認知科学の観点から考えた最適の英語学習法──『英語独習法』

冬木 糸一2021年01月25日 印刷向け表示
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英語独習法 (岩波新書 新赤版 1860)
作者:今井 むつみ
出版社:岩波書店
発売日:2020-12-19
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この『英語独習法』は、認知科学や発達心理学を専門とする今井むつみによる、認知科学の観点から考えた最強の英語学習について書かれた一冊である。『「わかりやすく教えれば、教えた内容が学び手の脳に移植されて定着する」という考えは幻想であることは認知心理学の常識なのである。』といったり、多読がそこまで良くはない理由を解説したり、一般的に良しとされる学習法から離れたやり方を語っている。

特徴としては、「何が合理的な学習方法なのか」を披露するだけではなく、「なぜそれが合理的なのか」という根拠を説明しているところにある。だから、これを読んだらなぜ一般的な英単語の学習法(たとえば、英単語と日本語の意味を両方セットで暗記していく)が成果を上げないのか、その理屈がわかるはずだ。認知科学のバックボーンから出てくる独習法も納得のいくものばかりである。僕も様々な理由(英語圏Vなどの英語が聞き取れるようになりたい、洋書のSFやノンフィクションを読みたい)から30を超えてなお英語を勉強し続ける日々であり、大変有益だった。

スキーマの違いが学習を妨げる

認知科学的に最適な学習とはどういうことなのか。いくつかの概念を通してそれを説明していくわけだけれども、中でも重要なのはスキーマだ。スキーマとは体系化された知識のまとまりであり、その詳細が意識されることはない。母語をしゃべる時に、主語がこれで述語はこれで……と考えたりしないのと同じことだ。文法を知識として知っていることと、文法を使いこなすことはまったく違うことだ。

本書では、スキーマを通して言語を学習するとはどういうことかについて、最初に英語の可算・不可算文法を通して説明している。可算・不可算文法の定義はシンプルだ。数えられるものが可算で、数えられないものが不可算。可算名詞で一つなら名詞の前にaがつき、複数なら名詞の語尾にs、不可算名詞には付けない。シンプルなようだが、これがなかなか面倒くさい概念だ。たとえば、名詞で表される概念は、可算・不可算のどちらかに分類されなければならないが、使い分けが難しいケースもある。

キャベツやレタスはどちらも使われるし、idea(可算)やevidence(不可算)といった抽象概念も可算・不可算で判断する必要があり、判断が難しい。母語の学習過程を考えてもらえればわかると思うが、英語を母語として学習する子供は、名詞を覚えて後からそれが可算なのか不可算なのかを覚えるわけではない。aがついているか、sがついているのか、何もついていないのかといった(当然そこに冠詞なども絡んでくる)文脈と文章におけるかたまりごとに覚えていく。そして、かたまりごとに覚えていくうちに、そこに可算・不可算といった区別が存在することにいつか気がつく時がくる。

つまり、母語を覚える子供はスキーマを自分で作り上げるのである。スキーマが形作られると、今度はそれに基づいて意味の推論が行われる。teaと言われた時、可算・不可算文法を熟知していれば、その文脈の中でteaが液体としての中身(不可算)の方を指しているのか、コップ(可算)の方を指しているのかが自然と判断できる。そして、可算・不可算の形に常に注意を向けているから、ideaやevidence,jewelly(宝石。数えられるように見えるが、実際には不可算名詞)のような場合分けの難しい名詞が出てきた時に、その用法を聞いてああ、これは可算/不可算なのね、と深く納得する。

日本語では、ある名詞が数えられるか否かで何も変化しないので、文法的に意識することはない。『このため、日本語話者は、英語話者のように名詞の文法形態に自動的に注意を向けるということをしない。これが英語の名詞の可算・不可算を覚えることを難しくする。』英語を読んだり聞いたりした時も、名詞の意味にばかり注意を向けて、可算・不可算の形態に向かないので、いつまで経っても覚えられないのだ。

誰もが母語に対しては豊かなスキーマを持っているのだが、そのことを知らずに、聴いたり読んだりしたことを理解したり、話したり書いたりするときに無意識に使っている。暗黙の知識を無意識に適用しているので、外国語の理解やアウトプットにも母語スキーマを知らず知らずに当てはめてしまうのである。

単語について

重要なのは単語もだ。ある単語がどのくらいフォーマルかという感覚は、意味だけみていたらわかりづらい部分だ。日本語でいえば、「選ぶ」と「選定」は辞書的にはほぼ同じ意味になる。しかし、友人同士が学食で話していて「先に席とっとくからお前早く選定してこいよ」といったら「お前はアーサー王かよ」とツッコミが入るだろう。意味は同じでも、使うシチュエーションは異なることが日本語話者にはわかる。

つまり、ある単語を使うときにはその単語の意味を知っているだけではダメで、その単語の類義語、その単語の使用頻度、どのような文脈で使われるのか、といった氷山の下の広い知識が必要になってくる。日本語でカンガルーが歩く、と言われたら違和感を覚えるが、それは普通、カンガルーは跳ぶからだ。それに違和感をおぼえ、跳ぶを使うためには、日本語には移動するための動詞に、歩く以外に跳ぶだとか這うだとか走るだとかがあることをしっていなければならない。

では、どう学習すればいいのか

では、どう学習するのが最適なのか。そこは本書の肝の部分なので、詳細に紹介はしないけれど、単語学習で一つだけあげると英単語と日本語の意味の関係性を調べるだけでは不十分である。英単語の類義語を調べ、使われるシチュエーションや一緒に使われることの多い単語を調べと、単語の周囲の世界も含めて調べる必要がある。

本書ではいくつかの英語学習に最適なwebサイトが紹介されているが、「SkeLL」は、英単語を入力すると大量の類例、共起される言葉、一緒に使われることの多い単語を視覚的にわかりやすく表示してくれる優れたサイトだ。たとえばevidenceを入れると、類義語にはinformation,knowledge,statement,analysisという情報や知識、分析に関連した単語が並ぶ。共起語にはsuggest,support,present,provideといった単語がそれぞれ表示されている。これを繰り返していくと、一つの単語を覚える過程で他何十もの単語をその関連の中で頭に入れていくことができるだろう。


日本語と英語のようにスキーマが大きく異なる言語圏だと語学学習については高いハードルになる。しかし、その違いをきちんと認識して、これまで見過ごしてきたスキーマに意識を向けるようにすれば、その差は乗り越えることができるはず。そう実感させてくれる、心強い新書であった。

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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『決定版-HONZが選んだノンフィクション』発売されました!