進化の方向性を支配してきた「移動運動」というテーマ──『脚・ひれ・翼はなぜ進化したのか: 生き物の「動き」と「形」の40億年』

冬木 糸一2019年03月05日 印刷向け表示
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脚・ひれ・翼はなぜ進化したのか: 生き物の「動き」と「形」の40億年
作者:マット ウィルキンソン 翻訳:神奈川 夏子
出版社:草思社
発売日:2019-02-18
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 今年読んだノンフィクションの中で最高の一冊だ。人間は、鳥は、魚は、なぜ今のような形をしているのか? 偶発的な進化の賜物であって、非機能的で意味をなさない機能の集積が大多数を占めているのか? スティーヴン・ジェイ・グールドは、仮に進化の過程を再現したならば、今とは異なる生物界が現れるだろうと断言したが、本当にそうなのか? 今の生物世界は、進化の偶然性に支配された一回限りのものなのか? 否、そうではない! 物理学と運動器官の繋がりから生物を捉え直すことによって、そこには歴史的な流れと明確な帰結が存在しているのだ。


生物とはつまるところ身体という物質だ。そして動き回っているときには、ニュートンの万有引力の法則、てこの原理や流体挙動の法則といった諸々の規則の支配下におかれている。効率的で効果的な動きが重要であるとすれば、これらの法則や規則は当然、運動器官を備えた生物の形質や行動に大きな制限を与える。

というわけで本書『脚・ひれ・翼はなぜ進化したのか: 生き物の「動き」と「形」の40億年』は邦題に入っている脚・ひれ・翼だけではなく、そもそも今のような生物の「かたち」はどのような物理法則の結果収束していったものなのか? を40億年のスケールで解き明かしていく、「移動運動」を中心とした生物史である(原題『RESTLESS CREATUERES』)。『そう、生き物の世界には、とてつもなく多様でありながら、絶対ゆるがせにできないテーマが「1つだけある」のだ。進化が始まって以来、進化の実現性を支配してきたテーマ。それは「移動運動」である。』

物理学と移動運動が生物の身体に大きな影響を及ぼすわかりやすい一例は翼のある生物だろう。ある翼を持つ生物が飛ぶとき、大雑把に説明すれば、体重が揚力と釣り合っていなければならず、揚力の大きさは翼面積と対気速度に左右されることが航空力学理論から導き出される。そのため、すでに絶滅して存在しない、アンハンネグラ(白亜紀前期に生息した翼竜)が、翼開長が5メートルもあるのに体重が10kgしかないその身体で、かつてどのように飛んでいたか推測できるのだ。『この経験はわたしにとっての啓示となった。これ以降、世界に対する考え方ががらりと変わってしまったのだ。なぜなら、運動器官の観点からものを考えるようになっていたおかげで、適応を形成する力は何も飛行運動だけに限った話ではないことに気づいたからだ。』

なぜ生物の形態は多様なのか?

なるほど、物理は生物の移動やらそもそも生存条件を規定するから、生物の身体や移動運動に対する一定の法則が導き出せるのはその通りだろう。しかし物理法則は水中や空中を除けば同様に働いており、そうであるならば、なぜ同じ外敵環境の中で生き抜こうとしているはずの生物はみな同じ形態に進化しなかったのだろうか。空を飛ぶのが理にかなっているのであれば、なぜ人間は空を飛べないのか。逆に、直立二足歩行を他のほとんどの生物は使っていないのか。

その一つの理由は、単純に住む場所の物理環境が違うから(海の中にいる生物は空を飛べないし二足歩行をする意味もない)だ。もう一つの理由は直感的にわかりづらいだけに丸っと一冊本書の主題となっている、「生き物の過去が現在の姿に影響を与えているから」という理由だ。同じ外的環境下で活動する2種類の生物が同じ物理的困難に直面したとしても、適応方法がまったく異なるケースがあり、その祖先の適応方法の違いにより、連綿と形態を受け継いで・発展させていったのちの生物たちにも違いとなって現れているのだ。たとえば、飛ぶ時に鳥は羽毛を使い、コウモリは長い指の間に生えている薄い膜を使って飛び、翼竜は1本の指にくっついて広がる膜でコウモリともまた少し違う。ただ「飛ぶ」と一言でいっても、そこには無数の選択肢が広がっている。

本書の構成について

本書の構成としては、そうした「無数の選択肢」がどのように生まれ、継承されてきたのかを「移動運動」を中心として解き明かしていく。たとえば、人間はいかなる経緯で二足歩行への転換を果たしたのかといった歴史をたどり、鳥はどのようにして飛ぶのか、水生動物はなぜ、どのように陸地に乗り出し、なぜ動物の多くは左右対称で、脳と筋肉が生まれ、最終的に「移動」はどのようにして生まれたのか? という移動運動誕生の瞬間にさかのぼってみせる。一つ一つのトピックが興味深いのはもちろん、生物学・物理学だけではなく「運動」についてのかなり専門的な化学領域にまで踏み込んでおり、一般向け科学ノンフィクションではよくある、「わかりやすく簡略化された結果、根本的な原理がわからない」ことがないように書かれている。

何より素晴らしいのは、ケンブリッジ大学の生物学者である著者マット・ウィルキンソンの(ヒクぐらいの)凄まじい熱量ある文章だ。ボルテージがどんどん上がっていき、疑問を提起したとおもったらその前提となる説明をはじめ、さらにそれに関連した動物の話をはじめ──と何かのマニアの語りがよくそうであるように、議論が四方八方に飛んでいくのが玉に瑕だが、その中心思想はシンプルで力強く、どれほどふらふらと話題が彷徨ってもきちんと「移動運動」という主軸へと回帰し、どこまでもこちらの注意を惹きつけてやまない。

人々の注目が、生命の生化学の中核をなすDNA、RNA、タンパク質、細胞膜、そしてこれらの要素が具現化している代謝と生殖プロセスの出現に集まるのは正しいことだ。しかし、それだけで止まってしまう生物圏は、生物圏の名に値しない。移動運動が生物圏に登場して初めて、生命体の世界は十分に発達し、たんなる生化学以上の何かになるのだ。自己推進力が進化してこなかったら、生命は、数個の散在した、短命の、ひどく複雑な化学物質の破片でしかなかっただろう。死の惑星の海底にあるちっぽけな存在で終わったに違いないのだ。

おわりに

さて、全体雑感と構成の話も終わったしそろそろ個別のおもしろい記述の紹介に……と思ったがもうけっこうな文字数使ってしまったので、最後に少し紹介して終わりとしよう。たとえば、「なぜ植物は移動しないのか?」を語る8章「移動しない生物が進化した理由」(『問いへの答えがついに見つかった。植物がここまでかたくなに移動運動を拒んだ理由は、植物が高く成長して陸生になるよりもずっと前に、自然選択によって細胞の周囲に壁ができたからなのだ。』)。

原核生物はどのようにして移動をはじめたのかや、「移動」がもたらした大いなる意義を語る第9章「最初の移動運動はどう始まったか」(『最後に、そしてこれは何よりも大切な点だが、生物が長く生きられるようになったのはひとえに移動運動のおかげである。運動性生物は絶滅という事態から逃げることができる。』)、機能的な面ではなく動くことと心に焦点を当てた第10章「動物はなぜ動きたいと思うのか」(『ある生物の逸脱がその子孫に与える影響を見たときにわかるのは、わたしたちの身体と心は解剖学的・心理学的形式で書かれた、祖先の性質についての味気ない記録などではない、ということだ』)──特にこの最終3章は、とことんエモーショナルで感動的なので、この記事でちょっとでも興味を持ってくれた人は、ぜひよんでもらいたい!

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