『FULL POWER 科学が証明した自分を変える最強戦略』

鎌田 浩毅2020年04月21日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
FULL POWER 科学が証明した自分を変える最強戦略
作者:ベンジャミン・ハーディ
出版社:サンマーク出版
発売日:2020-01-07
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

「意志の強さは成功するかどうかと無関係」と喝破するビジネス書が現れた。確かに仕事がうまくゆかないとき、「自分の意志が弱いから」と落ち込む人は少なくない。「意志力の不足」が一番の原因と考える経営者も多い。

しかし、気合いを入れても集中力が続かないことはよくある(恥ずかしながら私自身、しょっちゅうそうだ)。本書はそうした悩みを持つ人に一筋の光をもたらす優れた自己啓発書である。

本書の原題は『Willpower Doesn't Work』(「意志力など役に立たない」)である。著者は米国の組織心理学者で、成功するために「意思の力」を用いるのは大間違いだと説く。意思に頼っても過去の自分からは脱却できないからだ。

その反対に著者は、自己の内部ではなく外部の環境を変えることで、無理なく状況を変化させるテクニックを指南する。表紙裏のページには「環境を作りコントロールしないと、環境に作られコントロールされてしまう」と記されている。

そこで著者は「目標の外周を防御システムで固めてしまう」(本書8ページ)と表現し、目標を確実に達成できる環境を自分で作り上げる方法論を分かりやすく開示する。

ちなみに、本書の副題には「科学が証明した自分を変える最強戦略」とあるので、「科学の伝道師」を標榜する私も大いに納得した点を紹介してみよう。というのは、しばしば京都大学の学生から「科学の社会的な力は何でしょうか?」という問いを受けるからだ。

そもそも科学の本質は「認識・予測・制御」を行うことにある。つまり、事実を精査することで現象を「認識」し、未来に起きることを「予測」し、よい結果が生じるように「制御」する。これはインプットからアウトプットまで全てに通ずる本質である(拙著『新版 一生モノの勉強法』ちくま文庫を参照)。

たとえば、ボールを空中へ放り投げるとする。その着地点は、ボールを投げる力と投げ上げる角度によって「予測」できる。そして予測した地点へ落とすには、投げる強さや角度をきちんと制御すれば、確実に落とすことができる。高校物理で習う力学法則の応用だが、本書ではこれを心理学的な「制御」を用いる。

しかも「認識・予測・制御」の中では「認識」がもっとも重要なのだ。著者は成功を妨げる日常の習慣的な行動について、正しく認識することを厳格に求める。簡単な例を挙げよう。

仕事に集中できないのは、余計なことに気が散るからだ。特に、気の進まない仕事を与えられると、人は逃避行動に移る。おなじみのネットとスマホの中毒だ。

「平均的な人は1日にスマートフォンを『85回以上』チェックし、ウェブサイトやアプリで『5時間以上』を費やしている(本書158ページ)。「だらだら見続けてはならない」と頭ではわかっていても止められない。それは「どれほど馬鹿げた行動か」の認識が甘いからだ、と著者は喝破する。

身近な例で言うと、寝床にスマホがあると「目覚めて数秒のうちに、テクノロジーという名の主があなたを奴隷にしてしまう。そして、仕事をしている間ずっと、メールやソーシャルメディア、または好奇心をそそるウェブサイト」に貴重な人生が奪われる(157ページ)。

我々は大量のサブリミナルな「誘惑」にさらされており、必要のない「刺激」の奴隷になっている。そこで著者は、外部の環境を変えることで遮断する方策を具体的に指南するが、何より先に「これはダメ」という強い認識が必要なのだ。

現代人が陥る状況を見事にあぶりだす著者は、「予測・制御」に関してもさまざまな助言を与える。時間管理について「精神的に本当に集中できるのは、1日のうちに4〜5時間。効果的に働くなら、1時間半〜2時間の集中時間と、その後はどこか違う環境で20〜30分間の回復時間を過ごす」とアドバイスする(167ページ)。

また「起きてから『3時間以内』で脳がベスト」(282ページ)なので、その時間帯を逃すな、とも諭す。しかも、こうしたノウハウは各人によって異なるので、自分に合ったものだけ取捨選択すれば良いのである。

本書が優れているのは、「認識」を最重要視している点だ。地球科学の世界でも、もし最初の認識を間違えば、後の仕事は全て水泡に帰する。よって、本書から読み取って欲しいのは「自分の認識がいかに甘かったか」なのである。しかも、不適切な行動を「意思の力」で変えようとしても無駄で、外部の環境を変えることでしか有効な手立てはないのだ。

その認識は自分の好みで手加減してはならないが、後半の「予測・制御」については読者に合った方法だけ採用すればよい。すなわち、本を読んでも著者の助言に全て従う必要はなく、自分で「カスタマイズ」することが大切なのだ(拙著『理科系の読書術』中公新書を参照)。このように、ビジネス書は本来、都合よく使って全く構わないものなのである。

著者が語る「意思に頼らず外部の環境を変える」斬新な方法で、未来へ向けて無理なく自分を変えていただきたい。

新版 一生モノの勉強法 (ちくま文庫)
作者:鎌田 浩毅
出版社:筑摩書房
発売日:2020-04-10
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub
理科系の読書術 - インプットからアウトプットまでの28のヒント (中公新書)
作者:鎌田 浩毅
出版社:中央公論新社
発売日:2018-03-20
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub
ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
出版社:中央公論新社
発売日:2014-10-24
  • Amazon Kindle

『ノンフィクションはこれを読め! 2014』電子版にて発売中!

人気記事