『草原の制覇 大モンゴルまで』

2020年4月4日 印刷向け表示
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草原の制覇: 大モンゴルまで (岩波新書 新赤版 1806 シリーズ中国の歴史 3)

作者:古松 崇志
出版社:岩波書店
発売日:2020-03-21
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本書は、「シリーズ中国の歴史」の第3巻である。中国という巨大な隣人。国は個人と違って引っ越せないので、相手を知り理解したうえで上手に付き合っていくしかない。人を知るにはまず履歴書をみるように、国を知るにはその歴史を繙くのが一法だ。

このシリーズは、巨大な中国を「草原、中原(華北)、江南、海域」の4つの地域に分ける。中国は、「東南アジア(海域世界)の北部と内陸アジア(草原世界)の東部が出会う場所」なのだ。この巨大な空間が統一されたのは、わずかに4回。秦漢の一統(400年)、唐(タブガチ)の一統(50年)、大元ウルスの一統(90年)、清朝の一統(200年)がそれである。

本書は、中華世界の原型となる「古典国制」が形成された時代を描いた第1巻、躍動する「海の中国」を描いた第2巻に次ぎ、五胡十六国の時代から大元ウルスによる統一まで草原を疾駆する騎馬軍団の壮大な興亡史を叙述する。面白い。

遊牧民と定住農耕民は共生関係にあり支配・被支配関係でみるべきではない、鮮卑拓跋部が建てた北魏はカガンという君主号を用いていた(モンゴル帝国の君主号カーンの祖型)、北魏の内朝官はモンゴル帝国の君主の側近集団ケシクテンの原型となった、8世紀の突厥碑文では唐のことをタブガチ(拓跋)と記している、即ち北魏から唐までは拓跋国家の系譜である、唐の覇権は突厥遺民をはじめとするテュルク系遊牧民の騎馬軍団の強大な軍事力による、安史の乱の影響は甚大で唐のサイズは中国本土に縮小した、安史の乱以降密教が興隆しウイグルやチベットが強勢となり唐と三国鼎立の状態になった、キタン(契丹)の革新性は皇帝直属の軍事力の形成と城郭都市の建設にありキタンは遊牧民の軍事力と農耕民の生産力をくみあわせた(モンゴル帝国で完成の域に達する)、沙陀と呼ばれるテュルク系遊牧集団が五代(黄巣の乱で台頭した朱全忠の後梁を除く)から北宋に至る王朝を領導した、北宋と契丹は「澶淵の盟」(その起源は後晋が契丹に燕雲地区を割譲した契りにある)で平和共存したが東アジアはこれ以降「盟約の時代」(多国体制)に入る、12世紀は金・南宋・西夏などが盟約により共存していた、いずれの記述も最新の知見に裏付けられ強い説得力を持つ。そして13世紀に入ると北モンゴルに登場したチンギス=カンによりユーラシア東方は混一(統一)に向かうのである。

モンゴル帝国では、クビライの時代になると大都が建設され大元ウルスという国号が定められた。クビライは重商政策を採り、南宋を統合すると陸上交通路と水上交通網を連結してユーラシア規模での交易を活性化させた。ムスリム商業勢力をも取り込んだ陸海を連結した交通・物流体系が誕生し、おそらく、人類は初めてグローバリゼーションに直面したのである。そして大元ウルスの時代にユーラシア東西文化の交流・融合が行われ、中国の版図はひとまわり大きくなったのだ。

ユーラシア東方史を突き動かす原動力は、遊牧民と農耕民、ようするに異なる生業・文化が接触する「農耕・遊牧境界地帯」から生み出されたのである。読み終えて、目から鱗が何回も落ちた。このシリーズが完結した暁には、中国史の新しい地平が切り開かれているだろう。

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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『決定版-HONZが選んだノンフィクション』発売されました!