『ラディカル・マーケット』ラディカルなマーケットが創造する、平等で寛容で成長する社会とは

堀内 勉2020年01月14日 印刷向け表示
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ラディカル・マーケット 脱・私有財産の世紀: 公正な社会への資本主義と民主主義改革
作者:エリック・A・ポズナー 翻訳:安田 洋祐
出版社:東洋経済新報社
発売日:2019-12-20
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本書は、マイクロソフト首席研究員兼イェール大学客員研究員のグレン・ワイルと、シカゴ大学ロースクール教授のエリック・ポズナーによる共著である。

34歳の社会工学者・経済学者ワイルは、本書を監訳している大阪大学の安田洋祐准教授のプリンストン大学留学時代のオフィスメートで、同大学を首席で卒業して直ぐに大学院に進学し、経済学博士号をわずか1年で取得した大秀才だと言う。

この辺りの詳細は、安田氏が東洋経済オンラインに書いているのでそちらに譲るとして、本書はその「ラディカル」(Radical)というタイトル通りに、「過激で急進的で根本的な」市場改革の書である。

現代社会のOS(オペレーティングシステム)である資本主義は、広い意味での市場の存在を前提に成り立っている。更にその根幹にあるのが、財産の私的所有を保証している私有財産制である。

「(神の)見えざる手」で有名な『国富論』の著者で、「近代経済学の父」と呼ばれるアダム・スミスが重視したのが市場取引だったが、今、その市場が持つべき本来の機能がワークしなくなっているのではないかというのが、本書の問題意識である。

市場が優れているのは、何よりも上手く多数の取引参加者間における競争を促すことができる点である。ところが、今の世界経済を見ると、経済成長の鈍化と(インフレではなく)格差の拡大が同時並行で起きる、「スタグネクオリティ」(stagnequality)と呼ぶ深刻な問題が生じている。アメリカで主流の新自由主義経済学は、格差と引き換えに経済全体の活力が高まることを約束したはずだったが、結果として格差は拡大し、活力はかえって弱まってしまった。

もし市場がその本来の機能を果たしていないのであれば、市場のルールを作り替える必要がある。つまり、今ある市場を新自由主義的に盲信する(=市場原理主義)のではなく、損なわれた市場の機能を回復するために、ルールのラディカルな改革に着手する(=市場急進主義)べきだというのが、二人の提言である。

本書の中でも最もラディカルなのは、財産の私的所有に関する部分である。資本主義の根幹をなす私的「所有」とは本質的に「独占」に他ならないから、廃止されるべきだと主張している。

現状の私有財産制度は、「投資効率性」においては優れているものの、私的所有を認められた所有者は、その財産を使用する権利だけでなく、他者による所有を排除する権利まで持つことになるので、「配分効率性」を大きく損なう仕組みであり、所有権を部分共有して競争的な使用の市場を創造するべきだと言うのである。

財産を排他的に使用する権利が所有者に認められているからこそ、売買や交換を通じた幅広い取引が可能になるはずなのだが、ワイル自身が「究極の社会主義は究極の自由市場」と言っているように、彼らの主張は、共産主義とリバタリアニズム(自由至上主義)とのかつてないハイブリッドのように見える。

本書で示されている市場のラディカルな改革を敷衍すると、具体的には、①私有財産制、②投票制度、③移民管理、④ガバナンス、⑤個人データについての、以下のような独創的な代替案である。

①Common Ownership Self-Assessed Tax(COST)(共同所有自己申告税=財産は独占である)
COSTは、保有資産評価額の自己申告、自己申告額に基づく資産課税、財産の共同所有という3つの要素からなる。この仕組みでは、まず現在保有している財産の価格を自ら決める。その価格に対して一定の税率分が課税される。より高い価格の買い手が現れた場合には、その金額が現在の所有者に対して支払われ、買い手へと所有権が自動的に移転する。

つまり、自己申告額を下げると納税額を減らすことができる一方で、望まない売却を強いられるリスクが増えることによって、財産の所有者に正しい評価額を自己申告させる仕組みである。

②Quadratic Voting(QV)(二次の投票=ラディカル・デモクラシー)
国民一人一人に「ボイスクレジット」と呼ばれる予算が配分され、それを使って国民投票が行われ、議案の可否が決定される。ここでは同じ議案に複数票を投じること(二次の投票)が可能で、そのために必要なクレジットは、1票なら1、2票なら4、3票なら9というように2乗で増加する。つまり、票を買うことができるという仕組みであり、ラディカル・マーケットの政治版と言える。

③Visas Between Individuals Program(VIP)(個人間ビザ制度=移民労働力の市場を創造する)
ビザを民主化し、家族や雇用主でもなくても、一般市民が誰でも移民労働者の身元を引き受けられるようにする。移民を受け入れる選択肢を、移民を雇用するグーグルのような一握りの大企業ではなく、裕福な国の一般市民に移すことで受け入れの裾野を広げ、移民受入の利益を広く社会で共有できるようにし、結果的に移民側の選択肢を広げて移民からの搾取を抑制する。

④Dismembering the Octopus(タコの手足を切り離す=機関投資家による支配を解く)
今の反トラスト法では市場の暴走を規制することができない。労働者からより多くの力を取り上げようとする企業行動を規制したり、企業が合併によって巨大化するのを防ぐことはできない。また、現状、アメリカ企業の時価総額の1/5以上を支配している巨大な機関投資家が、トラスト(企業合同)のように振る舞うことも規制できない。これらの弊害を防ぐために、反トラスト法を強化して、機関投資家にもこれを適用する。

⑤Data as Labor(労働としてのデータ)
現在、ユーザーがフェースブックやグーグルなどに提供されるデータが機械学習の基盤になっており、その機械学習システムが我々から仕事を奪うことになると言われている。もし我々が提供するデータが「労働」として扱われ、それに対する対価が支払われるようになれば、デジタルエコノミーは全ての人々にとって、失業の脅威ではなく機会となり、所得源のひとつになる。

こうしたラディカルな提言を二人がしているのは、彼らが、今、世界が抱える多くの問題は、市場の範囲を拡張することによって解決可能であり、上述した「スタグネクオリティ」も避けられると信じているからである。少なくともこの先数世代の間は、彼らの言う市場「ラディカル・マーケット」が、大規模な社会を組織するための最も優れた方法であり続けると確信している。

そして、こうした確信の根底にあるのは、経済、政治、社会についての制度のあり方そのものが、世界経済の先行きを大きく左右するという信念であり、その意味で、二人は新自由主義経済の信奉者であると同時に、制度派経済学者(制度主義)でもあるという複雑な立ち位置を取っている。

市場という制度は人間が作ったものであり、実際には自然なものは何一つとしてない。人間が市場を創造し、それによって自らの未来を創造するのだ。こうした、ラディカルでありながらもある意味で楽観的な世界観が、彼らのこうした信念を支えているのだと思う。

今、世界では、「資本主義の改良・温存」と「ポスト資本主義の模索」という二つの動きが並存しているが、本書は前者の最も斬新な姿だと言える。一見過激すぎてどうかと思われるが本質を突いた本書の提言について、これからその実現可能性の具体的な議論が始まることを期待したい。

彼ら二人の提言は、特にブロックチェーン開発者やイーサリアム界隈で大きな話題となっているようだ。2018年5月にワイルがトロントで行われたイーサリアムのイベント「EDCON」に登壇した時の短い動画がアップされている。これを見ても本書のアウトラインは理解できるので、一見をお勧めしたい。

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