『西洋の自死 移民・アイデンティティ・イスラム』欧州社会を覆いつくす「欧州疲労」とは何か

堀内 勉2019年03月01日 印刷向け表示
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西洋の自死: 移民・アイデンティティ・イスラム
作者:ダグラス・マレー 翻訳:町田 敦夫
出版社:東洋経済新報社
発売日:2018-12-14
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本書は、西洋社会の行く末を悲観的に予測してベストセラーとなった『The Strange Death of Europe』の邦訳である。

ここには、いま西洋社会が直面する「奇妙な死」について書かれている。 ここでいう「死」には、2つの意味が込められている。

1つは、欧州が大量の移民を受け入れたことにより、各地で西洋固有の文化的・歴史的な風景が失われ、いくつかの町や都市は、まるで中東やアフリカのような風景になってしまったこと。

もう1つが、寛容を旨とするリベラリズム(自由主義)や多文化主義の理念の下に、基本的人権、法の支配、言論の自由といった中核となる価値観を共有しない人々を招き入れることによって、西洋的な価値観が失われてしまうことである。

つまり近い将来、われわれがイメージする西洋という文化そのものがなくなってしまうのである。そして、こうした奇妙な死をもたらしているのは、ほかならぬ欧州のリーダー達なのだという。

欧州で移民受け入れの恩恵を受けたのは、低賃金労働力のうまみを享受しながら、自らは移民の少ない安全な地域に居住し、グローバルに活動する富裕層や、多文化主義を理想とする知識人である。

他方、その負の側面を一手に引き受けてきたのが、移民の流入により賃金の低下や失業を余儀なくされ、貧しい地域に居住せざるをえず、治安の悪化やアイデンティティーの危機にさらされる中低所得層である。

移民に異を唱えれば、「人種差別主義者」「排外主義者」といった烙印を押されてしまうため、政治や言論の場において、移民の受け入れによって苦しむ国民の声は一切代弁されてこなかった。

そして、リベラルな理念の下で非リベラルな文化を無批判に受け入れてきたため、リベラリズムそのものが否定されるという皮肉な事態を招いてしまったのである。

また欧州は、19世紀前半の聖書批判から始まった宗教という大きな物語の喪失以来、「欧州疲労」と呼ばれる精神的な疲れを抱えてきた。

宗教の時代から合理主義の時代を経て、欧州がたどり着いたのは、共産主義・全体主義であり、その終着点はかつてなく悲惨な第2次世界大戦であった。

そして、その後に訪れたのは、すべてを疑い、すべてを相対化し、脱構築する現代思想であり、残されたのは、「価値判断は誤りであるという価値判断」だけであった。

2000年代には、一時的にリベラリズムの希望が垣間見えたものの、それも中東政策の挫折と混乱によって打ち砕かれ、英国のEU離脱に見られるように、もはやその意図するところとは逆の混乱と右傾化を招いている。

ジャーナリストである著者は、日本語版の序文で、本書に対する痛烈な批判を覚悟し、ジャーナリスト生命を懸けるつもりで世に送り出したが、実際には賛同の声が圧倒的に多かったことに驚いた、と書いている。

既に、事実上の移民を大量に受け入れており、更に、“移民受け入れ法”を成立させた日本の将来を占う上でも、ぜひ読んでおきたい1冊である。

※週刊東洋経済 2019年3月2日号より

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