『評伝 石牟礼道子 渚に立つひと』 文庫解説 by 池澤 夏樹

新潮文庫2020年01月29日 印刷向け表示
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評伝 石牟礼道子 :渚に立つひと (新潮文庫 よ)
作者:米本 浩二
出版社:新潮社
発売日:2020-01-27
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 伝記は文芸の分野の一つである。

一人の人物の生涯と事績を書くものだから、対象はそれに値する人でなくてはならない。

リットン・ストレイチーというイギリスの文人に『ヴィクトリア朝のエミネントな人々』という列伝の名著がある。取り上げられているのはマニング枢機卿、フローレンス・ナイチンゲール、教育家のトーマス・アーノルド、ゴードン将軍。

ここでぼくはエミネント(eminent 「高名な、卓越した、抜きん出た」)と原語で書いたが、邦訳では『ヴィクトリア朝偉人伝』とされる。そう、偉人なのだ。この四人について詳細に語る余裕はないから一人に絞るとしよう。ゴードン将軍はイギリスの植民地を守るのに功績のあった軍人で、中国で太平天国の乱の平定に力を尽くし、その後アフリカに転じてスーダンのマフディーの乱で戦死した。あくまでもヴィクトリア朝的な基準による偉人。

ここではストレイチーの例を挙げたが、イギリス人は格別に伝記が好きで、町の小さな図書館でもF(フィクション 小説)と並んでB(バイオグラフィー 伝記)という別扱いのコーナーがある。

一般に政治家の伝記は顕彰に傾きやすい。本人は自慢を撒き散らすし、近くにいた者はこれまた私的な理由から賛辞を連ねる。だから客観的な評価がむずかしくなる。軍人の場合は戦果が前に出るが、大事なのはその時々の判断である。だから半藤一利の『山本五十六』は真珠湾の勝利以上に彼の戦争回避の努力を書いている。『ノモンハンの夏』では筆の及ぶかぎり辻政信を難じた。

では文学者は偉人か?

敢えてそう問うのは、文学者というのは死後に伝記が書かれることが多い種族であるからだ。傑作の山を前に読者は、いかにしてこれほどの作品が書かれ得たかと問うだろうし、その答えはたぶんその作家の内面と外面の両方にあるだろう。生涯そのものが作品であると言うべき文学者もいる。トルストイの最期などまことにドラマティックだ。

文学者の伝記を書くにあたっての利点は本人の作品という一級資料があることだ。ことのついでにイギリス文学の場合を見ると、彼らはいわゆる自然主義私小説の類を書かない。書くものはみな純然たる創作であり物語である。それでも個人としての生きかたは必ず作品に現れる。だからまず書いたものを精読し、次に周囲にいた友人・知人の証言や残された書簡なども素材として加えて公正な伝記を書くことが可能になる。結果ぼくたちはジェイムズ・ジョイスはもちろん、グレアム・グリーンやロレンス・ダレル、ブルース・チャトウィンなどの伝記を読むことができる。著名な作家が亡くなると親しかった文学者の一人が伝記作者に選定され(チャトウィンの場合はニコラス・シェイクスピアだった)、関係のあったみなが協力する。それぞれ手元に残った手紙を提供し、インタビューに応じて思い出を語る。時には生前から準備が始まることもあり、それだと本人の回顧談も材料にできる。

米本浩二によるこの『評伝 石牟礼道子 渚に立つひと』はイギリス的な基準においてまこと正統な伝記である。

わざわざ大げさにイギリスのことを持ち出したのは、この評伝を読んだぼくが少し当惑しているからだ。米本は何百回となく本人にインタビューを重ね、周囲の人々の話を聞き、もちろん著作のすべてを丁寧に読んで脳裏に収めた上で、この一冊をまとめた。その誠意と努力には頭が下がる。彼は誰よりもこの仕事にふさわしい人であった。

それでも石牟礼道子はこの本からはみ出しているという印象が拭えないのだ。ちょうど狂った祖母おもかさまについて、「じぶんの体があんまり小さくて、ばばしゃんぜんぶの気持ちが、冷たい雪の外がわにはみ出すのが申しわけない気がしました」というのと同じ。

これは石牟礼道子の書いたものを読むみんなが体験することである。読んでも読んでも読み尽くせない。すべての行を辿ったつもりでもいつも何か大事なものを読み落としているという思いが残る。

ぼくは何度か石牟礼道子論を書いているが、そのたびに前に書いたものがいかに不充分であったかを思い知らされた。いつも渡辺京二の論に教えられて不明を恥じることになった。最初は『苦海浄土』が社会悪を告発する聞き書きのノンフィクションだという世間の誤解を正すつもりで書いたものの、踏み込みが足りなかった。『椿の海の記』を読んでみっちんの幼年期が幸福なものだと誤解した。あの本には同じ歳の友だちが一人も出てこない。そこから始まる彼女の思春期の孤独地獄に思い至らなかった。

ノンフィクション云々については、作者自身が大宅壮一賞の受賞を断るということがあった。このふるまいを説明するために渡辺京二は「これは石牟礼道子の私小説である」と言った(講談社文庫版『苦海浄土』解説)。ノンフィクションから最も遠い定義を持ち出したのだ。

なるほどと思う一方で、そこまで言い切れるかという思いもぼくにはあった。最近になってこういう文章に出会った——

水俣病の実態は日本社会を揺さぶった。経済成長の背後に隠蔽された事実の報告、記録には告発の意味があり、社会的効用がある。しかしながら、文学がその無償性、純粋性を追求するなら、まさしくその効用性から自らを切り離さねばならず、石牟礼道子は記録作家ではなく、一個の幻想的詩人であると言わなければならない。(佐藤泉 「記録・フィクション・文学性」 「思想」2019年11月号)

そうなのだろう。この評伝に「渚に立つひと」というサブタイトルがついているとおり、石牟礼道子は二つのフィールドの境界線上に立つことが多かった。それも自然と文明、近代と中世・古代、さらに文学と政治など複数の境界線の上。彼女の文学は多くの層の重なりの上に成立している。そこで自然と文明では前者を選び、近代とそれ以前では後者を選んだ。しかし文学と政治については両方を引き受けざるを得なかった。サークル村への参加や高群逸枝への傾倒などが彼女に政治と文学を繋ぐ術を教えたのだろう。

その先に水俣病が来る。

この巨大な悪に対して石牟礼道子は総力を挙げて戦った。リソースは彼女の行動力であり、人間的魅力であり、文学者としての奔放な想像力であった。

詩人としての造語力が力を発揮した。「死民」と書いたゼッケン、吹流しに書いた「怨」の文字、たくさんのアジビラの文章。更には見たもの聞いたこと動いた軌跡、を文学者として書いた記録としての『苦海浄土』という希有の大作。20世紀後半のいわば大日本産業帝国を相手に地方の貧しい人間の力を結集して戦った日々の記録。

石牟礼道子は患者たちの惨状について報告するだけでなく、抗議行動に同行して見聞を綴るだけでなく、実は率先して運動を率いている。やむにやまれずジャンヌ・ダルクの役を引き受けている。

そこに至る経緯をこの伝記は明らかにする。

一つ例を挙げれば1959年。水俣市立病院で石牟礼道子はチッソの産業事故で容貌を失い、海に出て釣りばかりしているうちに釣った魚を食べて水俣病になった男に逢って、その姿に戦慄する。「可視化された極限的な凄惨」を見る。その男は十年の後に彼女に再会して、「みかけは、おとろしかばってん、気はやさしか男ぞ。いつでも来なはる、何でも語るばい」と言われた。このような患者たちの生きづらさに彼女は、この世にどうしても馴染めずに苦しい思いをした若い時の自分を重ねた。

そこから「もうひとつのこの世」という想念に至る。「私のゆきたいところはどこか。この世ではなく、あの世でもなく、まして前世でもなく、もうひとつの、この世である」SFで言うところの並行宇宙のような世界、この現実の横にある an alternate world。水俣病認定患者第一号のあの子が見た「うつくしかシャクラ」はその世界に咲いていた。

それをこの伝記の作者はこう表現する——

「もうひとつのこの世」とは、たゆまぬ希求の果てに訪れる天啓のようなものだ。意識的に招き寄せることができない、夢幻のごときもの。しゅり神山の狐おぎん、ぽんぽんしゃら殿、ゴリガンの虎といった者らのいわば夢の尻尾を道子は追いかけてきた。

伝記である以上は作品や行動の軌跡だけでなく、人柄も伝えなければならない。それはもっぱら本人との数年に及ぶ何百回ものインタビューから生まれた。石牟礼道子は米本浩二の問いにいつも素直に答えているが、しかしその内容はしばしば矛盾を含んでいる。記憶の細部の正確さを求めるべき相手ではない。話はゆらりゆらりとたゆたって、おぼろげに曖昧に、美しい。

ぼくもこの十年ほど年に二回くらいは熊本に行って石牟礼さんに会うことを繰り返した。何を問うでもなくただお喋りをして、時には手料理(まさに「食べごしらえ」)を頂く。洗面流しと炊飯器一つという極端に小さな厨房で見事なものを作って供される。着ているものは古い布を用いて自分で縫って作った、地味げな色と柄の組み合わせの、ゆったりと着心地のよさそうな、上品な服。絵を描かせればふくふくと温かい画面が手の先から生まれる。普段から話す声がよくて、歌うとなると情緒あふれて伸びやかに、まこと美しい。

できないことがないような女人であり、その詳細を米本浩二は、自分にこれを書く力があるかとしばしば臆しながら、静かな口調できちんと伝えている。

更には渡辺京二とのパートナーシップという不思議な仲のことがある。初めは作家と編集者の関係。それが水俣病について国家に抗する共闘者となり、やがて渡辺は石牟礼の執筆を支援するために原稿清書や煩瑣な事務手続きを引き受け、更には日々の食事の用意までするようになった。男の大業のために尽くした女はあまたあるが、その逆の例はまこと少ない。高群逸枝と橋本憲三というケースがすぐ近くにあったとしても、言葉を紡ぎ出す道子の近くにたまたま身を置くことになった京二のとことん支えようという決意と長年に亘るその実行は瞠目に値する。

しかも渡辺京二はその間に自身の文筆活動でも大きな成果を上げている。『逝し世の面影』、『黒船前夜』、『バテレンの世紀』の三作は近世日本の肖像を描くためには必読の書である。

と、ここまで書いたところで、賛辞を連ねるばかりの文体に自分でも居心地の悪い思いが湧く。これでは石牟礼道子は本当に「偉人」になってしまう。

かつてぼくは「石牟礼道子を『苦海浄土』の作者という身分から救い出さなければならない」と書いたが(『池澤夏樹=個人編集 日本文学全集 24』解説)、ここでは「偉人」から彼女を救い出さなければならない。

と考えて気づけば、そもそも彼女はそんなところには初めからいないのだ。ばばしゃんが幼いみっちんの体からはみ出したように、石牟礼道子はすべての石牟礼道子論からはみ出している。

それがわかっていたから米本浩二は最初の章が始まる前にあの「糸繰りうた」を掲げたのだ。本人がこの本から漂浪(され)き出すのを見越して──

 日は日に
 昏るるし
 雪ゃあ雪
 降ってくるし
 ほんにほんに まあ
 どこどこ
 漂浪きよりますとじゃろ

(2019年11月、作家)

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