『YouTubeの時代 動画は世界をどう変えるか』 訳者あとがき

小林 啓倫2019年03月04日 印刷向け表示
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YouTubeの時代 動画は世界をどう変えるか
作者:ケヴィン・アロッカ 翻訳:小林啓倫
出版社:エヌティティ出版
発売日:2019-03-04
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本書は2018年1月に出版された、Videocracy: How YouTube Is Changing the World . . . with Double Rainbows, Singing Foxes, and Other Trends We Can’t Stop Watching(ビデオクラシー:ユーチューブはいかに世界を変えようとしているか……二重の虹と歌うキツネ、その他の見ずにいられない流行と共に)の邦訳である。

著者のケヴィン・アロッカは、ユーチューブ社内で「カルチャー&トレンド」というチームのトップを務める人物。このチームの仕事内容については、ある求人サイト上で、「データを駆使してトレンドを追跡し、YouTube のストーリーやコンテンツを、年間数百万人ものユーザーの皆様とつなぐ」役割を果たすと解説されている。

アロッカは2010年9月にトレンドマネージャーに就任して以降、足掛け8年にわたってこの職務を果たしており、ユーチューブの最前線に立って、この動画サービスの発展とそこで起きたさまざまな事件、トレンド、そしてバイラル動画を見てきたわけだ。「ユーチューブはいかに世界を変えようとしているか」を語る上で、これ以上適任の人物はいないだろう。

彼は数々の出来事を目にしてきただけに、本書の内容も多岐にわたっている。実は出会い系に使われることを想定していたという、ユーチューブの黎明期についての解説から、「ニャンキャット(Nyan Cat)」や「江南スタイル」のような有名なバイラル動画の顛末と、それらを事例とした「なぜバイラルが生まれるのか」の考察、また「オバマガール」のように政治家を動画で応援するという現象や、逆に「マカカ」事件のように政治家や権力を動画で追及するという現象、さらには日本でも近ごろ話題になっている「ASMR」のような最新の現象に至るまで、まるで宝石箱のように次々と興味深い話が披露されている。

一方で本書の関心は、ユーチューブを超えて、ウェブ動画というメディア全体にも向けられている。そのため「ドラゴスタ・ディン・テイ(日本でも『恋のマイアヒ』として大きな話題を集めた)」のような、ユーチューブ登場以前のバイラル現象や、世界初のバイラル動画とされる「ウィネベーゴ・マン」、ウェブ動画業界のイベント「ビドコン(VidCon)」、そこに集まる著名な動画配信者とそのファンたち、そして彼らを理解しようと努めるお父さん世代の様子などといった話題まで網羅されている。ユーチューブを中核に据えつつ、ウェブ動画とそれに関わる無数の人々、そして彼らが世界を変えようとしている姿を追った一冊と言えるだろう。

残念ながら著者のアロッカは、ユーチューブ本社がある米国を活動拠点としているため、本書では日本国内や日本発のトレンド、バイラル動画についてはあまり扱われていない。たとえば2016年に大流行した「PPAP」や、ヒットした音楽やダンスを一般人が自分でも真似してみるという「弾いてみた」「踊ってみた」系動画、そしてその到達点とも言える、同じく2016年の「恋ダンス」現象(星野源の曲『恋』に合わせ、同曲のPVで披露されたダンスを一般人が踊る動画が大量に投稿される現象が起き、レコード会社のビクターエンタテインメント側も、音源の使用を一時的に容認する姿勢を見せた)などは登場していない。

ただ本書で紹介される事例を読んでいると、「これは日本でいうあの事例に近い」や「同じような事件は日本でも起きた」と感じることが多いのではないだろうか。本書でアロッカが議論しようとしているのは、個々の事例ではない。それらはあくまでサンプルであり、その裏側にある大きな流れや、社会の変化を追うのが本書の目的だ。

たとえば日本でも、残念ながらさまざまな政治家が失言や失敗を犯し、それを録音・撮影されて失脚するといったことが起きている。またHIKAKINやはじめしゃちょーといった著名なユーチューバーが生まれており、子供たちの「なりたい職業ランキング」の上位にユーチューバーがランクインするようになっている。2011年には東日本大震災への配慮で放送中止されていた、九州新幹線全線開通を祝うCMがユーチューブ上で話題になり、放送再開に至るという出来事もあった(その後同CMはDVD版が発売され、さらにカンヌ国際広告賞で金賞を受賞している)。本書で紹介されている事例や現象は、決して欧米に限定されているわけではない。同様の事例や、その根底にある社会や文化の変化は、世界中で起きているのだ。

本書の原題には「ビデオクラシー(Videocracy)」という造語が使われている。「cracy」とは「~による支配」を意味する接尾語で、たとえばデモクラシー(Democracy)であれば「市民(demos)による支配」で民主主義、テクノクラシー(Technocracy)であれば「技術(Technology)による支配」で「技術者や科学者などの専門家による政治支配」を意味する。さしずめビデオクラシーは「動画による政治支配」といったところだが、本書を読めば、「一般人を含む大勢の人々が動画を通じてコミュニケーションし、社会を動かしていく世界」をイメージした言葉だとわかるだろう。まさに本書は、このビデオクラシー現象の全体像を捉えようとしているのである。

ともすれば私たちは、こうした社会の変化を、「バズる」というような表面的な要素でしか見ようとしない。つまり「なぜあの動画は流行ったんだろう、どうすれば同じような流行を生み出せるのだろう」というわけだ。「少ない広告費でこの商品を流行させるには、流行りのバイラルCMを我社も起こすしかない」という場合もあるかもしれない。もちろんこうした動機は多くの人々が抱くものであり、責められるような話ではないだろう。本書もバイラル現象については大きく紙面を割いており、「どうすればバズれるのか」について答えを与えてくれている(余談だが、著者ケヴィン・アロッカがTEDで行ったスピーチ「バイラルビデオが生まれるメカニズム」は200万回以上再生されており、人々がこのテーマに対していかに大きな関心を抱いているかを示している)。

しかしいま身の回りで起きている「ビデオクラシー化」という大きな変化を、1本の動画が流行るか流行らないかだけで捉えてしまうのはもったいない。誰もが動画でコミュニケーションできる環境が生まれ、実際にそうするのが一般的な行為として定着することが、いかに画期的なことなのか。それを改めて考えてみる必要があるだろう。

20世紀の半ばに活躍した、マーシャル・マクルーハンという学者がいる。彼はカナダ出身の英文学者だったのだが、メディア研究に没頭し、現在ではその第一人者と捉えられている。

マクルーハンは、人間が技術をつくるだけでなく、技術も人間をつくると考えた。つまり何らかの技術を使っているうちに、人間自身もそれに合わせて思考や行動のパターンを変えるというのである。これは突飛な発想というわけではなく、たとえば古代ギリシアの哲学者ソクラテスも、「書き言葉」という技術によって人間の記憶力が破壊されると訴えている。

マクルーハンも、文字や印刷機といったメディアの登場によって、人間の思考に一定の変化が生まれたと考えている。会話など音声によるコミュニケーションであれば、さまざまなメッセージが同時に発せられても問題ない。しかしテキストの場合、複数の文章を同時に読むというわけにはいかない。したがって、そこにはおのずと一定の方向性と意識の占有が生まれ(いま皆さんもこの文章だけを、初めから終わりに向かって読んでいるはずだ)、人々は直線的で論理的な思考をするようになり、究極的には文明の発展も促されたのだとマクルーハンは説いている。

彼の理論がどこまで現実に当てはまるかは別にして、程度の差はあれ、メディアの変化が人々の思考や行動まで変えてしまうということは実際に起きている。たとえば携帯電話の登場以前、私たちはきちんと場所と時間を決めてから待ち合わせしていた。しかしいまでは、あいまいな約束をしても、その後の通話やテキストのやり取りを通じて、目指す相手と問題なく落ち合うことができる。手元にあるのがスマートフォンであれば、事前にレストランやイベントの情報を詳しく調べておく必要もない。メディアの変化により、私たちはより柔軟に行動できる存在になったのである。

ではビデオクラシーの時代には、人間はどのような存在に変わっていくのか。その答えは人それぞれであり、本書にはケヴィン・アロッカ自身の意見が収められている。「バイラル動画のつくり方」という答えを得るだけでも良いのだが、ぜひ本書を通じて、私たちの近未来にも目を向けてみてほしい。

単なるウェブ動画で大げさな、と思われたかもしれない。しかし変化は着実に進行している。たとえば米国の若者の間で流行っている「スナップチャット」というメッセージアプリがある。これは米国版のLINEとも言える存在なのだが、面白いのは、起動するといきなり動画撮影モードになることだ。つまりコミュニケーションのデフォルトが、文字から動画に変わっているのである。もちろん画面をタップして、テキスト送信モードに変えることもできる。しかし「いきなり動画」でも多くのユーザーが受け入れるほど、若者の意識は変わろうとしているのだ。

また通信インフラも、この流れを後押ししている。現在の通信規格は4G(LTE)と呼ばれるものが主流だが、東京オリンピックが行われる2020年ごろから、次世代規格である5Gの整備が始まる。5Gはさまざまな面で4Gを上回る規格なのだが、通信速度は約100倍、通信容量は約1000倍になることが期待されている。つまりこれまで以上に、動画によるコミュニケーションが容易になるわけだ。

こうした変化が進んでいる中で、人々が動画によるコミュニケーションを重要なものと位置付けても不思議ではない。前述の通り、いまさまざまな調査で、ユーチューバーに憧れを持つ子供が増えているという結果が出ている。こうした状況に対して、一部の大人たちからは「嘆かわしい」といった否定的な意見が示されている。しかし従来よりも親近感が感じられるメディアで、他のセレブよりも親近感が感じられる相手に憧れを抱くというのは、ひとつもおかしな話ではない。私たちもかつて、テレビに映る歌手や芸人に同じ感情を抱いていたはずだ。そして私たちの親も、そんな風潮を嘆いていたことだろう。

前述のマーシャル・マクルーハンも、「新しいテクノロジーが古い社会に導入されると、その社会はそれ自身がもっていた古いテクノロジーを理想化する傾向がある」と指摘している。新しい現象やテクノクラシーを理解できないときに用意する言葉は、否定や過去の理想化ではなく、「なぜそう感じるのか」「これまでと何が変わったのか」という問いであるべきだ。

そして本書は、そうした私たち(本書の言葉を借りれば「YouTubeが登場する前に大人になった人々」)の問いに答えを用意してくれている。ビデオクラシー時代の全体像を理解する一冊として、本書が役立てられることを願っている。

小林 啓倫

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