『息子たちよ』週1日「五時間の父親」が2人の息子に寄せた思い

栗下 直也2020年02月08日 印刷向け表示
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息子たちよ
作者:北上 次郎
出版社:早川書房
発売日:2020-01-09
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平成の終わりに、「子を持つ男子たる者、イクメンにあらずんば人にあらず」のような空気が一時流れたが、男性の育児休業の取得率は依然低調だ。厚生労働省の調べでは6%にとどまり、取得期間も5日未満が約6割を占める。「それでは有給休暇と変わらないのでは」という突っ込みはもっともだ。

とはいえ、世の父親は子を思っていないわけではない。時代が変わり始めたとはいえ、同調圧力が強い日本では、「1年、休みたい」と思っていても言い出せないお父さんがほとんどなのだ。「わが子は引きこもりにならないだろうか」「半グレになったらどうしよう」と心配しながらも、育児そっちのけで働き続ける。本書は、働きづめで家庭を顧みたいけれども顧みられない人必読の1冊だ。

著者は「本の雑誌社」の創業メンバーで文芸評論家としても名高い。書評を切り口に、家族の思い出を重ねるエッセー形式で、息子たちへの思いをつづっている。

子供たちへの愛にあふれる本であるが、決してイクメンのお父さんの回顧録ではないので安心してほしい。むしろ、その対極に著者はあった。

書き出しの「二十年間、家に帰らなかった」の1文が著者の父親としての立ち位置を物語っている。2文目で「いや、毎週一日は帰宅していたから、まったく帰らなかったわけではない」と受け、読み手は少し安心するが、週に1度帰宅する事実を、胸を張って言われても困ってしまう。

家になぜ帰らないのか。起業につきものの忙しさに加え、個人でも外部の媒体に多くの原稿を書いていたこともあり、通勤の時間がもったいなくて平日は会社に寝泊まりしていたとか。それなら土日は空くはずだが、競馬エッセーの仕事を受けていることもあり、土日は競馬場に足を運ぶ。結果、日曜の夕方に帰宅し、寝るまでの「五時間の父親」としてあり続けた。

出生、幼き子との遊び、家族旅行、進学、就職……。子を持つ親ならば誰もが通過する行事についての記述が並ぶ。読み手に懐かしさと同時に少しばかりの後悔を呼び起こさせる筆致はさすがだ。

例えば「多摩テックのこと」というエッセーでは、伊集院静とジョン・ハートの本に、子供たちが小さな頃に出かけた遊園地での自らの記憶を重ねる。息子たちと頻繁に出かけたがいつの間にか行かなくなったと振り返り、こう締めくくる。「あれが最後だったのだ、と突然気がつくのである」。

気づいたときには遅いことが人生には少なくない。そして著者が指摘するように、失われた光景は美しく感じる。

父親がほぼ不在のもとで育った2人は引きこもりにも半グレにもならず、成人した。「それならば俺も家に帰らなくていいのか」と曲解しかねないが、育児に正解がないのは確かだろう。なるようにしかならないこともあるのだ。ただ、「帰宅することは稀であっても、その間家族を、息子たちのことを忘れたわけではない」との記述には読みながら思わず「だったら帰ろうよ」とつぶやいてしまったが。

余談だが、著者は希代の読書家ながら、子供に薦めた本は1冊しかないという。果たして何を薦めたのか。気になる人は読んでほしい。

※週刊東洋経済 2020年2月8日号

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