巣ごもりして探求の根を伸ばせ 『13歳からのアート思考』

吉村 博光2020年04月09日 印刷向け表示
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「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考
作者:末永 幸歩
出版社:ダイヤモンド社
発売日:2020-02-20
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子供がウチで過ごす時間が増えている。我が家もその例にもれない。異なっているのは、一家の大黒柱たる私も一緒にウチにいることである。会社を辞めた私は、テレワークをする必要もない。ただダラダラとした時間を過ごしている。様々なものにボンヤリとした興味を抱きながら、目的を見いだすことができずにいる。そんな日々だ。

基本的には一緒にサッカーゲームやトランプなどをして遊んでいるのだが、午前中は同じ机の上で子供たちは勉強を私は読書をする時間を作るようにしている。あと数年で中学生になる上の子に先回りするつもりで、私は本書を読んだ。

私は普通のサラリーマンだったので、専門家(新井のレビューはこちら)とは違うレビューになっていると思う。本書の読み方には答えがない。アートの理解レベルが違うのは恥ずかしいが、レビューが違うのは良いことだと思う。皆さんも、ぜひ自由に読んでほしい。

端的に言って、本書は私にたくさんの栄養を与え、大きな助けとなった。心から感謝している。この本は、20世紀の「真のアーティスト」による6つの作品を、講義形式で順々に解説していく本だ。従来は同じゴールに向かっていたアートが、ある発明を機にダイナミックな変貌を遂げていく姿が手にとるようにわかり、読んでいてワクワクした。6つの講義を紹介しよう。

[CLASS 1] 「すばらしい作品」ってどんなもの?――アート思考の幕開け
[CLASS 2] 「リアルさ」ってなんだ?――目に映る世界の"ウソ"
[CLASS 3] アート作品の「見方」とは?――想像力をかき立てるもの
[CLASS 4] アートの「常識」ってどんなもの?――「視覚」から「思考」へ
[CLASS 5] 私たちの目には「なに」が見えている?――「窓」から「床」へ
[CLASS 6] アートってなんだ?――アート思考の極致

ここでは、「ある発明」や「6つの作品」が何なのかについて、一つ一つ書かない。ただ本書の素晴らしさを少しでもお伝えするために、CLASS2で取り上げられている作品についてのみご紹介させていただく。

ピカソの「アビニヨンの娘たち」である。名作なのですぐにイメージが浮かぶ方も多いだろう。ネット上にも画像があがっているので、あわせてご覧いただきたい。ちなみに、CLASS2のテーマは「リアル」である。顔は正面なのに鼻は横を向いている。遠近法を無視している。この絵のどこが「リアル」なのだ、と不思議に感じる人も多いのではないか。

しかし、著者はこの講義において、ピカソが新たに見出した「リアルさ」について読者に提示する。遠近法を駆使してもサイコロの裏側は描けないこと、先入観によって現実が曲げられることなどの例を示して、写実的なリアルさ(=遠近法)が実は「半分のリアル」しか写し出せていないこと示す。

ピカソは、既存の答え(=遠近法)に疑問を持ち、自らの「興味のタネ」から「探求の根」を広げ「表現の花」を咲かせたのだ。著者はここにこの名作の価値があり、だからこそ20世紀アート史の偉大な足跡として評価されていることを読者に伝える。中学の図工の成績は2でピカソの絵を理解できていなかった私には、目からウロコの解説だった。

この本のなかで著者は、他人から頼まれて絵を描く「花職人」と、ピカソのような「真のアーティスト」を明確に区別する。そしてそれはアートに限らず、ビジネスだろうと学問だろうと人生だろうと同じことが言える、と書いている。「花職人」と「真のアーティスト」の区別について、本書からの引用で説明したい。

「真のアーティスト」とは「自分の好奇心」や「内発的な関心」からスタートして価値創出をしている人です。
好奇心の赴くままに「探求の根」を伸ばすことに熱中しているので、アーティストには明確なゴールは見えていません。ただし、それらの「根」はあるとき地中深くで1つにつながっていく特徴があります。  ~本書「EPILOGUE」より

本書では、「真のアーティスト」の一人としてスティーブ・ジョブズの言葉も度々紹介されるが、そんな風に生きられる人は少数派だろう。競争社会では、人よりも良い成績をとろうとしたり、良い業績をあげるために多くの人は頑張ってしまう。でもこれに縛られていると、休校への愚痴もでてくるし、会社のサービス縮小も滞らざるをえない。

私は以前から不思議に思っているのだが、国にはGDPとは別に「幸福度」という指標がある。フィンランドが1位をとっているアレだ。そもそも、私は何のために頑張っているのだろう。そんな違和感を抱きながら、私はこれまで私なりに懸命に数字のために仕事をしてきた。「花職人」を続けてきた。

でも子供の頃は、自らの「興味のタネ」から「探求の根」を広げ「表現の花」を咲かせたい、ごく普通に思っていたのではなかったか。実はこれまで偶然に、そんな仕事ができたかなと感じたことがあった。そして高い満足を得ることができた。「興味のタネ」をどう見つけるかという問いに向きあう、現在の私の道標となった本書の言葉をご紹介したい。

これは、波乱万丈なジョブズの人生にしか通用しない話ではありません。
VUCAといわれる世界で、100年以上の寿命を生きることになるかもしれない私たちは誰でも、いつかどこかで予想もしなかった変化に見舞われたり、まったく見通しのきかない獣道を歩んだりすることになるはずです。
そんなときでも、「自分の愛すること」を軸にしていれば、目の前の荒波に飲み込まれず何回でも立ち直り、「表現の花」を咲かせることができるはずです。  ~本書「EPILOGUE」より

現下の状況を見ても「予想もしなかった変化に見舞われる」という著者の指摘は正しい。まさに、誰も答えをもってない時代だ。そんな時代には「アート思考」が大きな武器になる。書名のとおり本書は、美術教師である著者が中高生に向けた講義をまとめた本だ。でもむしろ「花職人」になりさがっている大人たちにとって、より役立つ内容となっている。

行動変容はきっとできる。それを体現しているのが20世紀のアートだからだ。その意味で本書を読むと元気づけられる。ピカソの遠近法だけでない。具象物を描くこと、美しく描くこと…アーティストたちが「既存の常識」を次々に突き破ってきた過程を解説していく著者の手腕が、じつに鮮やかなのである。

絵を描いたり何かを作ったりすること自体が苦手だったので、私は美術から距離を置いてしまった。しかし目の前に獣道が広がるいま、「アート思考」に出会えたのは私にとって幸せなことだった。子供たちにも教えようかと思ったが、釈迦に説法だと思いとどまった。私がやるべきはむしろ、邪魔が入らないように見守ることなのかもしれない。

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