APU活動記② HONZ定番企画「2022年印象に残った本は何?」

2023年2月12日 印刷向け表示
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◆ 巧みな話術で聴衆を虜にする無限スピーカー 岡ノ谷一夫(帝京大学教授、元読売新聞読書委員)

作者: ドミニク レステル
出版社: ナカニシヤ出版
発売日: 2022/12/9
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ハダカデバネズミ 女王・兵隊・ふとん係』や『「つながり」の進化生物学』を書いた岡ノ谷一夫は、ユーモアのかたまりのような人だった。「大学の教授をしていると立たないと喋れない」と勢いよく立ち上がって始まった岡ノ谷の演説。動物の心について知りたくて、行動や脳の研究を始めたものの、大学ではいきなり「動物に心はありません」と叱られたとか。なぜなら、動物の心は計測できないもので、”非科学的”と思われているからだ。しかし、本来は自分の心以外は分からないもの。動物だけじゃなく、人間であっても、他人に心があるかどうかなんて、本当のところ分からない。そうであるのに、人間は人間だから心があると擬人化していると岡ノ谷は主張する。

そんな岡ノ谷の一冊は、『あなたと動物と機械と』。たとえば動物との友情についてや、さらにその先の機械との友情について、じっくり考えたことがあるだろうか。岡ノ谷はAIに心が芽生えたと安易に語られるのが気に食わないと言う。本書は、動物には心があると仮定して、その上で我々はどうコミュニケーションを取れるかを考えていく。フランスの哲学者の本で難解ではあるが、哲学と現代科学など多くの情報を統合し組み立てるプロセスがとても勉強になる一冊とのこと。合わせて、大島渚がチンパンジーと女性の恋愛を描いた映画をフランスで撮っており、おすすめだそう。(『マックス、モン・アムール』)

◆ サバイバル生活に目覚める一歩手前か!? 稲泉連(ノンフィクションライター、元読売新聞読書委員)

作者: 服部 文祥
出版社: 河出書房新社
発売日: 2022/10/26
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戦争や震災など様々なテーマを扱うノンフィクションライターの稲泉連。取材対象の心の奥まで読み取るかのような丁寧なアプローチに定評がある。『ぼくもいくさに征くのだけれど―竹内浩三の詩と死』では、最年少で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した。実は『アナザー1964 パラリンピック序章』を書いた際に別府と深い関わりを持ったと言う。別府市亀川には「太陽の家」という就労支援施設がある。この創設者が「日本パラスポーツの父」と呼ばれる医師・中村裕だ。ぜひAPU学生には一度足を運んでもらいたい場所である。

稲泉が選んだ一冊は、服部文祥の最新刊だ。服部はフリークライミングの思想に魅せられ、地図を持たず、山の中で食料を調達しながら登山を続け、その様子を自身の処女作である『サバイバル登山家』に記した。その後、サバイバルにのめり込み、ついに廃村で自力生活を実践する。服部の魅力は、少しずつできることが増えていく過程の喜びを、持ち前の文章力でありのままに書き連ねていることだ。私たちの日常では、ほとんどをサービスに頼り切っていて自力で何か出来ることは本当に少ない。稲泉は学生たちに、失敗しながらも自分自身で手を動かすことで、経験値が上がっていくことを熱く伝えた。

◆ 虫と養老孟司はおまかせ 足立真穂(HONZレビュアー)

作者: 小檜山 賢二
出版社: クレヴィス
発売日: 2019/7/27
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作者: 小檜山 賢二
出版社: 講談社; 復刻版
発売日: 2019/7/19
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足立真穂が「大分にまつわる本を紹介する」と言って取り出したのは、大きな写真集2冊だ。『TOBIKERA』は、トビケラの巣だけを集めた写真集だ。トビケラはミノムシのように巣をつくる。本能的なものなのか、自発的に、石や小枝、葉など周囲の素材を選び、加工し、適切な構造の巣を構築する。

これを撮影したのが、デジタル伝送研究者としても、昆虫写真家としても知られる小檜山賢二だ。写真を撮るにはどこかに焦点が当たるが、小檜山の編み出した独自の撮影技術(マイクロプレゼンス)では全体にピントを合わせて撮影できる。美しく芸術的な虫の世界は、小檜山の『象虫』でも見られる。この一冊が評判を呼び、『葉虫』『兜虫』などシリーズ化した。

冒頭で大分に関係があると言ったのは、2024年の6月~8月、大分県立美術館にて、小檜山賢二と養老孟司の展示に足立が協力しているから。この展示会のために今後も足繁く別府に通うと言うが、本当なのか、羨ましい。そういえば、今回の旅のなかで「仕事は不純な動機でやるのが一番良い」と言ったのは岡ノ谷だったか。足立からライブラリーに『TOBIKERA』を寄贈するとのこと。APUの皆様、来年の夏を楽しみにしていてくださいね!

◆ HONZのスーパー司会者 東えりか(HONZレビュアー)

作者: アンドリュー・ソロモン,Andrew Solomon
出版社: 海と月社
発売日: 2020/12/4
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作者: アンドリュー・ソロモン,Andrew Solomon
出版社: 海と月社
発売日: 2021/10/15
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作者: アンドリュー・ソロモン,Andrew Solomon
出版社: 海と月社
発売日: 2022/1/31
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待望の翻訳本だ。本書は20カ国で翻訳されている。本書3巻もので、それぞれ子どもの「ちがい」の種類によって分かれている。1巻は低身長、聴覚障害、ダウン症などの身体的特徴。2巻は自閉症や重度の障害者、そして神童と呼ばれる子ども。3巻はレイプで生まれた子どもや犯罪者になってしまった子ども、そしてトランスジェンダーと自覚した子どもである。

それぞれの子どもたちが親とどのように接し、親はどう接するのか。10年間にわたって300組の親に取材をしている。この類の本は日本ではなかなか売れず、翻訳されるのが敬遠されがちだという。しかし本書は、夫婦2人が営む「海と月社」という出版社によって日本でも読めるようになった。著者のアンドリュー・ソロモンはパートナーとの間に子どもを持つことになったが、子どもを持つという逡巡が、本書の執筆につながったそうだ。

東えりかは本書が出来るだけ多く日本人の目に留まることを願っている、と東。本書も「海と月社」のご厚意で、APUライブラリーに寄贈されたので、学生さんもぜひ手に取ってみて欲しい。

◆ 強い気持ちとあふれるパワーの持ち主 出口治明(APU学長、元読売新聞書評委員、HONZ客員レビュアー)

作者: 南川 高志
出版社: 岩波書店
発売日: 2022/12/22
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出口治明が2022年一番面白かった本は『マルクス・アウレリウス』だ。出口は「僕はストア派の考えが好きです」とよく言っているが、マルクス・アウレリウスはストア派の哲学を実践したローマ皇帝である。彼の時代、ローマ帝国には陰りが見え始め、東北方面からの諸部族の信仰と財政の窮乏で不安定な時代に差し掛かっていた。マルクス・アウレリウスは、まさに時代に抗いながらも、心労を重ね、皇帝の職務をひたむきに遂行した人物だ。出口はマルクス・アウレリウスが一番好きだと言う。嘆きとして生きる『自省録』は、その姿をありのまま写し出した本である。

あっという間に1時間が過ぎ、イベント終了後も学生たちの質問タイムが大いに盛り上がりました。今回改めて私が感じたのは、人と人とをつなぐ本の役割です。本を片手に話し始めれば、肩書きや仕事のしがらみなどが一切消え、純粋な楽しみとして語り合うことができます。何に感動したのか。何に憧れているのか。気付いたら相手のことももっと知りたくなる。自分の今いる場所を考えたくなる。相手の世界観に触れることで、また新たな本との出会いにつながりました。

APUの皆さん、ありがとうございました!

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決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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『決定版-HONZが選んだノンフィクション』発売されました!