そうだったのか! 新しい知識を得る快感ここにあり『西暦一〇〇〇年 グローバリゼーションの誕生 』

仲野 徹2021年05月27日 印刷向け表示
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西暦一〇〇〇年 グローバリゼーションの誕生
作者:ヴァレリー・ハンセン
出版社:文藝春秋
発売日:2021-05-13
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本を読む楽しみはいくつもあるが、全く知らなかった知識を得るのは最大の醍醐味ではないか。この『西暦1000年 グローバリゼーションの誕生』は、そんな一冊。これまで脳に蓄えてきた常識が一気に覆さえていくような快感を味わうことができる。

一般的にグローバリゼーションといえば、15世紀中頃の大航海時代から始まるとされる。しかし、この本の著者、イェール大学歴史学教授のヴァレリー・ハンセンによると、それは西欧中心史観にすぎない。それより400年以上も前、西暦1000年頃にグローバリゼーションは始まりをつげていたという。

それは、なにかが発明されたことによって始まったわけではない。「中世の温暖期」を迎え、農業生産が向上し、人口が増えたという要因が大きい。あくまでも推測であるが、当時の世界人口はおおよそ2億5千万人とされている。もちろんグローバリゼーションといっても、外国の品物が店先に並んだりというようなものではない。しかし、間違いなく、遠く離れた国々と交易を始め、繁栄した人たちがいた。

西暦1000年といえば、日本は平安朝、中国では宋の時代である。ヨーロッパではまだ「国家」は成立しておらず、イスラムが一大勢力だった。なので、そのグローバリゼーションのキー・プレーヤーは中国人、インド人、アラブ人だった。ヨーロッパ人としては、バイキング(スカンジナビア人)が参加していただけだ。そのバイキングの北米大陸への進出から、この本は始まる。

「東洋の国と思ったコロンブス」アメリカ大陸は、コロンブス(実際の名は「コロン」)によって1492年発見されたと歴史の教科書は教える。しかし、そのはるか前に、ノース人(古代スカンジナビア人で、バイキングはノース人による海賊集団)がヴィンランドという入植地を、米国との国境近くのカナダ東岸、おそらくニューファンドランド島に築いていたのだ。

正式な記録はないが、1000年頃の航海を描いた「サガ」が語り継がれている。そんなもんあてにならんだろうと思われるかもしれないが、ふたつのサガに一致する内容があり、その内容を裏付ける考古学的資料も発見されている。さらに決定的な証拠がある。バイキングの入植地にあった小屋が発掘され、その建物には、当時北米大陸では作ることができなかった鉄の釘が使われていたのだ。

サガがどれくらい正しく記録しているかは判断が難しいだろうという気がするのだが、けっして荒唐無稽な話ではなく、場合によってはかなりの信憑性があるらしい。また、あるサガによると、ノース人との最初の出会いはむちゃくちゃだった。いきなり現地の人を殺しているのだから。しかし、次第にうちとけ、交易が始まり、入植地をつくるにいたった。グローバリぜーションの始まりだ。

驚くのはまだ早い。もしかすると、バイキングがマヤ文明の都市国家チチェン・イツァで捕虜にされていた可能性すらあるという。それは、「戦士の神殿」の入り口に描かれている奇妙な人々の壁画を根拠とした説だ。見かけ、肌や髪の毛の色がノース人のようなのだ。それだけだと単なる偶然、悪戯的なものかもしれない。しかし、その壁画にはマヤには決して存在しなかったとあるものも描かれている。その壁画が描かれた時代はノース人が北米に到着した時代と一致する。

これだけで断定できるわけではないが、著者は可能性が高いとしている。なんだか、宇宙船や宇宙人を見た、と言われているような気がしないでもないが、解説を読む限りは信じておきたくなる。当時すでに、チチェン・イツァは3600㎞も離れた場所にあるチャコ・キャニオンとチョコレートやコンゴウインコの交易がおこなわれていたことが証明されているのでなおさらだ。

バイキングを含むノース人がグローバリゼーションや世界史においていかに大きな役割を果たしたのか、まったく知らなかった。かなり暴力的なやり方であったが、その組織力は際立っていたようだ。そのノース人たちは西だけではなく東へも向かい、東ヨーロッパでも新たな交易路を開拓し、ルーシ人と呼ばれるようになる。そのルーシ人たちはほとんどが男性であり、現地に溶け込んでいった。ルーシがロシアの語源となったのはそのためだ。

ルーシ人たちの重要な「商品」はなんと奴隷だった。当時の二大都市、コンスタンティノープルとバグダッドでは奴隷の需要が高かったからである。そこで取引された奴隷の多くが東ヨーロッパ出身者であたため、スラブ人を表すギリシャ後である「スクラボス」が語源となって「スレイブ=奴隷」という意味を持つようになったという。どんだけたくさんの奴隷がいたんだろう。

これが第四章までのあらすじだ。そして第五章「世界一の富豪王」では、当時のアフリカでの金や奴隷の交易が、第六章では、グローバリゼーションによる「二大宗教ブロックの成立」として大陸がイスラム教と仏教に大きく二分されたことが描かれる。

第七章「驚嘆すべき大航海」では舞台が東南アジアと南アジアに移る。ヨーロッパ人がインド洋にあらわれたのはヴァスコ・ダ・ガマが最初だから1500年前後のことである。しかし、それよりはるか昔、1000年前後からすでに、マレー半島とマダガスカル島間、6500㎞もにおよぶインド洋での航路は開かれていた。アンコールワットなどで知られるアンコール朝もさまざまな交易をおこなっていた。

その東南アジア交易路、1000年まではインドとの間が中心であったが、それ以降の対象は中国へと移っていく。第八章は、いよいよ当時のグローバリゼーションの真打ち、宋についてである。その章、まずは源氏物語、光源氏が使った「香」の話から始まる。それがいかにして日本へ運ばれたか。また、紙幣を「考案」した宋ではそれまで用いていた銅銭が不要になり、その結果、宋銭が流入していかに日本が変わったか。このふたつのことからだけでも、宋という国がいかにグローバルな影響を及ぼしたかがわかる。いやはや全編通じて、じつにダイナミックな考察のオンパレードだ。

ヴァスコ・ダ・ガマが新航路を開拓したのは、喜望峰を通過するところまでだった。そこからあとは、アフリカ東海岸の港町とインド洋の港町を結んでいた、ペルシャ湾-中国間航路を進むだけだった。

なるほど、だから15世紀のグローバリゼーションは一気に進んだのか。あの鄭和の大航海も、中国から東アフリカにいたる海の交易路がすでに成立していたからこそ実現できたのだ。覚えておかなければならないのは、西暦1000年以来、グローバリゼーションによって利益を得た人がいれば失った人がいたということだ。この本の最後はつぎのように結ばれている。

新しいものを受け入れた人々は拒絶した人々よりも遙かに大きな成果を収めた。千年前も今も、それは変わらぬ真実である。

好むと好まざるに関わらず、グローバリゼーション1000年の歴史を経て、この考えを受け入れざるをえないのが現代なのだろう。

 

図説シルクロード
作者:ハンセン,ヴァレリー
出版社:原書房
発売日:2016-06-20
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 著者、ヴァレリー・ハンセンの前著。この本を執筆中に今回紹介した本の着想を得たとのこと。
 

世にも奇妙な人体実験の歴史 (文春文庫)
作者:ノートン,トレヴァー
出版社:文藝春秋
発売日:2016-11-10
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 訳者の赤根洋子さんはおもしろい本をたくさん手がけておられます。これもその一冊。ちなみに、わたしにとっては初めて本の解説を書かせてもらった思い出の本。朝日新聞の読書欄で出久根達郎さんに「仲野徹の解説も要領よく秀逸である」と書いていただいたのが自慢。すごく自信がつきました。
 

闇の脳科学 「完全な人間」をつくる
作者:フランク,ローン
出版社:文藝春秋
発売日:2020-10-14
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 同じく、翻訳・赤根、解説・仲野コンビの本。というほどたいそうなことはないですが、むっちゃ面白い本です。解説はここで読めます。

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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『決定版-HONZが選んだノンフィクション』7/7いよいよ発売!

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