Be water , My friend ! 『本屋で待つ』

2023年3月25日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
作者: 佐藤友則
出版社: 夏葉社
発売日: 2022/12/25
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

この数か月私は、本はどうあるべきか。本屋はどうあるべきか、ばかり考えている。取次に25年もいて、そんな問いに意味がないことはわかっているのに、である。なぜなら、足元の売上減は顕著で、それに加えて光熱費・人件費・決済手数料の増大はあまりにも急激だからだ。本屋の明日に、これまでとはレベルの違う暗い影を落としている。

新しい仕組みへの置き換えが必要なのは誰の目にも明らかだ。しかしそれが何なのかは誰もわからない。「こうあるべき」という理想は見えない。元より資源なき島国にあれほど多品種で大量の紙の出版物が必要だったのか、狭い国土に2万軒以上の本屋が必要だったのか。ただ華やかなりし昔を取り戻せば良い、というものではないのだ。

VUCAの時代だからではない。もともと何が適正なのかわからないのである。製造・流通・小売の3者が古いルールにツギを当てながら規模を大きくしてきた。その結果まるで九龍城のような複雑な仕組みになった。ありがちな脚本ならば、一見好ましくない破壊的な変化が起きて、新しいものに置き換わるのかもしれない。

閑話休題。出版受難の20年だった。その中をまるで水のように形を変えながら業績を伸ばした本屋が広島の山間部にある。特色ある本を仕入れ、新しいサービスに挑戦してきた。その名はウィー東城店。本書は、そこで起こった出来事を一人出版社・夏葉社の島田社長が硬質な中にも温かみのある筆致で綴った本だ。むき出しなのに文章が美しい。

いま私は「水のように」と評した。「Be water , My friend !」この言葉がブルースリーの言葉であることは多くの方がご存知だろう。香港市民デモのキャッチフレーズとして有名になったからだ。水はカップに注げばカップの形に、ボトルに注げばボトルの形になる。水は自在に動いて時には破壊的な力を持つとブルースリーはその意味を語っている。

私はこの本を読み、本書の主役・佐藤友則に「Be water , My friend !」と微笑みかけられた気がした。出版業界の厳しい環境下で、人口減少が続く山間部の小さな書店を守り続けるのは絶望的な闘いだったはずだ。しかし彼はそれを乗り越え、右肩上がりの成長を続けている。

さぁそれでは「水のような」闘いぶりを見ていこう。その軌跡を振り返るにあたり、まずは本書から印象的な彼の言葉を引用したい。

「本屋というのは考えれば考えるほど、不思議な商売だった。お客さんたちはときに、心のなかをすべて洗いざらい打ち明けるような、そんな一冊をレジに持ってくる」 

~本書より

人間関係の悩みを扱った重い内容の本も、当たり前のようにお客様はレジに持ってくる。そんな日々の営みの中で彼の頭の中で顧客情報がサマリーされ、大型店を凌ぐ売上を叩き出すようなフェアを生み出していった。そしてさらに、お客様から持ち込まれる相談に答える過程で生まれた、本以外のサービスが大成功を収めていったのだ。

例えば、年賀状の宛名印刷サービス。「手が震えて、もう書けんのんじゃ」というおじいちゃんの声に答えて代筆を始めたのがキッカケ。最初は業者に印刷をお願いしていたそうだが、粗利が50%も増えることに気づき500万円の複合機を導入。いまでは多くの方がそのサービスを利用しているそうだ。

そして、コインランドリー。こちらは初期投資2,000万円なので、決断までに4~5年かかったという。しかし本とは比較できないくらい利益率が高いうえに、コインランドリー利用者の書店滞在時間も長く、結果的にこの事業は大成功だったという。だだっ広い駐車場を持て余している郊外店は多いのではないだろうか。

出版業界はビッグデータを活かしきれていないと言われることが多い。しかし広島の一店主が顧客情報から大きな価値を生み出したことは大きな示唆とならないだろうか。本以外の商材で粗利を押し上げようと考えているのは佐藤も他の本屋と同じだ。しかし大きく違うのは「お客様が何を求めているか」という大前提を踏まえている点だ。

お客様の顔も知らない事務方が机上で算盤をはじいて、書籍売り場を縮小する替わりに比較的評判の良い「大量生産型の雑貨」を置くというやり方と、佐藤のやり方は違っている。一つ一つ長い時間を使って考えたり感じたりしたことを、慎重かつ大胆に実行している。年賀状の機械やコインランドリーはその好例。決して小さくない投資なのだ。

そんな経営面の出来事だけでなく地方の本屋特有の人材面の出来事も、彼の思いやりが溢れていて本書の読みどころの一つとなっている。アルバイトから成長して店長にまでなった人材もいるし、高校生の頃にアルバイトをしていた子がお店の隣にパン屋さんを開いたりしている。自分の町にもこんな本屋があるといいのに、と思わずにはいられない。

ITの発達によって、紙でなくても本が読めるようになった。21年度には電子の占有は30%近くまで伸びてきている。スマホ世代が増えることを考えると、いずれ紙の本と電子書籍は逆転するだろう。本の買い方も、いまや目的買いが主流になっている。店頭での本との出会いの素晴らしさを声高に叫ぶ人が増えているのは、きっとその裏返しだ。

「紙の本から、電子書籍へ」「店頭で本を渉猟する形から、何かでお薦めされた本だけを買う形へ」という流れはもはや不可逆だ。その中で「本も本屋の形も変わっていく」のは当たり前なのだ。その変化の中で佐藤のような胸のすくストーリーを生み出す男たちが今後も続いてくれることを切に願い、彼らにこの言葉を贈りたい。「Be water , My friend !」

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

『決定版-HONZが選んだノンフィクション』発売されました!