喪失が連鎖する時代の怖さ 『つけびの村』

吉村 博光2019年12月17日 印刷向け表示
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つけびの村  噂が5人を殺したのか?
作者:高橋ユキ(タカハシユキ)
出版社:晶文社
発売日:2019-09-25
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今年は、ノンフィクションに動きがあった年だと思う。途轍もないビッグヒットがあったわけでも、当たり年だったわけでもない。エビデンス重視の世の中で私的な感覚を言うのも憚られるが、私は潮流の変化を感じた。

年末に読んだ開高健賞受賞作『聖なるズー』は刺激的で今後さらに話題になる予感があるし、2年目をむかえた本屋大賞ノンフィクション本大賞受賞作『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』はすでに大きな話題になっている。

歴史ある賞だけでなく影響力をもつ賞が新たに生まれたのは、画期的な出来事だ。そして近年、ノンフィクションを世に出す新たな装置も生まれている。noteなどのweb上の有料閲覧システムだ。そこで生まれた本で、今年私が最も注目した本がこの『つけびの村』だ。

発生当時「平成の八つ墓村」として話題になった、2013年に起きた連続放火殺人事件を追ったルポである。出版社に持ち込んだがボツになった原稿をnoteにあげたところ人気になり、単行本化されたものである。 noteがなければ、本になっていなかっただろう。

さて、ここで紹介した3作品には共通点がある。対象を俯瞰的に捉え事実を提示するのではなく、対象の中に入り自分の主観を交えて表現するスタイルなのだ。私は、伝統的な手法にはない生々しさというか、今風にいうとエモさを感じた。

『聖なるズー』は著者の経験が作品に観点を与えているし、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は母親視点が大きなポイントになっている。『つけびの村』は、著者独特の生活者視点が日常性のオドロオドロしさの味付けをしている。

「歌は世につれ世は歌につれ」という言葉があるが、来年この延長線上にノンフィクションが刊行されればヒットが量産されるのではないか。私は仄かな期待を抱いている。『つけびの村』の著者が、あとがきで書いている言葉がヒントとなるかもしれない。

事件ノンフィクションの定石が打てないという焦りが確信に代わってゆくとともに、村のうわさを追いかけたいという気持ちが沸き起こった。(中略)いざ村に足を踏み入れてみれば、そこにはネットやテレビ、雑誌といったメディアに全く流れていないうわさが、ひっそりと流れていた。  ~本書「あとがき」より

著者は、犯人が事件を語れない状態にあることを知って、伝統的な手法を諦めた。そして、事件の舞台となった限界集落に漂う羽虫のような「噂」を裏の主人公に据えた。その意図は「噂が5人を殺したのか?」という副題からも明らかである。

発生当時、「つけびして煙り喜ぶ田舎者」という張り紙が、犯行予告であるかのように報道された。都会から戻ってきた若者が住人にいじめられた末の怨恨だという書き込みが、ネットで広がった。はじめから噂好きの人々の琴線に触れるところがある事件だった。

しかし本書を読んで、それらのネットの書き込みがいかに無責任なものだったのかがわかった。そもそも書き込みは、一次情報から生まれる妄想が多いのだろう。著者の取材を経て、現実は当時の一般的な流説とは少し違っていたことがわかった。

「閉ざされた村を、彼女は淡々と歩く。人々の闇と僕らの好奇心はつながっている」オビには藤原ヒロシ氏のコメントが寄せられている。流説と現実がどう違っているのかは、藤原氏のいう好奇心を道標にして、本書にあたってみるのが一番早い。

地道な取材によって知り得たものを構成して、順序だてて読み手に示していく。裏の主人公は「噂」だ。さらに取材時に著者の身の回りに起きた出来事を描きながら、「噂」の薄気味悪さを演出することも忘れない。私はゾワゾワしながら、事件の背景を考えていった。

事件の犯人は、1949年にこの集落で生まれ、岩国市内で数年働いたのち上京。石貼り、のろ貼りなど建築に関わる仕事をして、一時は1500万円くらい貯金をつくった。1996年から介護のため集落に戻り、両親と三人暮らしを始めたという。

ここまで読むと、とても凶悪事件を起こすような経歴にはみえない。本書には様々な読み方があると思うが、このあまりにも一般的な犯人の経歴や、著者があえて一章を割いた「集落が栄えていた頃の記録(古老の巻)」がかえって私の心を重くした。

愛するものの喪失が、引き起こした事件のように思えたからだ。犯人が妄想性障害を抱えていることがこの事件を語る上では欠かせないが、その発症トリガーについて、精神科医のコメントを本書から引用したい。

「これはもう精神病なので、きっかけがないほうが多いですね。自然発生的に出てくるような。もちろん個々の人を見ているとオーバーワークだったり、睡眠不足だったり、家庭の不和とか、マイナス要因は確かにあるんです。」 ~本書「判決」より


そして、医師は次のように言葉を継いでいる。

「結局、周りに助けてくれる人がいるかどうかなんですよね」 ~本書「判決」より

犯人は高度成長期には月収200万円を稼いだこともあったというが、不況によって仕事上での挫折も重なったのかもしれない。帰郷した直後は、集落に賑わいを取り戻そうと頑張っていたようだが、周囲の助けが得られず孤立していった。

やがて両親を看取って、切り崩していた貯金もほぼ底をついた。マイナス要因が重なる中、妄想性障害を一人で抱えこんでいたわけだ。私が本書から感じ取ったのは限界集落に飛び交う「噂」の恐さよりも、喪失が続く現代という舞台設定の恐さだった。

現在、わが家の前の保育園が取り壊し工事中だ。上の子が3年間通った園で姪っ子二人も卒園生だ。想い出が詰まった園舎に重機が爪を立て、ガラガラと大きな音を出している。その轟音と振動に、喪失感で胸が抉られる毎日である。

右肩上がりの時代は終わり、仕事はやれば報われるものではなくなった。少子高齢化で、東京ですら地域行事の担い手が減少している。これから、私たちの周りには数多の喪失が起きることを覚悟しなければいけない。ただ、救いはある。

事件の起きた地域でも、生活力のない人を助ける動きはあるそうだ。医師の言葉があらためて胸に刺さる。人の世話になることは恥ずかしいことのようにも感じるが、助ける人と助けられる人がいることが、健全な社会なのだろうとあらためて感じた。

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