小学生男子的な好奇心のままに、日常にある目の前の身近な食べ物を掘り下げる不思議な人がいる。「これなに?」と思ったら猪突猛進、栽培したり採集したりして、食す! 食べることに旺盛な人は楽しく生きている気がするぞ。よくわからないタイトルなのだけれど、その実践指南書の、ご紹介。
著者の玉置標本さんは1976年、埼玉県生まれ。山形で大学時代を過ごしたころに野山の楽しさに開眼し、ウェブ制作会社に勤めた後に30歳でフリーライターに。とにかく食物全般を対象に、そのためには捕まえたり育てたりしながら、その顛末を書きまくっている。
その標本さんの新作がこちらだ。これまでは「捕まえて、食べる」ことが書籍にもなっているが、今回は「実はよく知らない食物を育てる・採る」ことをテーマにしているらしい。
目次を見ると、そのテーマになっているのが、こんな感じ。勝手に説明をこちらで付け加えてみる。
そもそもどんな姿なのかわからない「ゴマ」
中国料理でよく見かける「ザーサイ」の正体
海苔巻きでしか食べることのない「カンピョウ」
植えるところからやってみた「コンニャク」
海藻の名前がついた「オカ〇〇」って?
高級香辛料「サフラン」の値段の高さ追究
「豆苗」のめくるめく生存戦略
河原で調達可能な粒マスタードの素「カラシナ」
雑草「オカジュンサイ」と「ジュンサイ」の違い
未完熟のクルミで真っ黒なお酒造り(ノチーノ、というらしい)
タイトルになっているタケノコでのメンマ作り
その辺に生えているスベリヒユなる雑草を食べ試す
クズの根から葛粉を製粉して葛餅をつくる
拾ったドングリで韓国冷麺を製麺
まあ、よくこれだけやってみたものだ。
暇なのか?
そうかもしれない。
が、時間があってもなかなか実行する人はいないと思う。
やっていることはシンプルなのだが、なにしろ実際にやったことのある人は少ないだろう。それぞれのテーマごとに、イラストがあり、10点前後のカラー写真と合わせて、栽培したり採ったりした、その食べ物の途中経過が紹介される。最後になんとか食べようと、独自に考えたレシピで調理していく。
あえて、ネットでやたらと調べないところがまたよく、もはやここまでくると、それぞれが壮大な冒険だ。初めてって楽しいのだ。
時間労働で考えたら、そこらの雑草が材料だとしても、おそらく元は取れないのだけれど、この探求時間がこの上ないものになる。
私は豆苗が大好きなので、豆苗の章はほんとうにわくわくしながら読んだ。
写真を借りられたので、ちょいとご紹介だ。
スーパーで売られている豆苗はこんな感じだ。根っこがついているので、また栽培できるのだろうとだれもが思わないではない。また、生産者によっては、パッケージに再収穫の方法が書かれている。けれど、私はすぐに炒めて食べちゃっていた。創造力が欠けていたとなんとなく反省。
この根っこから、豆苗の深淵なる『再生力』にチャレンジするのがこの人なのだ。
文章を追うと、まずは、普通に豆苗の葉の部分をカットして食べる。少し長めに根元を残すのがコツらしい。このまま水耕栽培する通常の再収穫のやり方には、チャレンジする人がそれなりにいて、ネットでも読める文章が多い。
が、ここで土に植えると、趣が変わる。スポンジと蛍光灯ではなく、太陽と土のもとで、2回目の収穫を目指すのだ(水耕栽培では、3回目になるとほとんど育たないらしい)。単なる、2回目の豆苗から、サヤエンドウの苗として育てるのだ。
そもそも、豆苗の種は、みつ豆の豆と親戚だそうな。赤い色なのである。みつ豆の豆は、赤エンドウマメ、サヤが硬くなるタイプのエンドウマメなのだという。
そして肝心のところ、「豆苗はサヤエンドウの若葉」なので、育てれば未来形はサヤエンドウなのである。さっそくベランダの小さなプランターで育てたという豆苗は、2か月でこんなサヤが!
食べごろに茹でて食べてみると、微妙に筋があったそうだが、サヤエンドウの味がしたという。まあ、それはそうか。
そのサヤを見守っていくとグリーンピースに成長し、ついには赤い豆になっていく。
これなら、と本気で「みつ豆」に挑戦だ。
重曹を含む水で一晩ふやかし、そのまま火にかけて沸騰したら、お湯を捨てる。新たに水と塩を少し入れて豆を煮て冷ます。この煮た豆と、乾燥天草から作った寒天、キビ砂糖と水と煮詰めた蜜を合わせて、完成。
子どもの頃は、なんで甘いみつ豆にしょっぱい豆が入っているのか理解できなかったが、すっかり大人になったこの味覚であれば、組み合わせる理由がわかる
おいしそう!
豆苗の再生力の冒険は、ここからが本番だ。
次は、そこで収穫した種を発芽させて再び豆苗として食べることに挑戦だ。
消毒した瓶に湿らせたキッチンペーパーを入れ、数粒を発芽させる。
毎日水を替えたり話しかけたり、ペットのように世話をする。と、二代目の豆苗誕生!
ご本人も書かれているが、見た目は根元部分を残して再収穫した豆苗と変わらないので、違いに気づく人はそういないだろう。が!
その正体は、食べ終えた豆苗を土に植え替えて、大きく育ててサヤを実らせ、採取した種から豆苗に育て上げたんだぞ! という自己満足の塊なのだ。
買えば10円もしないわずかな量だが、この経験で得られた知識と感動はプライスレス。
ということで、豆苗の永久ループに話はつながっていくのだが、これはほんとうに夏休みの自由研究ネタにしてもいいかも。というより、この本自体が自由研究ネタとして最高かもしれない。夏休みにネタに困ったお子さんをお持ちの方にはお薦めだ。そして、育てる喜びを実感したい大人には、もっとお薦めだ。
コロナ禍で自宅で過ごす時間が長い中、この「身近好奇心」は身を助ける。日々の中でおもしろい対象を探して掘り下げて、楽しむ。しっかりとその成果を食べるので、満足度も高い。標本さんを先達として、楽しむ術をぜひ会得してほしい。
私もさっそく、水耕栽培から試して、「自分みつ豆」をつくってみたいと思う。
(写真提供)玉置標本
私が著作に初めて触れたのは、『趣味の製麺』なる、不可思議な製麺機を扱った同人誌だった。同人誌といっても、デザインやイラストが充実している上に、漫画まで入っていておもしろいのだ。
ブログでもたくさん記事をあげているようなので、ぜひそちらも。
他にも読める。
私的標本 捕まえて食べる話 (BOOK☆WALKER セレクト) Kindle版
捕まえて食べたい (BOOK☆WALKER セレクト) Kindle版