柔らかな白い部分に触れる 『イベントの教科書』

吉村 博光2019年03月08日 印刷向け表示
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誰も教えてくれないイベントの教科書
作者:テリー植田
出版社:本の雑誌社
発売日:2019-02-14
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モノ消費よりコト消費。呪文のように、そう言われた時期があった。その切札が「イベント」だった。並べているだけではモノが売れなくなり、イベントなどの体験を売ることでお得意さんやコミュニティを作ることの重要性を説く主張である。

当時、私もそれに大いに共鳴し、50件以上のイベントを企画してきた。ただ、私自身そうだが全体的な勢いは、弱くなってきた印象がある。その真っ只中で汗を流してきた私には、その理由がハッキリとわかる。

イベントの準備には手間がかかる。単体でのコストパフォーマンスは決して高くない。私は幸運なほうだったのだが、満員札止めの大盛況イベントを実施しても会社に戻って褒められる人は少ないのだ。それが、イベント企画の仕事の現状なのである。

これまでのモノサシが使われている限り、イベントの仕事は傍流であり続ける。コト消費という新しい旗を掲げる人がどんなに多くても、それが傍流である限り、後に続く人は途絶え、その理想は絵に描いた餅で終わるだろう。

今、多くの人が、この旗の行方を注視している。そこに登場したのが本書だ。この本には、イベントを成功に導く50の法則と14の実例が紹介されている。著者のテリー植田氏は、自ら1300本を超えるイベントを企画・運営してきた筋金入りのプロデューサーだ。

著者は突如として現れたスターではない。1300本というキャリアでもわかるとおり、叩き上げのヒーローである。集客に失敗してお客様とマンツーマンでトークしたり、壇上の大物ゲストとのカラみで絶句したこともあったという。

つまりこの本は「スター著者にしかできない、凄いノウハウ集」ではないのだ。そして、ここにこそ本書の価値がある。痛い目にあって知りえたことを、読み手を意識して分かりやすく紹介している。例えば、こんな記述を紹介したい。

私の場合、司会術はテレビ番組から学びました。テレビで流れるさまざまな番組の司会者に注目したのです。(中略)テレビ番組を見て、“この司会者はいいな”と思う人の番組を片っ端から録画して見ました。  ~本書「司会は独学できる」より

入学式や卒業式、忘年会や歓送迎会、家族旅行など、考えてみれば私たちの日常は多くのイベントで彩られている。踊る阿呆と観る阿呆、同じ阿呆なら・・・。ではないが、もっとイベントに前向きになれれば、人生はさらに楽しくなるに違いない。

もちろん、本書がテーマにしている催事は、学校や会社の行事とは大きく異なる。後者はルーティンを実行するだけだし、集客のプレッシャーもない。ただ、いずれにしてもイベントを経験してきているのは強みだと、著者は読者の背中を押す。

その経験と50の成功法則があれば、イベントの実践者として自分の後に続くことができると読者にチカラを与えてくれる。「なかなか勇気が出ない」と逡巡している方には、人生の福音となる本である。著者はいう。

私の肩書きはイベントプロデューサーです。しかしながら、実はイベントをプロデュースすること自体は、それほど大事なこととは思っていません。本当の目的はイベントを通してコミュニケーションを深め、人間関係をつくっていくことです。その人間関係が人生を豊かにしていく根本だと考えています。  ~本書「おわりに」より

コト消費の流れが、このまま萎んでしまうのは惜しい。そこには、著者が指摘するような価値があるからである。私も著者のイベントに参加したことがある。そこにあったのは、日常の延長線上にありながら普段は触れることができない、柔らかな核だった。

ある製品のファンの方に、中の人しか知りえない情報を伝える。それは、一方的な価値の喧伝とは違って、梅干しの仁(種の中の白くて柔らかい部分)に触れる感覚だ。こういうコミュニケーションが人肌の喜びを参加者の心に充溢させるんだろうナ、と腹落ちするものがあった。

興味がある方は、ぜひ東京カルチャーカルチャーのHPにアクセスして、テリー植田の名前があるイベントに参加してみてほしい。従来のイベントとは違う“ゆるさ・居心地の良さ”を感じることができるだろう。少し前には、破壊力抜群のこんなイベントも開催された。

明幸堂『核兵器』出版記念イベント
『核兵器の物理学』
http://tokyocultureculture.com/event/general/26135

もし直ちに、古い価値観が音を立てて崩れれば、イベントはやりやすくなるのかもしれない。しかし実際には、しばらくはイベントの仕事は「有意義だが評価されないもの」であり続けるだろう。そこに飛び込むには、覚悟が必要だ。

いつ終わるともしれないその時期を耐えるには、イベントの成功の確率をあげなければいけない。著者の豊富なキャリアの上に築かれたノウハウを読むことは、間違いなく有益である。では、どんな思いでイベントを企画すれば良いのだろう。そのヒントが14の実例集にある。

「スナック玉ちゃん」「超水族館ナイト」「妄想歌舞伎」「文具祭り!」・・・この楽しげなネーミングは、いったい何だ。実例集から読み取れるのは、それ自体を楽しもうとする「イベント魂」とでもいうべき精神性である。

自ら楽しんでいるからこそ、お客様が「そこでしか触れられないもの」が何なのかをわかるのではないか。そしてそれを提供することで、その対価としてお客様の笑顔を受け取ることができるのである。本書から、著者の言葉を引用する。

会場の出口で「おもしろかったです」と、握手を求められる瞬間が最大のほめ言葉だと思っています。 ~本書「イベントの成否は「集客数」ではなく「参加者の満足度」で決まる」より

私も、いつも楽しみながら、レビューを書いている。イベントが一回限りであるように、レビューも書き始めたら流れが大切。頭の中からライブで選びとる感覚だ。やはり、コミュニケーションなのだと思う。本書の柔らかな部分を、私は届けられただろうか。

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