「箱根本箱」へ、ブラHONZしてきました

2019年7月14日 印刷向け表示
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はーい、こんにちは。ブラHONZ、はじめます~。

メンバーが“ブラブラ”と本世界を巡りながら、知られざる本の歴史や成り立ちに迫る「ブラHONZ」。迫る前に泥酔してしまうかもしれませんが、誰もやらないので、深い意味も展望もなくスタートしちゃうことにしました。今回は、地形もバラエティに富む箱根へ。なんと本がたくさん詰まったホテルが箱根にできたというのです。

さて、それを聞いたのは、メンバーのフルハタミズホからでした。

その名も「ブックホテル箱根本箱」。取次会社の日販の保養所を改装し、「自遊人」が運営してオープンさせた、本の森に眠ることができ、温泉にも入れる宿泊施設です。2018年8月1日にオープン、私たちが出かけたのは11ヶ月が過ぎようという2019年夏はじめ。フルハタによれば「夕食のイタリアンが超絶美味い」とのことで、もうそうなると、天国と呼んでいいのではないでしょうか。

これは行ってみねばと思い立ち、誘ったのはHONZきっての“いきものがかり”、シオタハルカです。お互い友達を選ぶ性分のせいか「女子旅」(っていまだ使われてますかどうですか)とはほとんど縁がありませんが、これがそうなんでしょうか。麻木さんや東さんも誘ったのですが「先約あり」と秒殺で断られたという背景もあります。

ま、いいのですよ。気ままなふたりで、値段が高い週末を避け、比較的手頃な部屋をさっそく予約しました。

朝の10時発、箱根といえばのロマンスカー、車内集合ね。折り返しの車内清掃を待つ時間をも無駄にしないシオタは、6号車から走って先頭車輌を撮影しに行ってくれました…「撮っとくよ」と走り出すその背中……「なにを?」って聞けなかったなあ、画面を見せてくれてすぐにわかったんですけどね。ありがたい、っていうかさすが慣れていましたね、あれは。

ロマンスカーの先頭車輌 photo by Haruka Shiota。以下、写真はふたりのいずれかの撮影です

順調に10時発に乗り、到着は11時24分、箱根登山鉄道に乗り換え、終点の強羅へ、そこで乗り換えて箱根登山ケーブルカーに乗って中強羅で下車、そこから徒歩10分ほど、のはずでした。私たちには、道中、小涌谷にある岡田美術館を訪れるという野望もありました。そこには素敵なレストランもあるのだとか。

と、ワクワクしながら箱根湯本駅に定時到着、するも私たちをウェルカムしてくれたのは時期尚早な台風でした。倒木で運行を停止し、再開まで見込み数時間は無理そうだと断言された箱根登山鉄道こそ、私たちを運ぶ予定のそれだったわけです。

傘を裏返して悲鳴を上げる人々、途方に暮れるインバウンド観光客、箱根にはあるまじき長蛇のバスの列、そして、それを撮影しようとして、吹っ飛んだ傘を握ろうとするもあえなく落とし、レンズが閉じなくなった私のデジカメ。その悲しみとあまりにもな神様の仕打ちにめげた私たちは動きを止め、駅前の店でうどんをすすり始めました。

肉うどんときざみうどん

「台風に勝とうなんて百年早かったね」「無理することない」「こんな記事誰も読まないって」「あったまるね」(台風の強風で濡れ鼠となり、もはや寒かった)。

温かいうどんの心身にしみること。団体客がビバークしており、駅前の各飲食店は満席状態になっていました。「もう帰ろうか」「怪我したら大変」と計画変更の高齢の方の声も聞こえてきて……。

すっかり弱気になった私たちは、意外に早く再開しそうな登山鉄道をあきらめ、タクシーで岡田美術館へ寄り、そこからまたタクシーを呼んでついに「箱根本箱」へ。道中は、シオタが「知床ネイチャーボランティア」をしていたときの逸話を語ってくれました。20年前の自然センター関係者の話なので、そういうことで読んでくださいまし。

知床のルールではこうです。関係者が鹿の遺骸を見つけた場合、その見つけた人が片付けなくてはならない、なぜならヒグマがやってきてしまうから。他に片付けてくれる人がすぐにいるわけではなく、見つけた人イコール片付けるべき人となる――シオタのボランティア仲間がばっちり「それ」を見つけてしまい、鹿を死ぬ思いでいっしょに必死で運んだけど重かった。これは一番「重かった」話で、一番「面倒くさかった」のはアリの巣の撤去だそうな。

そういえば「ホテル地の涯て」って旅館に取材で1人で泊まったとき、車で向かう一本道で鹿を轢きそうになって急ブレーキしたよ、その後鹿とにらみ合いになったけど、エゾシカは大きくて迫力があるね。運ぶのも大変だったでしょう。

旅の会話って、なぜこうなるのでしょう。生きている鹿エピソードのカウンターをこちらも繰り出しているうちに、雨は徐々に柔らかくなっていきました。
ネイチャーボランティア、愉しそうですね!

さて、到着。

チェックインは15時から。16時過ぎに到着し、ホテルの扉の前に立つと――広がったのが、冒頭の写真、ラウンジの景色です。リゾートとアカデミックをテーマに宇宙、建築、料理……とジャンルごとに分類され、2階までぎっしりと本棚が並んでいます。一部の棚の中では座って読めるようにもなっており(「おこもり空間」と呼ばれているそうな)、先客がすでに、思い思いに本を開いています。

ラウンジを上からみると

その中でテーブルに座り、宿帳を記入。さわやかなアイスハーブティーとドーナツ。『ドーナツやさん、はじめました』という絵本に着想を得たのだとか。そこにやってきたのは、支配人の窪田美穂さんです。

元々は日版の「あしかり」という、1泊2食で6000円というお値段で泊まれた保養所だったそうな。卓球台とカラオケと温泉のある、こういった昭和な企業保養所の御多分にもれず、稼働率は下がる一方で30%にまで落ちたそうです。日販内にリノベーション担当の部門ができたものの、売却か、いっそペットホテルにでもするか、といった話にまで一時期はなっていたとか。
それが、どうしてこういうことになっちゃったわけですか?

お茶とドーナツ
 

窪田さんのお話や雑誌記事(『自遊人』2019年8月号)などで時系列で成り立ちを追っていきましょう。

このリノベーション部門の担当さん、わらをもつかむ思いだったのか研究熱心だったのか、とある人物の講演を聞きに行き、相談を持ちかけるのです。それが、窪田さん勤める『自遊人』の岩佐十良編集長でした。

雑誌としてご存知の方も多いのかもしれないのですが、「『伝える』をキーワードに多彩な活動を展開する、クリエイティブ・アソシエーション」と、会社概要にあるように、食品の販売・配送から宿泊施設の運営まで幅広く展開、すでに2014年には新潟県大沢山温泉に「里山十帖」という宿泊施設をオープンさせ、運営してきていました。つまり、その手腕を見込んでの相談だったのでしょう。

そこから出たアイディアはペットホテルよりブックホテル。だってせっかく日販のやることなのだから。そういうことでしょうか。最初の企画書が岩佐編集長から提出されたのが2016年1月、その年の秋に日販の経営会議に上がり、年末にはゴーサインが出たそうです。その後紆余曲折を経て、ついには雨降って地固まり、2017年の4月には日販のグループ会社「㈱ASHIKARI」が設立されます。

5月から解体工事も始まり……と壊してみたら問題続々で、予定の2018年5月のオープンどころか、温泉パイプが古く交換が必要だったり設備の多くにガタがきていたりで、さらに1億円かかることが判明! 1億円は痛いですね。

理想と予算の乖離問題。これは本作りにもなんにでもよくあるわけです。が、その山を乗り越え乗り越え、2018年1月からは旅館業に温泉利用に食品衛生許可にと申請書を出しまくり、工事をひたすら進め、選書を何度も繰り返し、順調な工事の遅れを何度も確認しつつ、7月5日には「8月にグランドオープン!」のニュースリリース発信! って。ええ、そこで出しちゃいますか。

こうして、構想から3年半、工事スタートから1年3カ月で「箱根本箱」は誕生しました。
つまり、経営を担うのが、日販の子会社、ASHIKARI、企画と運営は自遊人、選書は日販のリノベーション部門が担当するブックディレクションチーム「YOURS BOOK STORE」と分担されているわけです。ちなみに後者は、東京・六本木にできた「文喫」も手がけているそうな。

と、その前に。
本棚にどんな本を並べるか。この「選書」が気になるところです。

工事や申請作業が大変だったようで、本の配置は後回しだったそうです。選書作業が日常化している取次会社だからこそと思われますが、直前まであえて手を出さなかったのは余裕からでしょうか。学校から見えるところに住んでいる同級生がいちばん遅刻が多い、というあれでしょうか。いやいや、まさか。プロは時機を座して待つ、ということでしょう。

7月10日に建物の消防検査が済み、まずは洋書を搬入。これは時間がかかりますからね。

7月11日と12日についに書籍の搬入と棚詰め開始。15人体制の人海戦術だったとか。以前に大きな書店のオープン準備を見に行ったことがありますが、「棚をつくる」という至上命題に必死の形相で取り組む書店員さんたちには、下手な手出しはまったくもって御無用、差し入れをそっと置いておくことしかできませんでした。「箱根本箱」でも同じだったのでしょうか、家具や備品はその後に入ったとも聞きますし、テラスや玄関、大浴場で工事はまだまだ続いていたそうなので、まずは本を入れた、ということかもしれません。ちなみに、キッチンの天板が入り、ラウンジも整ったところで、10日後の7月20日と21日に、日販から応援がやってきて22名体制で一冊一冊並べた本を拭いたそうな。あ、冊数をお伝えし忘れましたけど、1万2千冊ですってよ。はっはっは。もう笑うしかないような。でも、この無駄のなさこそがプロなのでしょう。

ただ、これだけの冊数を置くには理由があります。
「駅前本屋の滞在時間は5分から10分、でもホテルなら20時間の出会いを提供できる。日販ならそれが出来る」(『自遊人』2019年8月号、33頁)
ということなのです。確かに、図書館と違い、すべてが新本でそこはやはり気持ちがよいものです。また、書店とも違い、買わずに部屋に持ち帰れるので、一晩だけ自分のものにすることもできます(手入をされている新本ですし、限られた人数だからでしょうか、汚れたり破れたりした本は見当たりませんでした)。なにより、気に行ったらその本を購入することができるのです。

さて、窪田さんは2011年に新卒で「自遊人」に入社し9年目。入社3か月後には有楽町の食品店舗の店長を任され、2年目には銀座三越での催事を仕切るなど接客の技を磨いたそうな。その後新潟、南魚沼の「里山十帖」に勤めた後、「箱根本箱」へ。立ち上がりからかかわり、現在は支配人として10人を率いているそうです。その窪田さんにもう少し聞いてみました。

――どんな本が読まれていますか?

窪田 棚に本を戻す際に見ていると、まんべんなくどの本も手にとってもらっているようです。あえていえば、動物コーナーや宇宙コーナー、建築系の方が興味を持っていただける場所なので、建築コーナーなどでしょうか。この宿の特徴は、購入していく方が多いことだと思います。10~15冊を買っていく方もいらっしゃいます。この宿を箱根に来る目的にされているようで、滞在が長いんです。

――売れた分は、同じものを補充されるんですか?

窪田 そうする場合もありますが、普段読まないだろう本を入れたいですし、普段読まない方にも手に取っていただきたいので、「花の本を集めよう」とまったく違うコンセプトで集めることもあります。たとえば、大浴場のそばに置いた美容・ビューティ系の本は、よく読まれているので拡充しました。

――同じ書名が複数ある、ということはありますか?

窪田 基本は1点1冊です。ただ、2、3冊あるという書名も。

――混み具合はいかがですか?

窪田 週末はだいぶ埋まっていますが、平日ならまだまだ大丈夫です。気軽におひとりでいらっしゃる方も多いです。

――部屋数はいくつあるのでしょうか?

窪田 18部屋です。壁の色や家具など、部屋ごとに内装が違います。部屋タイプは7タイプあり、1階と2階で大きく、そしてそれぞれでは家具のしつらえやスペースが違います。

――個人としては、魚沼から職場が箱根になった、ということですよね? お住まいは箱根ですか?

窪田 そうなんです。最初の家さがしが大変でした。やはりそこは箱根、定住できる普通のマンションがあまりないんです。

とのこと、さりげなく先を読んでテキパキと動いていかれる印象の方でした。

最後に1枚、おこもり空間で。
 

いよいよ宿を味わってまいりましょう。

7タイプのうち、私たちの部屋は1階の「テラスツイン」で、テラスに露天風呂がついており、オランダのデザイナー、コーリアンリ―のスクールチェアも。本にばかり目を向けていたので、全然注意を払っておりませんでしたが、ありました。

他に、マウンテンビュー、グリーンビューと、2階は景色のよい部屋となっているようです。もちろん各部屋の中にも本棚が。私たちの部屋では、カズオ・イシグロの『日の名残り』が目に飛び込んできました。メモ帳替りに原稿用紙があるのも粋です。

さて、それでは温泉へ。
1階の廊下の奥にも途中にも本棚と椅子があり、温泉大浴場のある地下へ降りると、お風呂の本コーナーが。ほかに、ミステリーの小部屋、演劇や映画の小部屋、「星の王子さま」の棚と、本の小空間が地下にも広がります。

それぞれ、レビューした本も並んでおり、大喜びでした。HONZと聞いて窪田さんが「サメの!」と反応してくれたサメの本。そして、いきもの人気が高いのでしょうか、カラスの先生の本もありました。

ふたりが意見を一致させた一冊はこちらです。翻訳もので、夢中になって本を読みふける世界各地の人々の写真集、『スティーヴ・マッカリ-の「読む時間」』。このカバーを見てください。御休み中の象の横で読む読む! これは重くて買えなかったのですが、写真のセンスが抜群で、後で購入したほどです。出会った空間ともちょうど相性がよかったのでしょう。

今回のブラHONZいち押しはこちら! 『スティーヴ・マッカリーの「読む時間」』

巻数ものの制覇にも尽力いたしました。不朽の名作ですが、自宅にはなかなかおけないので睡眠時間を削りました。スキー旅行のペンションに置いてあった『ゴルゴ13』をみんなで読みふけった記憶が脳裏をよぎります。

こちらは、二度と会えないかもしれない症候群となり、つい購入しました。

こんな風に数学本コーナーも。

さまざまな分野の著名人による「あの人の本箱」のコーナーも。たとえば、料理研究家の土井善晴さんのコーナーはレストランの一角にありました。

中谷美紀さんや山田孝之さんといった俳優さんもいれば、上原ひろみさんのような音楽関係、田根剛さんのような建築家、と顔ぶれがとにかく華やかです。作家では辻村深月さん、山田悠介さん、山崎ナオコーラさん……と37人がセレクト、今夏また新たな顔ぶれも加わるそうです。

「僕はこれら数冊の本で形成されたシンプルな人間です」というコメントとともにある山田孝之さんセレクションにはしびれました(何の本かは、出かけてのお愉しみで)。

翌朝になり、本棚に注ぐ光が変わると、夜には見えていなかった書名が飛び込んできて「こんなのあったよ」と発見することしばし。この「昨日目に付かなかったものが入ってくる」現象とはなんなのか。本との出会いって偶然の産物ですね。なんちゃって。

ショートフィルムの「short shorts」の24時間上映もしており、コーヒーやハーブアイスティー、ナッツなどの軽食は自由に飲食可能。部屋の冷蔵庫の中もすべて無料です。部屋着も着心地がよく、本を眺める以外はなにもしないでいいよ、というメッセージが伝わってきました。
そうそう、フルハタお薦めのイタリアン、そして朝食はすばらしい内容でした。

ただ、部屋飲みをしたい人は、お酒の販売がなく、冷蔵庫にも入っていないので持参したほうがよさそうです、私たちのように……。フルハタのアドバイスは有効でした。「お酒だけは持参するように」と。

お値段は朝夕2食付で26,000円。一見すると高いという感があるものの、夕食だけでも質が高く、麻布あたりのイタリアンで食べたら1万円はしそうです。温泉は2種類、硫黄泉とナトリウム-塩化物泉に入れますし、安いか高いかはあなた次第かもしれません。

ショップ内の奥にある絵本コーナーで、最後に長い時間を過ごしました。「これ最初は〇〇書店だったのが、〇〇社から出てるよ。版権高くなって移ったのかなあ」など、絵本の懐かしい思い出とともに、業界裏読み情報も交換しつつ、話しは尽きることがありませんでした。

文句があるとしたらひとつ。
もっと長くいたいから、チェックアウト時間をのばして!でしょうか。
この空間を堪能すべし。
「もっといたいね」と言い合いながら、私たちは宿を後にしたのでした。

帰りは、箱根美術館まで10分ほど歩いて、やきものと苔庭を拝見。軽くランチをとって、ホームのどちらからでも乗れる「公園上」駅からケーブルカーに乗って強羅へ。箱根登山鉄道沿いにはあじさいが植えてあり、満開でした。道中、スイッチバックのたびにシオタと「スイッチバックの達人」について妄想しました。「この台風じゃ鈴木さんにしか無理ですよ」「そうだな、今日はアイツにしか無理だな」とかなんとか……(鈴木とは架空の人物です)。

ちなみに、私がこれまでに乗車して感動した列車は、ダージリンのトイトレイン、国内では五能線です。ここでもうひとつ妄想するなら、もし、もしも「列車本箱」などだれかつくってくれたなら、乗ってみたいものです。

妄想と本のあいだを歩き回る「ブラHONZ」またどこか行ったら書きます~

スティーヴ・マッカリーの「読む時間」

作者:スティーヴ・マッカリー 翻訳:渡辺 滋人
出版社:創元社
発売日:2017-09-26
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決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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