『シェアする美術 森美術館のSNSマーケティング戦略』アカウントの品格とは

新井 文月2019年08月11日 印刷向け表示
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シェアする美術 森美術館のSNSマーケティング戦略
作者:洞田貫 晋一朗
出版社:翔泳社
発売日:2019-06-12
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先日、ある人のフェイスブック投稿をきっかけに森美術館で開催されている〈塩田千春展:魂がふるえる〉を鑑賞した。

作家の作品は、2019年3月の香港アートバーゼルでいちど観ていた。そこからSNSを通じて東京展があることを知り、その日に足を運んだ。森美術館でのレイアウトは代表的な糸のインスタレーション作品に加え、作家自身が作品の一部となるパフォーマンスや、手がけた舞台美術、子供たちに「たましいってどこにあるの?」とインタビューした動画作品で構成されていた。このスペースを広く使った展示に満足し、私のフェイスブックでも投稿した。

もちろん内容は良かったが、印象的だったのは美術館の「作品は撮影可能です」と入口に掲げたボードだった。

この流れーアートの内容を公開し共有することーは、今では当たり前の行動になっている。しかし森美術館では、2009年に展示されたアイ・ウェイウェイ[艾未未]の展示がはじめて撮影OKの試みだったように、いち早くシェアする仕組みに着目していた。

2018年、森美術館の企画展は、国公立の美術館を抑えて入場者数1位を記録した。その勝因は、国内最大規模のフォロワー数を活用したデジタルマーケティング戦略にある。本書では森美術館のソーシャルメディア・マネージャーがインスタグラムやツイッターを駆使したSNS活用術を公開している。

森美術館は他の美術館よりも早く、インスタグラムにも着目した。フォロアー数は2019年7月現在で13.5万人。現代アートは何を伝えたいのかテーマが分かりづらいにもかかわらず、「レアンドロ・エルリッヒ展」では61万人を動員した。

来場者は何の情報を通じて入館したかというと、新聞やテレビ・ラジオではなく60%はネットから来ていたことが判明した。ネットの内訳は、SNSが55.6%で最も多かった。年齢層は10~30代の若い層が全体の70%を占める。ところが他の美術館では逆の現象がおこる。ゴッホ展が開催された東京都美術館や、縄文など国宝展が開催される東京国立博物館では、50~60代のシニアが多くなっていた。森美術館はネットに注力した。

そしてマーケティングも大切だが、作品そのものの魅力も功を奏した。レアンドロ・エルリッヒの作品はとにかく面白い。人が浮遊するような写真はどうなっているかというと、実は建物の壁と思われる面が床に設置されている。写真に写っている人は、じつは床に寝ころがっているのだ。頭上は鏡になっているので、そのまま撮影すれば自分達がぶら下がっているような写真が撮れる。


とはいえ森美術館の公式アカウントはインスタ映えする画像をアップしない。アートだからといって、フォトジェニックな画像もアップしない。拡散は生の感情を出す投稿者に任せる。森美術館のツイッタートップ画像も、展示中のポスター画像を配置すれば短期的に数字が伸びるが、トップがすぐ変化することで美術館の品格を下げることになる。そのためトップ画像はエスカレーターを上った入口風景で固定されている。これはニューヨーク近代美術館MoMAのアカウントと同じ構成だ。MoMAのインスタグラムも460万ものフォロアーを持つが、美術館の品格を保ちつつ淡々と基本情報を流すだけだ。

著者は、SNSの投稿を「川に短冊を流すようなもの」としている。川辺にいる人にしか届かないメッセージを、何度も何度もくり返して流す感覚だ。もちろん本書は、テクニックも掲載されている。展示名は長いからといってハッシュタグを「#レアンドロ展」と略さないこと。スマホで長いかなと思いつつも、ハッシュタグは正式名称「レアンドロ・エルリッヒ展」と入れたがるなど。また動画を掲載する場合は、最初の5秒に特に注力することなど。

ただ本書からは、テクニックよりも一人ひとりに語りかけるような普遍的に使える哲学が学べる。SNSは来場者数をUPさせるだけではなく、リサーチに使用してさらなる相乗効果をめざしていること。いい悪いは別として、人は評価が確定しているものを確かめにいく習性があること。投稿には少しだけ温度を入れることが、公式の感情であること。

ちなみにビル最上階の多くは、テナントにして収益性をあげるが一般的だ。だが、六本木ヒルズ創業者の森稔は「文化は経済より上」として最上階に美術館を構えた。その理念は、わずかでも詰まっているように思える。広報運営者に限らず広く参考になる一冊だ。

 

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