無名科学者の挑戦から読み解く『エネルギー400年史』

2019年10月15日 印刷向け表示
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エネルギー400年史: 薪から石炭、石油、原子力、再生可能エネルギーまで

作者:リチャード・ローズ 翻訳:秋山 勝
出版社:草思社
発売日:2019-07-23
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『原子爆弾の誕生』でピュリッツァー賞を受賞したリチャード・ローズの最新作だ。薪が主要エネルギー源だった16世紀後半から、気候変動対策を気に留めながらエネルギーのベストミックスを追及する現在まで、という400年超にわたる人類のエネルギー変遷史を描く。

有名無名の人物の物語を大きなテーマへと昇華させていく著者の手法は本書でも健在で、今回も科学者や技術者など個々人の物語を絡めながら、エネルギー変遷史という壮大かつ骨太の物語を紡いでいく。読了後には何か大きな獲物を手にした感覚にさせてくれる。

エネルギーの歴史はイノベーションの連続である。石炭を使った蒸気機関車、石油を使った電灯や内燃機関自動車、原子力発電、地下資源の開発技術、パイプライン溶接など、イノベーションがいかに人類のエネルギーの扱い方を変えてきたのかを、それらイノベーションに関わった技術者や発明家の個々の物語をベースに組み立てていく。本書から読み解けるのは、エネルギーにおけるイノベーションは一人の天才によって成し遂げられるのは非常にまれということだ。イノベーションとは、大概は思いがけない幸運と偶然の産物であり、そこに至るまでには数々の挫折と失敗が繰り返される。

本書でも、ワット、エジソン、フォードなど、歴史上の人物の物語を語ると同時に、歴史の陰に埋もれた大勢の科学者や技術者の活躍や挑戦を取り上げ、いかにそれらが現代のエネルギーを支えてきたかを浮き彫りにしている。さながらエネルギー版の「プロジェクトX」だ。

例えば、エドウィン・ドレークという原油を地下から掘り当てるのに成功した現場監督はエネルギー史では有名な存在だが、一方で、そのドロドロの原油を熱によって分留し石油製品を精製する手法を編み出したエール大学教授ベンジャミン・シリマン・ジュニアは一般的には無名の存在だ。

シリマンの発見は画期的だった。原油を分留すれば灯油やガソリンを製造できることが分かったことで、石油の価値が大きく見直されていく。ついには石炭を代替する燃料源へと変化を遂げていくのだが、この石油時代が築かれたのはシリマンという科学者の功績に寄るところが大きい。ただ彼は情熱と執念で石油の価値を見出したのではない。たまたま依頼され、小遣い稼ぎとなりえる化学プロジェクトで世紀の発見をしたのである。

新しいエネルギーの普及は、人びとの生活の質を上げ経済を活性化する一方、いつの時代も新たな環境問題や難題をももたらしてきた。それらに解決策を提示してきたのも、同じく技術とテクノロジーによるイノベーションだ。猛毒物質を生み出す有鉛ガソリンや光化学スモッグなど、当時「エネルギーを享受するための必要悪」と見做されていた問題も科学によって克服されてきた。著者は、これら地球温暖化問題についても、過去の歴史と同様、技術とテクノロジーが問題を解決してくれるのでは期待を寄せている。我々人類がエネルギーを追及する過程で直面することとなった地球温暖化問題。本書は、これをより大きな文脈で検討できる視座を提供してくれている。

本書に記されているのは、エネルギーという人類の糧をこの地球上にある原材料から取り出すという根源的な人間の取り組みだ。人類の将来を占う上で、本書から学びえる教訓は豊富である。

 

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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