『紳士と淑女のコロシアム 「競技ダンス」へようこそ』青春とは心の奥底にしまった段ボール箱のようなものである

内藤 順2020年04月11日 印刷向け表示
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紳士と淑女のコロシアム 「競技ダンス」へようこそ
作者:二宮 敦人
出版社:新潮社
発売日:2020-03-17
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競技ダンスの世界にまったく興味はなかったが、それでも本書を読んでみようと思ったのは、この著者の作品であったことが大きい。

著者の二宮敦人氏は『最後の秘境 東京藝大』や『世にも美しき数学者たちの日常』など、身近にある知られざる世界を紹介することに長けた作家である。

本作は著者の自伝的ドキュメントノベルという形式をとっているが、これはプライバシーへの配慮によるものであり、全体のストーリー、軸となる本人の体験談、競技ダンスにかかわる記述を含め、れっきとしたノンフィクションであるとのこと。大学時代に競技ダンス部に所属していた自身の実体験に基づき、ディープな世界の奥深くまで紹介している。

何といっても、競技ダンス特有のルールの数々が目を引く。まず、なぜかはわからないが、髪をジェルでカチンカチンに固めなくてはならない。これは規約にも明記されているくらいの必須事項だ。

また、これもなぜかは知らないが、運動するにもかかわらず正装しなければならないし、顔面を歌舞伎役者のようにド派手に化粧する。ラテン系の種目に出る場合は肌を黒くする必要もあるという。

そしてこれだけルール尽くしの競技ダンスだが、肝心の採点には明確な決まりがない。どれだけ視線を奪えるか、そしてどれだけ感動させられるかという主観のみによってすべてが決まるのだ。

と、ここまで来て競技ダンスにまったく興味が持てなかった方もご安心いただきたい。本書には、もう1つ見どころがある。それは、青春という眩(まぶ)しい単語に包まれたモヤモヤ感を探っていくプロセスだ。学生当時の話、そしてかつての仲間を訪ねながらたどり直した今の話。2つの時間軸を照らし合わせながら、その正体を描き出していく。

強い同調圧力の下、理屈抜きに1つの目的に向かって突き進んだ経験は、誰しも多かれ少なかれ持っていることだろう。その当時はルールとして当たり前のように受け入れていたことでも、今という時代の空気感から振り返ると疑問を感じることは意外と多い。著者にとっては、それがダンス部特有の「固定」というシステムであった。

競技ダンスはパートナーという相方なしには成立しない。対等の相手であり、一番のライバルであり、フロアに立てばたった1人の味方。著者の大学では、2年生のときにこのパートナーを固定するのが決まり事であった。しかも、これを2つ上とはいえ同じ学生である4年生が決めていく。

組めなかった人はシャドーと呼ばれ、相手がいない状態になる。これが通常のレギュラー/補欠と違うのは、1回シャドーになったらずっとそのままであるということだ。

先輩に決められた自分たちの代の「固定」。さらには自分たちが決めた2つ下の代の「固定」。それがそれぞれの人生にどのように影響を与えたのか、著者はかつての仲間を訪ねながら、自分自身の内部とも向き合っていく。心の奥底にしまわれた段ボール箱の封印が、少しずつ解かれていくような描写は見事だ。

軽やかな文体から、青春の光と闇を次々に投げかけてくる。硬軟織り交ぜながら、心を揺さぶってくる一冊だ。

※『週刊東洋経済』2020年4月11日号

最後の秘境 東京藝大: 天才たちのカオスな日常 (新潮文庫)
作者:敦人, 二宮
出版社:新潮社
発売日:2019-03-28
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世にも美しき数学者たちの日常
作者:二宮 敦人
出版社:幻冬舎
発売日:2019-04-11
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