『仕事のアンラーニング 働き方を学びほぐす』捨てる学びで、古いパターンを捨てる

2021年7月6日 印刷向け表示
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仕事のアンラーニング -働き方を学びほぐす-

作者:松尾 睦
出版社:同文舘出版
発売日:2021-06-17
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 コロナ禍が契機となり、自宅からでも学ぶことができるオンライン動画学習やコーチングサービスが活況に沸いている。学びたいけれど、時間がない、高額で払えない、仲間がいない、という悩みが解消され、学び直す人が増えているようだ。

新しい知識や技術を手に入れ満足はしたし、アウトプットや小さな実践・副業もした。だけれど、仕事が忙しくなって、元の木阿弥になってしまった。もし心あたりがあるなら、アンラーニング(unlearning)という言葉に注目してほしい。

アンラーンは「学びほぐし」と訳される。型どおりにセーターをあみ、ほどいて元の毛糸にもどして自分の体に合わせて編みなおすようなイメージである。身につけた自分の仕事や学びの型を問い直し、解体して、組み替えることである。さらに強く言えば、成功パターンや古くなった能力・知識を捨てることである。

自分を変えることはとても難しい。自分のスタイルや型に安住していたほうが不安も少なく、快適である。しかし、過去の業績にあぐらをかいてしまって「昔はすごかった」と言われる化石のような存在になってしまう不安もないだろうか。かのドラッガーも成功体験を捨てる難しさを指摘している。

完全な失敗を捨てることは難しくない。自然に消滅する。ところが昨日の成功は非生産的となったあとも生き続ける

企業経営においては、アンラーニングは変化する環境に適応する上で、重要性が指摘されてきた。マクロで見れば、充分な利益が出なくなった事業を捨て、新しいセグメントに事業を転換し、成長し続けることであり、ミクロで見れば、その変化に伴い、新しいルーティンを取り入れるために古くなったルーティンを捨てることである。

では、個人のアンラーニングは企業経営と同じように考えることができるのか、それとも違った考えが必要なのか。実は個人レベルでのアンラーニングに関する実証的な研究は始まったばかりであり、プロセスは十分に解明されてはいない。本書は実証に基づいた先駆けとなる一冊だ。

アンラーニングの特徴は偶然ではなく、意図的なプロセスであることだ。加齢とともに、知識が抜け落ち、使わなくなった英語や技術が衰退していくことはあるが、意図的に捨てることは滅多にないだろう。知らぬ間にこびりついた癖に目を向けることから、アンラーニングは始まる。

きっかけは外部からもたらされることが多い。昇進や部門移動、家庭の事情などの「状況の変化」が7割、上司・同僚・部下・取引先などの「他者の行動」が2割であり、研修・勉強会・書籍などが1割である。環境の変化によって生まれた葛藤や疑問がきっかけになるようだ。しかし、アンラーニングは環境が変われば、自然とできるようになるわけではない。繰り返しになるが、意図的なプロセスである。信念として固着した古い成功モデルを捨て去り、いつも得意な型に逃げないように踏ん張るためことは容易ではない。技術や周囲の理解が必要である。

特に仕事の上で、身近な存在である上司の背中の影響は大きい。上司が「探索(実験的試みを通して新しい枠組みを見つけようとする活動)」に重きを置くのか、「活用(既存の枠組みにおいて業務を改善・拡張する活動)」に重きを置くのかで、違いは大きい。「活用」と「探索」のバランスを取りながらマネジメントすることは「両効きの経営」と呼ばれ、個人レベルでも検討されている。なお、多くの企業は、「探索」よりも「活用」を重視する傾向がある。短期的な利益が期待できるのが活用だからである。

では、「活用」重視の上司と「探索」重視の上司では、どのような影響が出るのだろうか。探索活動をする上司の背中を見た部下は、その学びの思いを模倣し、内省やアンラーニングへと導かれる。逆に言えば、部下にアンラーニングを促したければ、上司自らが仕事で新しいチャレンジし、学びの姿勢を背中で見せれば良いのである。

アンラーニングを促した結果、仕事や職場への取り組みはどうなるのだろうか。副業や転職活動に力を入れてしまう部下が続出するのか、それとも仕事への働きがい(ワーク・エンゲージメント)を見出し、コミットメントが上がるのか。研究結果によれば、アンラーニングをする人ほど、生き生きと働いている。さらにワーク・エンゲージメントの高まりは、職務への満足度、組織への愛着も強まることが従来の研究結果から明らかになっている。

本書は組織内で働く個人が主たる研究対象であり、事例として紹介されている。それは組織ではままならない制度やルーティンが多く、思考停止したほうが楽であり、易きに流されやすいからだろう。だからこそ、アンラーニングが求められる。副業やフリーランスでは、自分の型や強みを活かしつつも、時代や飽きにあわせてアップデートするタイミングがやってくる。そのときにすぐに手に取れるよう、棚にストックしておいてはいかがだろう。

職場が生きる 人が育つ 「経験学習」入門

作者:松尾 睦
出版社:ダイヤモンド社
発売日:2011-11-26
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ワークショップと学び3 まなびほぐしのデザイン

作者:
出版社:東京大学出版会
発売日:2012-09-26
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両利きの経営

作者:オライリー,チャールズ・A. ,タッシュマン,マイケル・L.
出版社:東洋経済新報社
発売日:2019-02-15
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決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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