本を実体験につなげてみた! 磯とラボでの1日体験

2021年11月24日 印刷向け表示
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カイメン すてきなスカスカ (岩波科学ライブラリー)

作者:椿 玲未
出版社:岩波書店
発売日:2021-08-06
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  突然ですが、浦賀駅に向かっています。車中のお供はこちらの本です。 

浦賀といえば、江戸末期に黒船がやってきたことで有名ですが、訪れるのは初めてです。うんちの本がまだ途中ですが、浦賀駅につきました。

朝の弱さが尋常ではない私がなぜ早起きをして午前9時前に浦賀にいるのかというと、潮が引くのが10時頃だからです。

じつはこの日、私はかねてより考えていたことを実行に移しました。それは、「本と実体験をつなげてみよう」という実験です。私は本をつくることを生業にしていて、なかでも自然や生き物に興味がありますが、他社で活躍する同業の仲間たちからも「手軽にできる観察方法や実験を紹介しても、実際にやってくれる人はほとんどいない」という嘆きをよく聞きます。

本をつくる仕事をしているからこそ、「本からだけではわからないことがあるのではないか? 実体験が伴えば、世界はもっと違って見えるんじゃないか?」と、私も常々考えてきました。

それで、この日、企画・編集をした『カイメン すてきなスカスカ』の著者、海洋生物学者の椿玲未さんにお願いして、実際に海でカイメンを観察してみることにしたのです。

人がいっぱいいますが、生き物つながりの友人たちです。直前に誘ったのであまり参加する人はいないだろうと多めに声をかけたら、全員来てしまいました。

カイメンは海に行けばたくさんいるにも関わらず、ほとんど気づかれることはありません。そんな存在感のないカイメンですが、じつは最古の多細胞動物ともいわれていて、なんと1万年以上生きた個体もいるそうです。

カイメンってお風呂で体を洗うあれ?と思われた方。カイメンは英語でスポンジ。台所用のスポンジなどはカイメンのスカスカの構造を人工的に再現したもので、もともと「スポンジ(カイメン)」は生き物です。あの「スポンジ・ボブ」も、本来は海に暮らす海綿動物です。

浜につきました。砂浜の奥が、岩礁で磯になっています。海に観察に行くのに大事なのは、潮順です。よく潮が引く大潮のときに行けば、より深いところまで地上に露出します。生き物は深さによって棲息する種類が違うので、よく潮が引いているときのほうが、より多くの種類を観察できます。よく潮の引く日時を調べて行きましょう。

砂浜で、さっそくカイメンゆかりのものを拾いました。何かわかりますか? そう、貝殻です。表面のでこぼこに注目してください。海によく行く人なら、このような貝殻を見たことがあるかもしれません。じつはこれ、カイメンがあけた穴なのです! よく見ると、同じように穴のある貝殻がたくさん落ちています。

カイメンにはいろいろな種類がいます。これは穿孔カイメンという、貝殻やサンゴに穴をあけるタイプのものが棲んでいたあとなのです。穿孔カイメンは貝殻やサンゴを砕いてそれを海に戻すことで、生物がため込んだ炭素を海水中に戻して、海の物質循環に大きく貢献しているそうです。カイメン、ジミにすごい!

本をつくっているときに椿さんからこの穿孔カイメンが穴をあけた貝殻の写真を見せてもらったとき、私は思わず「おおおおお!」と声が出てしまうほど感激しました。子どもの頃から海で見てきた表面に穴のある貝殻、それがカイメンのしわざだったと初めて知ったからです。

実体験が知識とつながる感動、「本→実体験」だけではなく「実体験→本」というパターンも大事だ!と、実感した瞬間でした。

さて、いよいよ、カイメンの登場です。

はい、ジミですね。主人公の登場が肩すかしだったでしょうか? でも、浜に落ちているものだけでも、いろいろなタイプのものがいるのがわかります。生きているものは、この先の磯にへばりついているはず。

磯に放たれたその筋の人たちは、めいめいにカイメンを探します。潮だまりをのぞき込むと……

いました! 左がダイダイイソカイメン、右がキイロイソカイメンです。カイメンは目に見えない小さな穴から海水中の有機物を濾しとります。写真に写っている穴は出水孔で、ここから濾過した海水を吐き出しています。

こちらはクロイソカイメン。これも普通にみられる種ですが、このカイメンから乳がんなどの治療に効果をあげている抗がん剤が生み出されたことは、本でも紹介されています。カイメンはそのスカスカ構造にさまざまな化合物を含んでいて、薬学的に有用な物質も多いことが明らかになりつつあるそうです。

「わー、ダイダイイソカイメン、しぼってみて~!」「おおー、すごい水出る!」「ああ、そのひとしぼりで、スカスカの中に棲む何億という生命が~!」「しぼれって言ったじゃーん!」「このしぼった水が赤っぽいのは、カイメンの破片?」「あー、ニンジンと同じ色素、カロテンですねー」「黄色い方はやっぱり黄色い水が出るのかなあ?」「わー、黄色い水が出たー!」「ぎゃははー」

いい大人たちが謎の盛り上がりを見せたあと、ふと「ちぎってしぼったら、カイメン死ぬ?」と口にすると、椿さんから

「それは、個体の死ではない」

と力強いお答え。そう、本で予習済みですが、カイメンはすりつぶしてバラバラにしてもひとりでに細胞が再集合してもとに戻ってしまうほどの、恐るべき再生能力があるのです。

そんな彼らは本当に人間よりも「下等」なのか? 人間が汚した海の水を浄化してくれる彼らは、もっとリスペクトされてもよいのではないか? さっき、しぼっちゃったけど……。

さて、その筋の人たちは、嬉々としてさまざまな生き物を発見していきます。あ、3つ目の写真にはムラサキカイメンも写っています。

それにしても、アメフラシやヒザラガイがなぜか昔の少女漫画の「憧れの先輩」のようにキラキラと輝いて写るのか? 私の生き物への憧れが念写されているからでしょうか?(人間はキラキラ写らないのに!)

このとき、参加者の某作家さんが、「インスタで本の書影をあげている人たち、本の撮り方がうまいんですよ。本とそれに関連するものを一緒に撮影したりして、すごくオシャレで。本と著者と編集者で写真とりましょうか」と、写真を撮ってくれました。それがこちらです。

……いや、なんかその……「ワカメとってる地元の人たちの前に、本が見切れて写りこんでる」みたいな感じ……?

気を取り直して、観察は続きます。こちらの貝殻に注目! 穿孔カイメンがあけた穴がありますが、よく見ると、まだ生きた穿孔カイメンが入っているではないですか! 

黄色っぽいゼリー状のもので埋まっている穴がそれです。実物を見て、本のために描いていただいた穿孔カイメンの模式イラストが、科学的によく描かれていたことを改めて確認できました。

そしてなんと、落ちていたカイメンの中に、カイメンフジツボが見つかりました! カイメンは、そのスカスカ構造にほかの生物を多くすまわせています。また、ウミウシなどほかの生物のえさにもなっています。こうして実物を見ることで、生物同士のつながりを実感しました。

「カイメンの種類は不明です」「新発見の種、という可能性も?」「ええ、よく調べられていない分野ですから、やればパイオニアになれるかもしれない。でも、なりたがる人はあまりいないですね(苦笑)」

「満月を見ると、サンプル採りに行かなきゃー、って焦るんですよ。磯の研究者はみんなそうかも」

満月で心がざわざわするなんて狼男のようですが、満月の日は潮がよく引くのです。

それにしても、本で知識としてはカイメンフジツボを知っていましたが、椿さんが教えてくれなければ気が付かなかった。やはりよく知っている方と一緒にフィールドに出ると、見える世界の奥行が、全然、違うのですよね。

「いやー、私たち、カイメンを見る目が育っているね!」「もうあなたしか見えない、みたいに、もうカイメンしか見えない!」そんな会話をしていたとき。

椿さんが、泥岩の中にいたカモメガイを発見。泥岩は簡単に割れるので、割ってみると、コロンとこの貝が出てくることがあるのです。

カモメガイは、殻にあるこのサンドペーパーのようなザラザラでゴリゴリと泥岩を削って穴を掘るそうです。

海岸でこういう穴だらけの岩を見たことがある方もいるかもしれません。私はあれを「そういう種類の岩」と思い込んでいたのですが、じつはあの穴は、貝があけたものだったのです!

カモメガイの穴は結構深く、その使い古した巣穴には別の生物のすみかになったりもするそうです。あ、これにもカニが隠れていました!

              

生き物たちは複雑につながりあいながら生きている。本で読んだことを自分の目で見たり触ったりすることで、知識が血肉となって自分に定着していくような気がします。

このあと、泥岩割りにはまるその筋の人々。さっき、「もうカイメンしか見えない」とか言ってなかったっけ?

そのとき、「あ、すごい! 古い戸滑り!! 引き戸の下に入れて滑らせる道具です」

やけに漂着人工物に詳しい参加者。「磯遊び」「生き物好き」という同じ方向の趣味でも、みんな少しずつ守備範囲が違うので、それが視野を広げてくれます。この感覚は「読書会」に近いように思います。自分がしなかった読み方を誰かがしていて、「そういう読み方があったのか!」と目から鱗が落ちる。わくわくしますよね。

「そろそろ潮が満ちてきたので、ラボに移動しましょう」

そう、なんと贅沢なことに、採集したサンプルなどを椿さんがアドバイザーをつとめる海洋開発研究機構(JAMSTEC)のラボで観察させていただくのです!

名残惜しい磯からラボへと移動します。ちなみにJAMSTECは2013年にHONZメンバーでも見学に訪れています(そのときの記事はこちら)。 

久しぶりのJAMSTEC。うおおおお、船だあ、かっこいい~!

「ああ、“かいめい”が停泊していますね。……あれがどうしても“かいめん”って読めちゃうんですよね~」と椿さん。 

本当だ! 私もすっかり洗脳されて、もう「かいめん」にしか読めない身体になってしまった~。

ここで、有孔虫の研究者、長井裕季子さんと合流。長井さんはJAMSTECの「いきものがかり」。飼育している深海生物の水槽を見せていただきました。

大きな塊はマッコウクジラの骨で、巻きついているのがサツマハオリムシという環形動物です。もう10年ほどここで飼育されているそうで、JAMSTECを舞台にした小説『海に降る』ドラマ化のときに主役の女性パイロットを演じた有村架純さんも、このハオリムシを興味深く眺めておられたそうです。 

深海の熱水噴出孔周辺に生息するゴエモンコシオリエビの殻も触らせていただきました。

「私もう手を洗えない! 憧れの人と握手してもらったみたいな……」「でも、生きたのを手にのせると、熱くてすぐ死んじゃうんですよ」

こちらはシンカイヒバリガイ、やはり深海にすむ貝です。

「餌は?」「バクテリア共生なので、餌いらずなんですよ」「深海性なのに、水圧の少ない水槽で飼育できるんですか?」「外骨格のものは結構大丈夫ですね」

いろいろマニアックな質問が続き、みんなじつに楽しそうです。

さて、いよいよ先ほど採集してきたカイメンで実験と観察です。

水槽に入れたカイメンに、食紅をたらします。写真だとわかりづらいですが、水の出口の穴からの水流で、食紅が上へと上がって行きます。「カイメンがべん毛を動かして起こしている水流」と思うと、愛おしい気持ちになります。

さて、ここからは顕微鏡での観察。「有孔虫」をご存じない方もおられるかもしれませんが、ホシノスナ(星砂)なら見たことがあるでしょうか? 沖縄などのお土産で売られているあれです。ホシノスナも、有孔虫の仲間。下の写真は3つとも有孔虫で、左から、タイヨウノスナ、ホシノスナ、南米の有孔虫です。

有孔虫はじつは単細胞生物です。ですが、なかにはこんなに大きなものもいるそうです。

顕微鏡でも見せていただきました。

下の写真は、微小な有孔虫を3Dプリンタで大きく再現した模型です。肉眼での観察は難しいサイズですが、こうしてみるとその精緻なつくりに魅了されます。

そして、さきほどサンプルをとってきたカイメンたちも、さっそく観察してみます。カイメンは多くの種類が、骨片と呼ばれる小さなガラス質のかけらを持っています。この骨片が集まって体を支える骨格となるのですが、骨片の形や密度は千差万別。これがカイメンを同定する重要な要素にもなっています。

比較的骨片の密度が低いタイプ。

骨片の密度が高いタイプ。

骨片に砂のかけらを含むタイプ。

ジミなサンプルばかりだったのですが、顕微鏡を覗くと、その構造美に息をのみました。そして、椿さんの本の一節を思い出しました。

しかし地味なカイメンたちも、ひとたびその骨片に目を向けると、その外見に反して、息をのむほどに美しい造形を宿している。そんなカイメンを見つけると、世界でただひとり、私だけが周到に隠された重大な秘密にたどりついたような喜びがこみあげてくる。

ああ、こういうことなのか! 自分の新発見ではないけれど、これまで見たことのない自然の神秘を目前にした、震えるような喜び。研究者の醍醐味を、ほんの少しだけ垣間見たような気がします。

こうしてこの日のカイメン観察&ラボ見学は終了しました。何年かかけてカイメンの本をつくってきましたが、やはり実際に実物に接する感激がありました。でも、本の予備知識なしには、ここまで深く楽しむことはできなかったようにも思います。

本での知識と実体験、いずれも補完しあってより深い気づきにつながると、実感できた1日でした。出版もマルチメディア化が進んでいますが、もし今後機会があるなら、こうした本をテーマにした観察会なども取り組んでみたらおもしろいだろうなと思います。

椿さん、長井さん、同行してくれた磯友のみなさん、どうもありがとうございました!

今後の著者近影にぜひ使いたい、椿さんの写真。なお、2021年12月5日(日)13:00〜13:45、「いえもにあ」というイベントで、椿さんのオンライン講演があります。詳しくはこちら

JAMSTECは今年で創立50周年。記念グッズもいろいろ作成されているそうです。オンラインショップはこちら。
https://www.jamstecshop.com/

また、素敵なLineスタンプも下記で発売中だそうです!
https://store.line.me/stickershop/product/16736710
 

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 JAMSTECの女性パイロットが主人公の小説。

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