『探偵はここにいる』解き明かされる探偵たちの実像、妖しい不倫現場、そして社会の闇の断片

西野 智紀2021年05月20日 印刷向け表示
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探偵はここにいる
作者:森 秀治
出版社:駒草出版
発売日:2021-04-28
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探偵の人生にじっくり焦点を当てた本をずっと読みたいと思っていた。フィクションではなくノンフィクションでだ。結論を先に書いてしまうと、大満足の読書となった。

詳説していこう。本書は、表舞台ではまずお目にかかることのないリアルの探偵9名(と依頼者1名)にインタビューを行い、彼らの仕事内容と複雑な半生を解き明かしたルポルタージュである。著者はフリーランスの編集者でありライター。友人の編集者から本書の企画を持ちかけられ、3年かけて完成させたそうだ。

日本人の不貞状況や探偵業界を律する「探偵業法」に関しては、評者が昨年書いたこちらの本のレビューをご参照いただきたい。本稿では探偵の話に着目するが、探偵社への依頼の7割以上が不倫・浮気調査であるため、本書も実質的に不倫現場ノンフィクションの様相を呈している。

さて、他人の情欲まみれた世界を影ながら追跡するのが基本業務なだけあって、探偵業は非常にハードである。

第一に、依頼によって24時間どこにでもシフトが入るから、このうえない不規則生活となる。一週間帰宅できないこともザラにあり、当然のごとく恋人はできにくく、結婚生活などままならない。若いうちはそれでもなんとかなるが、年齢が上がれば上がるほど肉体的にキツくなっていく。

第二に、気の抜けない長時間の張り込みがつらく、また尾行もテクニックと臨機応変な判断を求められるため、一カ月も経たずして音を上げ辞める者も少なくない。人の暗部や恥部を覗き見し続けて精神的に参ってしまう探偵もいる。3年も続けられれば珍しい例である。

こういった特殊な業界だけあって、そこで働く人々の経歴にも順風満帆とはいかない人生模様が滲む。これがなんとも味わい深く、読ませるのである。

一番手に紹介される真鍋は1971年東京生まれの探偵社社長である。10代の頃は厳格な父親に強く反発しながら過ごし、高校卒業後21歳で自動車整備の会社を興す。これが大当たりし、毎日30~50万の金が入ってくるようになった。一時は父親の収入を遥かに超える額を稼ぎ、高級車を乗り回し、キャバクラで散財する日々を送った。まさしく絶頂期だった。

しかし、時代の変化や法整備等で仕事が激減し、31歳のときに計画倒産。やる気を失い、鬱病となり、2年ほどひきこもった。父親は「だからいっただろ」と一言たしなめるのみだった。

色々と失敗している人のほうがいいんですよ。履歴書を持って行った探偵社の社長は真鍋にそう言って、幹部候補として迎え入れてくれた。33歳の春だった。そこで12年働き、その後フリーとなって仲間とともに新たに探偵社をつくる。弱りきった人を助けるのは人として普通のこと、と彼は語る。仁義に厚く、貫禄ある人物であることが窺える。

1988年生まれの田淵は、子供の頃からオカルト好きで、ヤクザの下部組織で仲間とともにヤンチャしたり、軽犯罪に手を染めたりと、嘘つきのお調子者として生きてきた。

23歳のときに探偵社に就職し、他人の悪事を暴く秘密警察のようなその仕事にのめり込む。が、生来の飽きっぽさで一度は辞めてしまう。その後、ヤンチャ仲間を裏切る真似をして地元の居場所を失ったり恋人のヒモ生活をしたりと紆余曲折を経て、東京にて再び探偵となった。

本書の帯にも書かれた、探偵についての田淵の言葉と著者の表現が唸らされるので、引用してみよう。

根っからの嘘つきは、探偵の仕事を「嘘をついて人の嘘を暴く仕事」といい放つ。対象者は何かしらの嘘をついている。浮気をしている嘘もあれば、会社や婚約者、家族を騙している嘘もある。自分の身分を隠して近づいていく探偵も嘘つきであれば、対象者も嘘つきなのである。

一方で、探偵を辞する直前の者もいた。1990年岡山生まれの吉村は、辞める三日前に著者の取材を受けた。シャイで引っ込み思案な性格で、大学進学までは順調な人生だったが、ホームシックと勉強への意欲喪失から中退。実家に戻る。その際、高校時代仲の良かった女の子と初体験をし、自分の中の性欲に火がつき、出会い系サイトに熱中するようになる。

サイトで知り合った女の子と会うため各地に車を飛ばす日々が半年ほど続き、これではダメだとようやく一念発起して上京。「探偵」の字面に惹かれ、門を叩いた。――が、結局この仕事は体力的につらく、プライベートで女の子と遊びたい気持ちを優先したのだった。

軸がなくうわついた来歴に思えるが、著者は「若者らしい器用さがあり、自分の欲を優先する逞しさも併せ持ち、見知らぬ女性と会ったりスパッと仕事を辞めたりする大胆さもある」と、温かみのある人物評をしているのがおもしろい。

そのほかの探偵の身の上もユニークだ。テレビドラマ『探偵物語』の松田優作に憧れて探偵を志し、様々な艱難辛苦を乗り越えてきた50歳のベテランハードボイルド探偵。警察官になりたかったが採用試験に落ち、似たような仕事として探偵を選んだ若い女探偵……。こうして見てくると、取材対象者にこれだけ赤裸々に自分の人生について語らせる著者のインタビュー技術にも圧倒される。

ビジュアル系バンドのベーシストとして長らく活動し、出会い系アプリの運営や地下アイドル事務所の経営を経て探偵社の内勤に就いた男性は、アウトローな人間をあまた見てきた経験をもって、こう話す。

極端な話、大学を卒業して役所で10年間働いてきた人には務まらない仕事だよ。

探偵たちの色とりどり体験談も興味深い。尾行がバレて通報され現れた警察官に慰められる、対象者を追って急遽海外に飛んで四苦八苦、などなど。また、対象者のインスタグラム・フェイスブックのチェックはもちろん、特別仕様のカメラでイチャイチャのやり取りをしているLINE画面まで撮影可能といった調査手法も驚きの連続だ。

欲求昂る逢瀬、家族への裏切り、背徳感。不貞の現場では人の欲望が激しく蠢くが、それを追う探偵もまた込み入った感情や他人には言いにくい恥部を抱えている。この本にはそうした現代社会の闇の断片が横溢する。やましい好奇心を心ゆくまで刺激される一冊である。

探偵の現場 (角川新書)
作者:岡田 真弓
出版社:KADOKAWA
発売日:2020-02-08
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作者:成毛 眞
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