『人生で大切なことは泥酔に学んだ』悲しいかな、酒を呑んでしくじったところで人生は終わらない

栗下 直也2019年07月03日 印刷向け表示
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人生で大切なことは泥酔に学んだ
作者:栗下直也
出版社:左右社
発売日:2019-07-01
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タイトルにつられてクリックしたあなたは、きっと経験があるはずだ。気持ち悪くて起きられない。前の晩に二軒目、三軒目に行かなければ、いや、最後の一杯が余計だったか。そんなことを今更、寝床で悔いても問題は解決しない。

会社員は何もしなくても、会社にいることが重要と人生の諸先輩方が教えてくれたように、雨が降ろうが雪が降ろうが、はたまた槍が降ろうが会社を目指さなければならない。果たして、匍匐前進のように腹ばいでトイレにようやくたどりついた人間が、どのようにして会社に行けるのかはいつも謎なのだが。

そういうときは絶望的な気分になる。ああ、もうダメだ、今日は行けないかも、人間として終わっている。ところが、人間は自分の経験では学習しない。決死の覚悟で会社に出向き、脂汗をかきながら耐えていると昼過ぎにはあれよあれよと体調が急回復を示し、夕刻になると赤提灯に誘われ、24時間後には便器とまた向き合っているのだ。呑まないと誓ったのに、呑みに行っちゃう。酒呑みのジレンマである。というか、単なるアル中一歩手前というべきか。

本書は偉人の泥酔ぶりから、処世術を学ぼうというコンセプトだ。作家の酒を呑んだエッセーや醜態をまとめた本はこれまでも腐るほどあったが、サラリーマンが生きている上で参考になりそうなエピソードは意外なほど少ない。

そこで、作家のみならず、歴史上の偉人やスポーツ選手、政治家などの泥酔ぶりに、現代的視点でつっこみながら教訓を導こうと試みた。通勤や出世、飲み会での振る舞い、リスク管理、健康など社会人に身近なテーマをそろえたつもりだ。このような観点での泥酔エッセーは本邦初ではないだろうかといったら自画自賛しすぎだろうか。もしかしたら需要がなかっただけかもしれないが。

作家の太宰治は居酒屋の呑み代と宿代を払えず友人を置き去りにし、政治家の黒田清隆はDV疑惑どころか妻を斬り殺した疑惑をかけられ、俳優の三船敏郎は夜な夜な家族の困惑を無視して日本刀で素振りを続けた。「批評の神様」と称された評論家の小林秀雄は一升瓶を抱えながら水道橋駅のホームから落下し、「金田一耕助」シリーズで知られる横溝正史は、酒を呑まないと乗り物に乗れなかった。「あぶさん」のモデルになった野球選手の永渕洋三は試合中に気持ちが悪いから外野の守備位置で吐いてしまった。そして、歴史を遡れば、鎌倉幕府を開いた源頼朝は部下に酒をガバガバ呑ませ、「無礼講だ!」といっておきながら、本音をせせこましく聞き出した。

いずれも酔っていたとはいえあんまりだが、それでも教科書に載ったり、業界ではレジェンド扱いされたりしているのだ。

日本は失敗が許されない社会といわれてきた。一度、レールを踏み外すと、再浮上が難しい。組織の論理も加点よりは減点に重きを置く。

朝、ふらふらになって会社に現れるのが月に一度程度ならまだしも、毎朝のように職場のトイレに籠城していたら、「あさま山荘」とか変なあだ名をつけられ、ヤバイ奴のレッテルを貼られる。もちろん、酒の席で無礼講だ!といわれたからと上司を上司と思わぬ言動をくりかえしたり、後輩に殴りかかったりしたら一発でアウトだ。

だが、悲しいかな、酒を呑んでしくじったところで人生は終わらない。いや、むしろしくじったところでどう振る舞うか、酒癖がやばいのにどう生きていくかの方が実は重要だったりする。しかし、レールを外れた人は教訓を語る立場にないし、泥酔しながらも成功した人は多くを語ろうとしない。

本書で取り上げた偉人たちはしくじりながらも、それなりに成功を収めた。生きていた時代が違うと一刀両断されそうだが、彼らは彼らで当時は壮絶に叩かれたり、バカにされたりしている。プライバシーなど皆無な時代なのだから想像に難くない。それでも前を向いて生きたのだ。

酒を呑むなといいたいわけではない。もちろん、偉人にならって、泥酔のリスクなど気にせずに呑めと推奨しているわけでもない。人は欠点があろうが、少しばかり失敗しようがやり直せることを偉人たちは泥酔の現場から教えてくれる。本人の前向きな姿勢と周囲の少しばかりの寛容な目があればだが。お酒という題材を扱ったことには賛否があるかもしれないが、本書の本質はそこにある。昨日、メディアの取材を受けて「これは単なる酔っ払いのグデグデの話では無い広がりがある」みたいなことをいわれ、私自身もそんな気がしてきたのでそういうことにしておく。本当のところは、酒を呑んで失敗ばかりの自己弁護のために調べ始めたのが書籍化の原点なのだが。

ともあれ、酒を呑んで泥酔しても胸を張れとはいわないが、くよくよ悩んでも仕方がないではないか。後ろばかり振り向かず、明日を元気よく生きる処方箋に本書はなるはずだ。

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