『起業の天才!』リクルート創業社長、江副が社会を不安がらせた理由

中野 亜海2021年03月12日 印刷向け表示
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起業の天才!: 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男
作者:大西 康之
出版社:東洋経済新報社
発売日:2021-01-29
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世代的に、リクルート事件のことを知らない。むしろ、就職氷河期世代の私にとってのリクルートといえば、「エリート学生を超青田買いしている会社」といった印象だ。「すごい成果主義なんでしょ?」「定年退職までいられなくて、入社したら必ず独立しなきゃいけないんでしょ?」と、私も、周りも大学生たちは思っていた。

しかし、読み始めてまず最初に思ったことはひとつだ。「この時代に生まれていたら、絶対リクルートに就職したい」ということだ。こんなに魅力的で、男女平等で、社長が作る仕組みが秀逸で、そして何より、仕事が楽しそうな会社はない。

この本は、3つのパートに分かれている。
第1部は、江副が「東大新聞」のサークルからリクルートを起こし、それが売上高100億円規模になるまで。
第2部は、江副が闇落ちしていくまでの危うさ。
そして第3部が、リクルート事件だ。


第1部は、とにかくさわやかで、日本が上向きだった時代のことが書いてある。「オレは平凡だから、それをカバーできる人材を」と、自分より優秀な仲間を集め、起業にのりだす江副のカリスマがかっこいい。


江副の学生時代は、朝鮮戦争の特需で息を吹き返し、これから高度経済成長を迎えようとしていた時代だ。つまり、企業は新入社員を求めていたが、どうやって学生を集めていいかわからなかった。そんな時に、大学新聞に求人情報を出すーー。儲からないわけがない。こうして、新興のリクルートが、ザコみたいな老舗出版社を蹴散らし、どんどん大きくなっていく。


「リクルートブック」成功の次は「住宅情報誌」。空前のマンションブーム到来の直前、江副は「デベロッパーと家を買いたい人」の間に直接情報をやり取りできるものがないことに気づく。大きな買い物をするにも関わらず、地域の不動産の情報は不動産会社しか持っておらず、買う方はわざわざひとつひとつ見に行って買うしかなく、またデベロッパーは、広く浅くしかまけない新聞広告に高いお金を払わされるしかない時代だった。そんな中、この「住宅情報」が売れないわけがない。

ここまで読んで、amazonやGoogleを思い出す人もいるはずだ。「顧客に最も得になることを、格安で提供する」。これができる会社が大きくならないわけがない。しかも、江副の経営方針は、「会社の主役は一人ひとりの社員」。新入社員でも、まるで自分が社長のように振る舞うリクルートの社員たちは、他の会社と比べて、めちゃくちゃ働く。

人材マニアのような江副は、優秀な人をどんどん採用する。高学歴、男性をとる他の会社を尻目に「大学にいけなかった優秀な人」「女性だというだけで就職できなかった人」をどんどん入れ、能力主義で出世させていく。そういう人たちが、一生懸命働かないわけがない。こういう人たちが、社長を「江副さん」とさん付けで呼び、意見をバンバン言って働きまくる様子は、胸がすく思いがする。結局、新しいサービスや会社が出てくると、いつの時代も人は不安になるんだな、と思う。

優秀な社長は、時代を読む力が優れているが、江副も就職、住宅を読んだだけでなく、ウェブの時代がくることもいち早く見越していた。一台10億円のスーパーコンピューターを2台購入、それ以外にもたくさんのスパコンをとりそろえ、クラウドでサービスを提供する、まるで現在のアマゾンのクラウドサービス、AWSのような構想もしていたという。現在のAWSは、アマゾンの売り上げの屋台骨である(くわしくは『amazon 世界最先端の戦略』(成毛眞著)を参考にどうぞ)。


江副の周りを固める脇役もすごい。リクルートがまだ大学生たちの運営だった時代には、同級生の森稔に格安でビルの屋上を借り(森はのちの森ビル会長)、立花隆が大学生のときにアルバイトをしていたり、アマゾンのジェフ・ベゾスが少しの間部下だったり、大河ドラマもびっくりのメンバーだ。

そして、第2部は、江副の危うさと、それと反するようなリクルートの隆盛が描かれる。リクルートが地位を築いた理由は、モノを作る企業が偉かった産業主義に変わって、「情報」が商売の主流になった時代だったからだという丁寧な説明が入る。

この本は、きちんと「この時代の背景はこういう流れで」というかなり引いた目線からのまとめが要所要所にあり、その時代を知らない読者に極めて読みやすい。
たとえば、アメリカでは、巨大製造業がインターネット革命を経て、GAFAに主役の座を奪われ、アップルやグーグルが新たな時代のヒーローになった、という著述の後に、この文章がくる。


だが、日本では「第二の波」が「第三の波」を押し戻した。「産業化主義を存続させようとする人」が岩盤のように立ちはだかり、変化を拒んだのだ。振り返れば、これが日本経済の長き敗北の始まりだった。

明治維新の話なのかな? と思うくらい、かっこいい。坂本龍馬も同じ理由で死んだような気がする。いつの時代も、心の狭い妬みのひどい人間が、新しい改革者の邪魔をするのだ、思った頃には、すっかり江副のファンになっている。

江副には、嫌なところも可愛いところもあり、たとえば愛人を社内アルバイトで雇っていたことが社員にバレたときに、「知らん顔をしておけばいいのに」という側近を無視して、慌てて女性社員を集めた釈明と謝罪の会を開いたりしている(そして彼女たちに冷たいまなざしを向けられている)。

だから、ここまで読むと、もう江副が逮捕される第3部は涙なしには読めない。追いつめられる江副にハラハラして、一気に読みふけってしまった。「当時の日本は、未公開株を配ることが賄賂に当たる、という解釈は一般的ではなかった」というとおり、警察も検察も当初は逮捕をあきらめていた。しかし、朝日新聞による、「限りなくグレー」キャンペーンによりヒステリー状態になったメディアと世論の中、江副は自ら墓穴を掘り、それが逮捕劇につながる。そしてもちろん、江副は限りなくグレーではあった。


しかしリクルートは日本の求人情報の大半を一手に握るプラットフォーマーであり、高次元のモラルが求められる立場だった。そこに考えが及ばなかった江副は知らず知らずのうちにダークサイドに堕ちていく。

という一文が入る。そうか、会社が大きくなったらモラルがないとだめなんだ! などと教養的に読めるのもこの本の面白さだ。
リクルート事件の最中、もちろんリクルートもリクルートの社員も叩かれて叩かれまくる。『住宅情報』もいつ、業界トップの三井不動産が広告掲載をストップするか戦々恐々としていた。しかし、三井不動産が掲載を取りやめたのは、たった一号のみだった。


しかし、今や『住宅情報』は日本の不動産市場でデベロッパーと消費者を結ぶ必要不可欠なメディアである。高橋ら若いリクルート社員の頑張りを認めていた副支店長は、1号だけ掲載をやめることを「けじめ」とし、あとは従来通りの付き合いを続ける決断をしたのだ。

その通り、世論がリクルート叩きに躍起になっていた1989年に、なんとリクルートは過去最高の経常利益だったという。いくらメディアが反リクルートの空気を作っても、報道に熱狂した国民も、一方で『ビーイング』『住宅情報』『エイビーロード』は買い続けたのだ。結局、本質をついた仕事がいちばん強いんだとつくづく思う。
その後、1992年、バブル崩壊に伴って、リクルートはダイエーの中内に買われるが、ここにもドラマがある。とにかく、ここでも江副の「人を見る目」が光っているといえる。
 
この本は、第1部でベンチャーのリクルートという会社に惹かれ、第2部でハラハラし、そして、第3部で怒涛の展開に涙するという、間違いのない本だ。ビジネス書なんだかノンフィクションなんだかわからない本書だが、それが魅力である。読んだあと、さわやかなやる気が出る一冊だ。
 

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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『決定版-HONZが選んだノンフィクション』発売されました!

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