『得する、徳』は令和の「論語と算盤」だ! ということにしておきたい

仲野 徹2020年01月27日 印刷向け表示
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得する、徳。
作者:栗下 直也
出版社:CCCメディアハウス
発売日:2019-12-21
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この本が送られてきた時、腰が抜けるほど驚いた。あの栗下直也が徳を説くというのだ。すでにレビューを書いているアーヤ藍ならずとも、栗下を知っている人なら全員が驚愕反応を示すはずだ。もちろん、日本中で栗下を知っている人はそう多くないだろうが、知らない人も同じくらい驚いていただきたい。

なにしろ、栗下といえば酒である。それしかない。HONZで飲み会があると、その前に0次会とか称して飲み始め、登場した時には、すでに常人にとっての酩酊状態にある。その栗下が『徳』の本である。それもタイトルは『得する、徳』。なめとんのか。

申し訳ない、渋沢栄一殿。不覚にも、この本のタイトルを見た瞬間に貴殿の『論語と算盤』を思い浮かべてしまいましたでござる。『論語と算盤』、タイトルからわかるように、道徳と利益を両立させることが重要だと説いた名著、いまや様々なバージョンもある大ベストセラーだ。渋沢翁がこういうことをお書きになられたのは納得できる。なにしろ、大実業家にして慈善家、それに、遠からず一万円札の顔や大河ドラマの主人公になる人だ。

ひるがえって栗下である。経済記者をやっているという噂を聞いたことがあるし、本も出しているが、本質的には単なるヨッパライである。しかし、物は考えようだ。酒癖がウルトラ悪くても、感動を与える人はたっくさんいる。たとえば中原中也や梶井基次郎。

そういえば栗下は、なにひとつ学んでもいないくせに『人生で大切なことは泥酔に学んだ』とかいう本を書いて、そういった人をたくさん紹介している。あの本、ひょっとしたら、この本の大いなる序章、自分のような酔っ払いからも学ぶことができるということを主張するための本だったのかもしれない。泥酔学び本を紹介する左右社のHPをご覧いただきたい。栗下、あきらかにbeforeですでに酔っ払っているように見える。afterについては何もいうまい。いつものことだ。

気をとりなおして続けよう。さすがに後ろめたいのか、『得する、徳』の冒頭、うんと偉い人からは学びにくい、という言い訳めいたことが書いてある。確かにそうだ。日本資本主義の父・渋沢栄一に説かれても、それはうんと偉い人だからそういうことができたのであって、自分ごときには無理でござんすざんすタンスにゴンとかになる人がたくさん出るに違いない。

しかし、栗下である。月とスッポン、釣鐘と提灯、渋沢と栗下とまで言われる(今、思いついたところですが)栗下である。栗下にでもできるんだから自分にもできるはず、いや、できないはずがない、と思わせる何かがある。それが狙いか。偉いやないか、栗下!ということで、前置きが長くなりましたが、順を追ってこの本を紹介していきまする。

第一章『信用社会の到来』はサブタイトルにあるように『テイクを考えるな。ギブ、ギブ、ギブ!』といった内容がこれでもかというくらい、実例をあげながら強調されていく。ある意味、この本の真髄だ。しかし、渋沢の対極にある栗下である。無理なことは言わない。

① 何もかもは引き受けてはいけない
② 犠牲を払っていると思うなら断れ
③ 無理に「いい人」を目指すな
④ 行為ではなく関係性を強調しろ
⑤ 利己的すぎるヤツは必ず存在する、距離を置け

なるほど、これくらいならできそうな気がするではないか。

つぎの第二章『偉人の「徳」に学ぶ 徳、徳、徳!会社と社会に寄与せよ』では古今四名の偉人の徳と得についてだ。まずはご存じ二宮尊徳。と書いたものの、子ども時代に薪を背たろうて本を読んでいたこと以外はほとんど知らなんだ。思想家にして実践家で、仕事を通じた心の喜びを大事にすることが人生を豊かに楽しくするのであって、金銭的な報酬は必要ない、という考えの持ち主であったそうな。

二人目の淀屋常安は、紹介される四人のうちでぶっちぎりの無名だろう。しかし私はよく知っている。と言っても知り合いではない。大学時代、当時は常安町という町名だった阪大医学部まで京阪淀屋橋駅から歩いていたからだ。いずれの名前も由来は淀屋常安、その碑は今も淀屋橋のたもとにたっている。

淀屋常安は必ずしも「ギブ、ギブ、ギブ!系」ではなく「損して得取る」ような典型的商人であった。それなりの徳は備えていて、秀吉と家康から恩寵を賜り、現在の貨幣価値として100兆円ともいわれる巨万の富を築き上げる。しかし、五代目にもなると徳を忘れ、「町人の分限を超え、贅沢な生活が目に余る」と闕所(けっしょ)処分をうけて完全に逼塞してしまう。やはり徳が必要なのだ。

つぎは真打ち、渋沢栄一。よっ、待ってました!この人が出てこないことにはお話にならない。そして四人目は「メザシの土光さん」。東芝の社長・会長、経団連会長を務めた土光敏夫である。暖房施設がない三部屋だけの平屋に暮らし、煮干しが好物で一汁一菜、夫婦の一ヶ月の生活費が三万円。そして収入のほとんどは、女子教育のため、土光の母が創立した橘学苑に寄附した。え、偉すぎる。

と、感動したところで第三章『会社は誰のモノなのか カネを出したら、俺のモノ、でもない』へ。ここでは、会社のような利益追求する場に身を委ねていて、徳に生きることができるかどうか、が論じられている。答えはもちろんイエスである。

この章の一部、株主が会社に対してある種の支配権を持つ「株式社員権説」の説明は、読み飛ばしてもいい、と書いてあるとおり、やたらと難しい。おぉ、栗下はこんなことを知っているのか、と思って経歴を見ると「横浜国立大学大学院国際社会科学研究科経営学専攻修了」というお経のように長い漢字の列が目にはいった。栗下、単なるヨッパライではない。大学院まで出たヨッパライである、と訂正させていただきたい。

『なんのために働くのか 自分はどう生きたいのか。我々はどう生きるのか。』と、締めの第四章では、生き方を教えていただける。

我々はどういう世界に住みたいか。
そのために「どう生きるか」。

確かにそうだ。他人事ではない。ともすれば忘れがちだが、自分たちが住む世界は自分たちで作り上げていかねばならないのである。

身近な人の行動が周りの人を変える。
だから、とりあえず動くしかない。

あまりの感動に、涙で紙面がにじんで見えてくる。そして結論。

徳なき時代だからこそ、
 少し動くだけであなたの徳が輝く。

徳に動くのは、なにも他人のためだけではない。功利的に考えても正解なのだ。

ちょっとお堅い紹介になってしまったが、全編、大学院を出たヨッパライ・栗下らしいおもろい話が連続で、爆笑しながら読める本であることを保証しよう。そして、この本を「令和の『論語と算盤』」に認定しよう。ちょっと無理があるような気がするが、こうやって栗下の本を褒め称えるのは私の徳がなせる技なのだ。ちゃうか…

 

人生で大切なことは泥酔に学んだ
作者:栗下直也
出版社:左右社
発売日:2019-07-01
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誰が何を泥酔に学んだのかようわからんが、なんせおもろい。HONZレビューはこちら。栗下の自著自賛はこちら
 

論語と算盤 (角川ソフィア文庫)
作者:渋沢 栄一
出版社:KADOKAWA
発売日:2008-10-24
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本家、『論語と算盤』はいろんなバージョンが出てます。まずは原著。
 

現代語訳 論語と算盤 (ちくま新書)
作者:渋沢 栄一 翻訳:守屋 淳
出版社:筑摩書房
発売日:2010-02-08
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 お次は現代語訳。もともとほとんど現代語やけど。
 

漫画版 論語と算盤
作者:近藤 たかし
出版社:講談社
発売日:2019-09-26
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 そしてマンガ。
 

こども 論語と算盤 お金と生き方の大切なことがわかる!
作者:守屋淳
出版社:祥伝社
発売日:2018-08-01
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 さらには子ども向けまで。

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