なりすまし役を見つけたり、演技指導したりする役割まで存在する。

騙す客に売るまでに、複数の売買を重ねることで、事件を複雑にしている。地面師たちで作ったペーパーカンパニーをはさむことが多いが、手数料目的で名前を貸す企業もある。地面師につらなるグレーゾーンに生息している者のいかに多いことか。売買を重ねれば、仲介者なども雪だるま式に増え、関係者が増えれば増えるほど、警察が動いたとしても全体像は見えにくくなる。グレーゾーンの生息者がどこまで詐欺の全容を把握しているかはわからないが「そんなヤバイ物件だとは思わなかった」と善意の第三者を装われれば捜査は暗礁に乗り上がる。

そんな簡単に騙されるものかと思うのだが、読み進めると驚愕する。地面師グループには「法律屋」が存在し、名前の知れた弁護士事務所や司法書士も片棒をかついでいるのだ。彼らに「依頼され、取引に立ち会っただけ。我々も騙された」と抗弁されれば、犯意を証明するのは難しい。読み手の多くは「ここまでされては欺されても仕方ない」と言葉を失うだろう。

結果として、地面師グループは野に放たれたままになる。捕まったとしても、不起訴になる場合や、なりすまし役などメンバーの一部が罪に問われるのがせいぜいといったところだ。

とはいえ、こうした絵を描き、詐欺を進められる人間は多くない。複数の大型詐欺事件をたどっていくことで、著者は共通の人物が動いていることを探り当てる。「地面師界のスーパースター」の異名をとる内田マイクや北田文明、なりすまし役を手配する「池袋の女芸能プロダクション社長」の秋葉紘子。彼らの金への嗅覚の鋭さや神出鬼没ぶりを描き、顔がない地面師たちの生態を浮かび上がらせているところも本書の醍醐味のひとつだろう。

一般人にとっては無縁の遠い世界の話に聞こえるかも知れないので、最後に本書でも触れているひとつの地面師事件を紹介しよう。地面師集団が死亡した地主になりすまし、都内の土地を不動産業者に売却し、業者は何も知らずに、建設会社に転売。建設会社は戸建ての分譲住宅として、販売した。地面師グループは摘発されたが、詐欺の犯意を裏付けられないと主犯などは無罪放免になり、立件は見送られた。

地面師事件で怖いのは、所有者が知らない間に売り払われ、転売されれば、本来の所有者であっても、その土地を取り戻せない危険性があるところだ。死亡した女性には身寄りが無かった。土地は国庫に返上されるはずだったが、詐欺に遭い、転売され、建売住宅として販売されており、国は裁判をしたところで負ける可能性が高かったという。事件化しなかったこともあり、現在の住人達は自分が住む土地が詐欺の舞台になったことなど知ることもなく、住み続けている。大規模の土地を持っていなくても、回り回って地面師と関わることもゼロではないのだ。

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