批判、嘲笑、挫折。底をつく資金 『ディズニーランド 世界最強のエンターテインメントが生まれるまで』

2022年1月17日 印刷向け表示
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よくできた物語は、幸せな家庭の食卓のようなものだ。誰かの意図によらず会話が転がって、やがては笑顔でつつまれる。破格の大事業を成し遂げた人の生涯も同じように、自力だけでなく何かに導かれるものなのかもしれない。世にも稀なる遊園地、ディズニーランドについて書かれたこの本を読んで私はそう感じた。

スティーブジョブズの本を読んだときにも、同じようなことを感じた記憶がある。一見、無秩序な選択のように見える点を結ぶと、最後には素敵な絵が完成するようなイメージだ。私の世代は夢に向かって直線的に努力する教育を受けてきた気がするが、トンデモない価値を生み出すためには何かの力に従うのが正義なのかもしれない。

今こそ読みたい、ディズニーランド誕生秘話

目の前で移ろうVUCAと呼ばれる海のうえにウォルトディズニーという船を浮かべて、本書を読み終えた私は今ぼんやりと世界を眺めている。その視界の先には「自ら好きなように生きて成功すること」や「自由に生きて夢をかなえる他者」をブロックしてはいけないという正義が、美しい水平線のように明瞭に広がっている。

いま日本は、新しい資本主義とかスタートアップ支援といっている。しかし果たして石にしがみついて偉くなった方々が、好きなことをし続けて夢の端を掴もうとしている楽しげな若者を心から応援してくれるだろうか。ウォルトがディズニーランドに心血を注いでいる時に、世間から浴びせられた冷や水の数々を私は思い出してしまった。

次世代の大きな成功の芽を摘むのは、古い時代の成功者なのだ。当時ウォルトに「誰が」「なぜ」「どんな」批判の目を向けたのかを、名も実もある方々が知っておくことは大きな意味がある。多少の悪事も厭うことなく登り詰めた、素晴らしき成功者の皆さまこそ本書を読んで反面教師にすると良いだろう。

そんな批判者が大勢いた一方で、ウォルトと夢を共にした人たちがいた。ロイ、キンボール、プライス、スカラー、バーンズ、ウッド、ガー、ヘンチ、ゴフ…前代未聞の大事業、ディズニーランドの立ち上げには多くの個性が何かに憑かれたように躍動している。それは自分でも他人でもなく、そのあわいにある「利他」に導かれた世界だ。

イメージ+エンジニアリング

彼らはウォルトが描いた「イメージ」を共有し形にしていった。その過程は、まさに今に続く「ディズニーイマジニアリング」だ。彼らの多くは、ウォルトが自宅の庭に敷設したキャロルウッドパシフィック鉄道のリリーベル号を体験している。献身する彼らの胸に宿りしものを思い、本書を読みながら、私は何度も恍惚とした思いにとらわれた。

しかしビジネスの世界は容易いものではない。当時アメリカの遊園地産業は、コニーアイランドなどの施設が時代遅れなものとなり、典型的な斜陽産業だった。あえてそこに巨額の資金をつぎ込もうとするウォルトに多くの有識者が白い眼をむけた。

映画の世界で成功をおさめながらもテレビに大きな可能性を見出していたウォルトは、出資を求めてテレビ局と交渉の席についた。ウォルトのコンテンツを放映したいテレビ局各社ではあったが、その条件である「遊園地への出資」がネックとなり次々と交渉が決裂していく。ただ、一社だけ反応が違う局があった。

それが、当時、崖っぷちの経営状況だったABCである。彼らは藁にも縋る思いでウォルトの提案に乗った。ランドに出資し、その見返りに番組放映を勝ち取り、そのうえ園内における食べ物店の収益を全額受け取ることになったのだ。これが後に巨額の利益を生んだ。

開園時の悪夢と熱狂

開園時にABCで生中継した『デイトライン・ディズニーランド』は、視聴率54.2%に相当し、月面着陸の視聴率よりも高かったという。ディズニーの歴史を語るときに忘れてはならない、記念碑的な番組だ。放送の裏側もふくめ、本書でも事細かに再現されている。

準備万端な開園ではなかったが、そこにはもの凄いエネルギーと熱狂がある。この開園日のドキュメンタリーを読むだけでも楽しい。ゲストはキャパを超え、乗り物待ちの行列はどこまでも続き、猛暑のなか子供たちの鳴き声がコダマし通路にはゴミが散乱していた。十分なもてなしを受けなかった記者たちは、全米に悪評をまきちらした。

世間からの批判と嘲笑、度重なる挫折に底をつく資金。私は長年衰退する業界にいて、コンサルタントと言われる人々の「月並みな」ただ縮小均衡へ誘うだけのご高見を耳にタコができるほど聞いてきた。この「悪夢の開園」を受けて彼らがどれだけ多くの快哉を叫んだか、容易に想像できる。しかし大衆は全く違う反応をみせた。

どれだけ悪評が垂れ流されても、子どもたちは期待に胸を高鳴らせ、親の袖をひっぱった。サービスの改善までには多くの時間を要したが、一つ一つ改善を重ねながら今も「未完成」のまま、ゲストの列は続いているのである。その熱狂の秘密を知りたい方は、ぜひ本書を読んでみて欲しい。

本書は「わかってないのは誰なのか」が学べる本

ウォルトの胸に全く新しい遊園地(テーマパーク)の構想が生まれ、彼はアナハイムに用地を買収した。資金を集めるためイメージ図が描かれる。アトラクションの模型が作られ、それをもとにランドが建設されていく。人材教育、テレビ番組、開業後のプラシング。その過程で綺羅星のごとき才能たちが続々と集まってくる。

言葉では何とも表しにくい力に導かれて、巨額の費用と多くの人たちの献身が捧げられた夢の国。この壮大なノンフィクションを読んで胸が躍るのは、私だけではないはずだ。世界を変えたいのなら、目の前の常識を覆す必要がある。常識に踊らされた凡百のコンサルタントたちの与太話などもううんざりだ。

ディズニーランドのメインストリートの窓には、ウォルトと長年一緒に働いた仲間たちの名前が今も掲げられている。しかしただ一人、お金がもとで彼と袂を分かったC.V.ウッドの名はそこにはない。彼は「ウォルトはテーマパークのことは何もわかってはいなかった」と批判し、遊園地を作るコンサルタントを始めたが大きな成功を収めるには至らなかった。

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