『原節子の真実』 文庫解説 by ヤマザキマリ

新潮文庫2019年02月01日 印刷向け表示
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原節子の真実 (新潮文庫 い 95-2)
作者:石井 妙子
出版社:新潮社
発売日:2019-01-29
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原節子が出演する映画を初めて見たのは、17歳でイタリアに移り住んだ時のことだった。映画好きの大学生の友人に、ある日「君は日本人なのに小津安二郎も知らないで、画家という表現者になるつもりなのか。どうかしている」と呆れられ、フィレンツェの下町にある学生向けの汚い映画館で見せられたのが、『東京物語』だった。今でもなお、小津安二郎は欧州の映画好きが年齢問わず強く支持する監督のひとりであるが、その後様々な日本映画を通じて原節子という女優をイタリアの映画館のスクリーンやテレビで見ることとなる、その始まりがこの作品だった。

上映が終ると、私たちは映画館の中にあるカフェへ移動して、その場にいた仲間と熱心にそれぞれの『東京物語』評を交わし合った。日本とイタリアの家族のありかたの違い、情動の抑えられた静かで深い表現。映像についてのあれこれを語り合う中で、イタリア人たちは皆、登場人物の紀子を演じた原節子を"あの聖母のような様子の"だの"女神的な"などと形容した。誰ひとりとして、美人、とか、綺麗な、といったありきたりな表し方をしないのが印象的だった。考えてみれば、イタリア人は滅多に女優に対して"聖母のような"などという崇高なたとえを用いることはない。実際、抜群に美しい容姿を持った女優であっても、誇張のない、内面から溢れ出てくるような自然な気高さと、慈悲深さを兼ね備えた雰囲気をもつ人はあまり思い当たらない。

私もそれまで原節子を全く知らなかったわけではない。日本のメディアは、私が生まれた時には既に引退していたこの幻の女優を何かと取り上げることがあったし、彼女が日本の映画史における重要な存在であることも知っていた。手元にあった往年の女優グラビアにも勿論原節子の写真は載っていたし、母が若い頃に見た黒澤明監督の『白痴』で、原節子がどれだけ素晴らしかったか、映画の中で羽織っていたマントがいかに素敵だったかを語っていたことも記憶に残っていた。並外れた容姿の美しさと存在感。それが、数々の素晴らしい映画でヒロインを演じつつも、突然銀幕から去った、この女優の伝説たる所以なのだと私は思い込んできた。

ところが、『東京物語』の映像の中で初めて見た、実際に動いている原節子は、私がそれまで抱いていたイメージとは何かが違った。大柄で目鼻立ちがはっきりしているため、その佇まい全体に東洋人の女優には珍しいドラマチックなものが感じられた、というのもある。確かに美人ではあるけれど、日本人好みの繊細でコケティッシュな美しさとは明らかに種類が違う。演技力がないわけではないのに、本人の生真面目な資質が端々から滲み出てしまっているのも印象的だった。

あれから30年の月日を経て石井妙子さんの作品を介し、原節子という女優と改めて向き合ってみてわかったのは、女優という職業のレイヤーを外した人物として私が推察したことは、強ち間違ってはいなかったということである。原節子という名の女優を生業としていた会田昌江は、生真面目さと正義感を備えた女性だった。自分という人間を、日本の映画界を、激動の時代の日本という社会を、そして世界そのものを、しっかり俯瞰して見ることのできる勤勉な人物だった。傲りや自惚れに陥ることを恐れて、常に沈着冷静に自らを観察する、弛みのない厳しい意識が、彼女の置かれているいかなる状況においても伝わってくる。持って生まれた美しさに対しても原節子は徹底して客観的だった。自分の授かった肉体に適応する職業は女優である、という徹底的にクールな分別が感じられるのだ。女優という職業を好きか嫌いかという短絡的な次元で捉えることはない。考えてみれば、私も漫画家になりたいと思ったことなどないし、絵を描くことも、漫画家という職業も決して好きなわけではない。ただ、成り行きで始めたこの仕事をこうして長く続けていられるのは、黙っていても白い空白さえあれば絵を描かずにいられなくなる、そんな自分の性に合っているからなのだと、この本を読み終ってから、はっきり自覚するようになった。

この評伝に記されている原節子の生涯の出来事のなかで、特別私が強く共感を覚えたのは、ドイツとの合作映画『新しき土』の撮影後、16、7歳だった節子が欧州とアメリカを巡って日本に帰国した直後の心境についての描写かもしれない。私は14歳で初めてひとりで欧州に出されたが、それまで置かれていた空間よりも遥かに広く深い場所を体験してしまった若い人間は巣立った若鳥と同じで、自分がそれまで居た場所に戻ってきても、窮屈さや視界の狭さを感じずにやり過ごすことは不可能だと言っていい。

空気の淀んだ日本の映画界。"西洋かぶれ"という自らに向けられた冷酷な誹謗、そして第二次世界大戦の勃発。原節子の周りは、これでもかというくらい人間を失望させる要素で溢れかえっていた。でも実はそのような過酷な環境こそが、この若い女優の精神を熟成させていったことは間違いない。疑念も懸念も苦悩も失意といったあらゆる負の感情にも囚われず、欧州で出会ったマレーネ・ディートリッヒのような毅然とした女優としての、いや、女優を生業とする人間としての貫禄を身につけるためには、目の前の現実から決して意識を逸らしてはいけないのだと、勤勉な原節子は感じていたはずだ。若さと美しさを備えていながらも、女優原節子の自意識はもっともっと深く、険しい場所にあったのだろう。小津安二郎にとって原節子が唯一無二の存在になったのも、きっとこの生真面目さと純粋さでできているような女優の内側に潜む、人間的な成熟に気がついていたからではないだろうか。

原節子が映画という浮き世の世界と関わりを保ちながらも、そこの住人になることを拒み、世知辛く厳しい当時の日本社会の現実から目を逸らそうとしない性格の持ち主であったことは、この文庫版で新たに加えられた彼女の自筆エッセイからもしっかりと読み取る事ができる。敗戦後の日本と、日本人の抱える不安や心もとなさを冷静に見つめ、自分の意見を臆せず表に出すことのできる強さと勇気を持った女性が、果たしてこの当時どれだけいただろうか。

原節子の言葉に軽率さはない。そしてそんな彼女の甘えを許さない勇敢な姿勢が、その美しい容姿を確実に内面からも磨き上げていったのだろう。

そう考えると、『新しき土』の女優探しに日本にやってきたアーノルド・ファンク監督が、田中絹代ら当時の日本で人気だった女優には目もくれず、"ドイツ人にも通じる美しさ"を原節子に見出したのは、当然のことだったのである。ファンク監督の審美眼は、若い原節子の美しさの中に、濁りのない清らかさと、人種を超越した神話の女神のような強さを認めたのだ。だとすると『東京物語』を見た直後のイタリア人の若者たちが、原節子をしきりと〝聖母のような〟などと言い表したことにも、すっきり納得がいくわけである。

原節子が世間から大女優と評されるその根拠はどこにあったのか。美しい美しいと言われるその"美しさ"とは一体どのような要素でできているのか。あの世界に通じる慈悲深さと、傷つくことにひるまない強さを兼ね備えたオーラは、どのようにして彼女の中に発芽したものなのか。
この評伝は原節子という人を知るためだけにあるのではない。老若男女問わず今を生きるあらゆる人に向けられた、成熟した人間と社会を作り上げていくための、いわば人生の参考書だと私は思っている。

戦前戦後の美人女優という固定観念の堅い岩盤を穿ち、しなやかで逞しいひとりの人間像を掘り起こした石井さんの努力と手腕にはつくづく感服するばかりだが、石井さんが最後まで会うことの叶わなかった原節子自身も、ここではないどこかで、きっと同じ思いを抱いているだろう。

(2018年12月、漫画家・随筆家)

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