『とてつもない数学』

鎌田 浩毅2020年10月04日 印刷向け表示
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とてつもない数学
作者:永野 裕之
出版社:ダイヤモンド社
発売日:2020-06-04
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ビジネスパーソンにとって数学を学ぶ意義は、世間に溢れる色々な数値を正しく読み取ることにあるだろう。ネットやテレビや雑誌に出された数字をパッと見たとき、そのまま鵜呑みにせず隠れたからくりを見抜くには、数学の素養が必要である。

その一方で、「数学」と聞くと顔を曇らせる人は少なくない。文系一直線で会社を切り盛りしてきた部長が、夜半に数学の入門書をこっそり読むのは、企画会議についていけなくなったからだ。

そうした「数学苦手人」に打って付けの好著が出た。本書は東京大学理学部数学科を卒業し数学塾を経営する著者が、生徒指導のノウハウをふんだんに散りばめた科学エッセイである。「とてつもない」という切り口から、数学の魅力を古今東西にわたって存分に語る。

内容は中学数学の初歩から未解決の超難問まで、選ぶ話題は縦横無尽だ。特に、古代ギリシア以来の数学史を追いながら、何がポイントであるかを的確に説明する(2章)。

ピタゴラス・フェルマー・ニュートン・ガウスなど、聞いたことのある名前もたくさん登場する。また、古来、天才数学者には奇想天外のエピソードがつきもので、それを知るだけでもワクワクする。こうして読み進めるうち、数学アレルギーがどんどん消えてゆく、という仕掛けなのだ。

16世紀に物理学を切り拓いたガリレイが「宇宙は数学という言語で書かれている」と言ったように、数学はたった1行の数式で自然界の法則を記述する力を持つ。これを知って、その偉大さにハマル人と、だからこそ敬遠する人が分かれてしまう。すなわち、数学を食わず嫌いしてきた後者に「アハ体験」をしてもらうのが、本書なのである。

そもそも数学は、芸術性(本書3章)をふんだんに含み、とてつもなく便利で(4章)、大きな影響力を持つ(5章)。たとえば、世界的な絵画や彫刻の背景には、数学理論に則った法則が潜んでいる。

よって、著者はこう喝破する。「これからは、数学と無関係なものは何もない、と言えるところまで拡大していく(中略)それだけ数学という学問は間口が広いのだ」(本書354〜355ページ)。

実は、現代テクノロジーの基盤を作るとてつもない知性の集合体が数学なのである。こうした本質を素人へ見事にアウトリーチ(啓発・教育活動)する力量を見ると、著者の数学塾がいつも「予約キャンセル待ち」というのも頷ける。

もう一つ、本書が読みやすいのは、図版のイラストが初心者にもきわめて分かりやすく描かれているからだ。著者と編集者の心遣いがここにも現れている。

今や数学は単なる計算技術の問題ではなく、「数学の持つ合理性と美しさはどこにでも発見することができたし、数学が教えてくれるものの考え方が人生を生きる上での指針になる」(356ページ)と著者は断言する。

何を隠そう、評者は大学時代に数学で零点を取ったせいで専門課程への進学が一年遅れた。それ以来の「数学トラウマ」を払拭してくれる効用が、確かに本書にあったのである。

ちなみに、評者の友人には数学の達人が何人かいる。中学高校で同級生だった古川昭夫君は、中学一年(筑波大学附属駒場)から受験数学の専門誌「大学への数学」を愛読し、「学力コンテスト」に応募し上位入賞を果たしていた。

著者の数学科の先輩でもある彼は、現在、科学的教育グループSEG代表として全国の優秀な生徒に数学と英語を指導している。古川代表と著者は勉強に関する本質を突いているのである。

そして評者自身も、大学受験で得た知識やノウハウは決して小さなものではない、と考えている。むしろ、一生に役立つような重要な能力を、受験という難事を通過することによって日本人は身につけてきたのではないだろうか。

その考えからかつて、受験の経験を人生でいかに活用したらよいか、をまとめた本を出した(『一生モノの受験活用術』祥伝社新書)。本当は、受験は決して人生の無駄ではなく、もっと言えば「人生の役立つ勉強法はすべて大学受験から学んだ」と言っても過言ではない。

そのポイントは、勉強は試験のためその場しのぎで行うものではなく、一生役立つような勉強を身につける方が結果的には目前の試験にも強い、という事実なのだ(『新版 一生モノの勉強法』ちくま文庫を参照)。よって、本書にかかれた「とてつもない数学」の中身を丁寧に追いかけることは、一生にわたって役立つ「教養」としても結びつくのである。

さらに著者はこうも語っている。数学は「闇を照らす光なのであって、白昼にはいらないのですが、こういう世相には大いに必要」(9ページ)なのだ。すなわち、「想定外」の事件が次々に発生し、AI(人工知能)がビジネスで席巻するウィズコロナ及びアフターコロナ時代を生き抜くためにも、数理的な解析能力は不可欠なのである。本書をきっかけに数学に対する敷居を下げ、その本質的な面白さに開眼していただきたい。

一生モノの受験活用術――仕事に効く知識とノウハウ(祥伝社新書464)
作者:鎌田 浩毅 ,研伸館
出版社:祥伝社
発売日:2016-04-28
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新版 一生モノの勉強法 ―理系的「知的生産戦略」のすべて (ちくま文庫)
作者:鎌田 浩毅
出版社:筑摩書房
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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
出版社:中央公論新社
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