世界の石油市場を動かす『ロスネフチ-プーチンの巨大石油会社-』

久保 洋介2020年05月15日 印刷向け表示
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ロスネフチ~プーチンの巨大石油会社 (ユーラシア文庫)
作者:篠原建仁
出版社:群像社
発売日:2020-04-14
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 2020年3月、原油価格は暴落した。年初、原油の代表指標であるBrentは60~70$/bblで推移していたが、3月6日以降に急降下。一時、20$/bblを割り、その価値は60%以上下がった。別の代表指標であるWTI原油は、特殊要因あったとはいえ、史上初のマイナス価格まで値下がったことも大きなニュースとなった。エネルギーアナリスト岩瀬昇の言葉を借りれば『海図のない航海』へと石油市場が突入した瞬間だ。

原油価格下落の最大要因はコロナウイルスによる世界経済の停滞だったが、価格急落の発端となったのは産油国による生産調整の失敗だった。3月初旬、サウジアラビアを含む産油国は価格を下支えするために協調減産を試みたが、世界第三位の産油国ロシアは予想に反して減産への参加を見送った。結局、産油国間での調整がつかなくなり、各産油国は減産どころか逆に増産して価格競争を始めることになる。これこそが原油大暴落の発端である。需要が激減する世の中で供給量は逆に増加するのだから価格は暴落。予測不能な石油市場への不安感が世界経済へと大きく波及した。

ニュースなどでは一連の流れをアメリカ・サウジアラビア・ロシアの三つ巴価格戦争とも評されていたが、この交渉で良くも悪くも中心にいたのは、世界最大の産油国であるアメリカでも第二位のサウジアラビアでもなく、第三位の産油国であるロシアだった。ロシアの石油政策に基づいて世界の石油市場は右往左往せざるをえなかった。

ロシアの石油政策の最終決定者はプーチン大統領であることは間違いないが、鍵を握るのが国営石油会社ロスネフチ社長のイーゴリ・セーチン氏だ。プーチン大統領の側近中の側近とも言われており、業界では影の実力者としてその動向が常に注視されてきた。

日本では、取り上げられる機会の少ないロスネフチという会社は、サウジアラビアの国営石油会社に次ぎ世界第二位の原油生産量を誇るロシア国営石油会社だ。また、ロシア最大の納税企業であり、ロシア国内外への影響力は大きい。そしてそのロシア最大の国営企業を率いるのが、プーチン大統領を30年来支え続け、かつては秘書を務めたこともあるセーチン氏である。ロシアの石油行政・経済にこの二人が与える影響力は大きい。

セーチン氏の影響力は、石油政策だけではなく、外交へも波及する。ロシアの対中外交交渉の鍵を握る人物が彼であることは周知の事実だ。両国の巨大石油取引には必ず彼の面影が見え隠れする。日本政府も、日露交渉の鍵を握るかもしれないとの思惑からか、官邸官僚トップの今井総理補佐官がセーチン氏との関係構築を試みていることが何度もメディアで報じられている。

そんなロシア国営企業ロスネフチと、セーチン社長を取り上げるのが本書である。著者は本書の冒頭でロスネフチをこう記す。

 プーチン氏の側近中の側近が率い、ロシアの石油輸出の中核を担いつつ国外でも事業を展開し、極東や北極圏開発を政府に代わって推進する巨大国政企業ロスネフチ。それは、ロシアにおける政治と経済の近い関係、資源輸出依存型経済、経済発展の新たな可能性を極東や北極圏に見出そうとするプーチン氏やロシア政府の意向など、最近のロシアの政治・経済の特徴を表しており、現代ロシアの「縮図」と言っても過言ではない。

本書ではロスネフチが、ソ連崩壊後のロシア石油産業を力技含めてどう変革していったのか、また同社を中心とするロシアの石油事業ならびに石油外交をどう繰り広げているのかを掘り下げていく。

同社が大きく成長する過程では、スパイ映画さながらの逮捕劇、買収合戦、外交交渉が繰り広げられる。事実は小説より奇なりと言うが、まさにこのことだ。基本的には経済合理性に基づいて石油が取引されることはもちろんだが、一部ではこのような熾烈な駆け引きがあることは読者にとって目からウロコとなる。石油とは平時には経済合理性で取引されるコモディティー商品だが、戦時には戦略物資となるという、日本人が第二次世界大戦で痛いほど身に染みたことを思い出させてくれる。

本書は、基幹エネルギーである石油という観点から、グローバル政治経済かつ石油市場の雄であるロシアを理解していく書だ。今後、ロシアならびにロシアの戦略的企業であるロスネフチがどのように国内外で振る舞おうとしているのか、日々のニュースでは読み解けない深層でロシアを理解できるようになる。

 

 

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