金言あふれる賢者ルービック伝『四角六面 キューブとわたし』

2022年5月27日 印刷向け表示
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作者: エルノー・ルービック
出版社: 光文社
発売日: 2022/3/23
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これほどシビれる本に出合うことはそうそうない。それは、真の知的好奇心と創造力を兼ね備えた上に深い思索をできる人がめったにいないからに違いない。そのような希有なる人物、エルノー・ルービック(正しい発音はルビク・エルネーらしいが)の自伝である。名前を見たらおわかりだろう。誰もが一度は手に取ったことがあるルービックキューブを発明した人である。

1944年、第二次世界大戦さなかのブダペストに、「多くを成し遂げてきたにもかかわらず、満ち足りることが決してなかった」航空機エンジニアの父と、父とは正反対の性格で詩人を目指した母の子として生まれた。

こういうタイプのご多分に漏れず小学校での勉強はあまり面白いと思わなかった。が、栴檀は双葉より芳し、タングラム15パズルといったパズルは大好きだった。なかでも「娯楽としての数学、興味深い幾何学問題との出会い」はペントミノ、さらにその立体形であるペンタキューブだった。どれも見れば知っているおなじみのパズルだが、説明すると長くなるので、興味のある人はリンク先を見てほしい。 

わたしたちの生活のほぼ全ての側面において、最も重要で難しい課題は、適切な問いを見つけることなのかもしれない

ルービックにとって、子どもの頃に興味を抱いたペンタキューブの先にあった問いが、後にルービックキューブと呼ばれるようになる「パズル」であった。デザインに興味があったルービックは建築を学び、大学で幾何学などを教えるようになる。 

好奇心とは物事を疑うことなくそのまま受け止めるのではなく、繰り返し基本を問うことだ

創造するには好奇心だけでは足りない。自身の能力に対する好奇心とも言える、内なる活力や野心が必要だ。自分に何ができるか知っているだろうか――本当に?

好奇心あふれるルービックだが、自分に何ができるかは知らなかった。なにしろルービックキューブがこれほどまでに大きな反響を引き起こすとは思いもよらなかったのだから。それは1974年の春、なんとなく、「八つの小さな立方体を、2×2×2の形に結合させながらも個々に動かせるよう組み合わせれば面白いだろう」と考えついたことに始まる。他人が面白いと思うかどうかなど関係ない。単なる主観的興味だ。とりあえず作ってみたが、うまくいかない。だが「とても興奮する試行錯誤」の末に、3×3×3からなる立方体であるルービックキューブを完成させる。

真の完全性をなすために完全性を壊す必要があったのだ

少しわかりにくいかもしれないが、素晴らしく含蓄に富んだ言葉ではないか。完成形に至るには、いくつもの改良が必要だったのだが、そのうちのひとつが、スムーズに動かすためには完全な立方体ではダメとわかった時の言葉である、といえば理解してもらえるだろうか。六面の色も含め、ルービックキューブは最初からほぼ完全な完成形として作られたのも驚くべきことだ。

単なる好奇心で作ったキューブだったが、友人達がそれで遊ぶ様子を見て、「空間動作をあらわす理論的目的のためのツール以上のもの」であると考えるようになる。そして、「三次元理論玩具」というこれ以上に地味な名前はなかろうと思えるほどの名称で特許を取得する。

商品化での最初の案は「マジックキューブ」という名であったが、あまりに平板であるという理由から、珍しい名字である「ルービック」が採用された。当時のハンガリーは鉄のカーテンの向こう側の国だったが、キューブのおかげでルービックは世界を飛び回るようになる。その米国への最初の旅は「奇跡のようだった。いや、おとぎ話と言った方が正確か」というような状況であった。

いくつかの曲折があったものの、ルービックキューブが爆発的な人気を博したことは誰もが知るところだ。ルービックはこのように振り返る。

50年近く前の若い頃、収入もほとんどなかった頃に(月に約100ドル)、自分が作り上げたものは一体何なのか自室で解明しようとしていたとき、成功のカタルシスを体験したのだ

いくつもの理由で、成功は金銭的なものではないと断言する。そんなルービックにとっての「ほぼ正確な定義」は

成功とは挑戦してきたことを達成することだ

ということになる。

6つの章のどこから読んでもかまわないとあるように、自伝ではあるが、経年体にはなっていない。しかし、決して読みにくくはない。むしろ、ルービックが思い出しながら自らの物語を語ってくれるような快感を味わえる。

自分の頭で考え、実行する。あたりまえのことのようだが、本当の意味でそうできる人は多くない。ルービックは間違いなく、そのような一人である。それも、超高度であるし、大成功-もちろんルービックの言う意味での成功-をおさめた人でもある。それだけに、語る言葉が突き刺さる。金言は全編あちこちにちりばめられているし、すでにいくつかを紹介したが、さらに付け加えておこう。

無力さを感じる瞬間に、創造は始まる

人生において、失敗より有益なものはない。あらゆる点で成功より遙かに有益だ。間違いを犯す勇気を持たなければならない。間違いを犯さなければ、全てを本当にうまくこなすことは不可能だからだ

シンプルさは複雑さよりはるかに謎めいている

成功というものはどんなに科学的に計算されているように見えても、一番の要因は幸運だ

成功とはなにか、だけではなく、完全とはなにか、アマチュアとプロのちがい、「遊び」の重要性、学校教育のあり方などについても示唆に富んだ考えがつぎつぎと披瀝されていく。

ルービックキューブは単なるパズルではない。ある種の現象であり、分野となった。そのような偉大なものを作り出した男の思考、学ぶべきことが驚くほど多かった。おっちゃんはもう隠居したから、別に学びたくもないんやけど、えらい賢こなってしもたみたいな気分ですわ。

<おまけ> ルービックキューブは競技としてもおこなわれる。その世界記録をご存じだろうか?なんと2018年に中国の杜宇生(Yusheng Du)が樹立した3.47秒だ。その時の嘘みたいな動画はこちら。ちなみに機械によるレコードはその十分の一ほどの0.38秒。その動きは、あまりのことに見たら笑えてきます。

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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『決定版-HONZが選んだノンフィクション』発売されました!

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