『ルポ 国際ロマンス詐欺』犯人はアフリカにいた!

2023年6月16日 印刷向け表示
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作者: 水谷 竹秀
出版社: 小学館
発売日: 2023/6/1
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どう考えても胡散臭い話なのに、なぜか騙されてしまう人がいる――。そんな詐欺の代表格が「M資金詐欺」だ。M資金とは、GHQが占領下の日本で接収した莫大な財産を基にした(というフレコミの)秘密資金のこと。今も密かに運用されており、特別に選ばれた者だけがその恩恵にあずかれるという。

被害者は主に企業の経営者や実業家らで、「M資金から融資を受けられる」などと詐欺師に持ちかけられ、手数料や紹介料の名目で多額の金を騙し取られるのがパターンだ。なぜこんな荒唐無稽な話を信じてしまうのか不思議でならないが、忘れた頃にきまってニュースになるのは、それだけ秘密資金の存在を信じる(信じたい)人がいるからだろう。

M資金と同じように、なぜ騙されてしまうのか、理由がよくわからないのが「国際ロマンス詐欺」である。古株のM資金詐欺と違い、こちらは新手の詐欺だ。

国際ロマンス詐欺とは、SNSやマッチングアプリで偽の人物を装い、恋愛感情を抱かせて金銭を騙し取る特殊詐欺の一種である。犯罪の名前にわざわざロマンスなんてつけなくてもと思う人もいるかもしれないが、もとはアメリカやイギリスなどの英語圏で相次いだ被害が「Romance scam」として報道されたことに由来するという。

独立行政法人国民生活センターによれば、国際ロマンス詐欺に関する相談件数は2019年度の72件から20年度には678件、21年度には1701件へと跳ね上がった。22年度は941件に減ったが、それでもかなりの数にのぼる。

多くの被害者に共通するのは、やりとりをしている相手と「一度もリアルで会ったことがない」ということだ。本書を読むまで不思議でならなかったのがこの点である。なぜメッセージのやり取りだけで相手のことを信じ込んでしまうのか。なぜまともに声を聞いたこともないのに騙されてしまうのか……。

この手の被害が報じられると、ネットに必ず書き込まれるのが「騙されるほうも悪い」というコメントである。だが果たしてその批判は正しいのだろうか。被害者のインタビューを読むと、晩婚化や生涯未婚率の増加、非正規の問題、独身中高年の孤独など、日本社会が抱える諸問題が背景にあるのが見えてくる。

神奈川県在住の45歳の女性は、かつてSNSでやり取りしていた既婚者の男に「子供も産めない40過ぎの女性なんか遊び相手としか考えないよ」などとひどい言葉を浴びせられ傷ついた経験があった。ところが新たに知り合った年下の男性は違った。ある時、「日本語を勉強したいのでお友達になってくれませんか」とメッセージが届いたのだ。相手は36歳の台湾人だという。彼はとても優しく、1人暮らしで孤独を感じていた彼女は、毎日のやり取りを楽しみにするようになっていく。

「私になんでもかんでも報告してくるんです。私はあなたと友達だから、その義務があると。そういうふうにされたことがなかったから、新鮮だったんです。私の気持ちに寄り添ってくれるというか。私のトークも一切、否定しない。受け入れてくれるんです」

ひょっとしたら孤独な老後を迎えなくても済むかもしれない……。淡い期待が「この人しかいない」という確信に変わるまで時間はかからなかった。そんな彼女に男が持ちかけてきたのが暗号資産への投資だった。

国際ロマンス詐欺では、銀行口座への振り込みに加え、暗号資産やFXへの投資で金銭を騙し取られるケースも多い。特に後者は、模擬取引を通じて値上がりした画面を見せ、射幸心を煽ったうえで大金を取り込んでいく手法がとられる。もちろん取引所はフェイクである。

つましい暮らしぶりにもかかわらず、大金を貢いでしまう被害女性が不憫でならない。彼女は時給1500円で働く派遣社員で、手取りは残業を入れても月に21万〜23万円。家賃5万3000円のアパートで一人暮らしをしていた。それが男に誘われるがまま、年金がわりにコツコツ積み立てていた生命保険を解約し、消費者金融で借金までして、総額415万円も注ぎ込んでしまうのだ。

国際ロマンス詐欺被害が専門の弁護士によれば、投資詐欺では、損を取り戻そうとする心理が働くという。「騙されているのでは」と気づいても、それを認めたくないために、これは本当なんだと自分に信じ込ませ、金を振り込み続けるのだ。損を認めたくない(損切りができない)心理状態に陥ってしまうのである。

本書を読みながら、被害者に「いい人」が多いことも気になった。マインドコントロールの専門家によれば、「いい人」がSNSを使用すると、相手に自分を投影し、同じような人だと考えてしまうケースが少なくないという。つまり自分が善意で接しているのだから相手も善意で接しているに違いないと思い込んでしまうのである。「もしかすると悪いやつかもしれない」とは微塵も思わない。

会ったこともない相手から届くメッセージに、真摯に応答する被害者の姿が痛々しい。なぜなら、自分のことを気遣ってくれている相手の言葉は、実はあらかじめ用意されたフォーマット(例文)をコピペしたものに過ぎないからだ。

著者は取材を重ねるうちに、犯人たちがナイジェリアやガーナなどの西アフリカを拠点としていることを突き止める。中でもナイジェリアでは、従来からサイバー犯罪が深刻な社会問題となっており、これがロマンス詐欺の横行へとつながっていた。著者はナイジェリアへ渡り、犯人らと接触することに成功する。彼らはフェイスブックの偽アカウントで欧米人などになりすまし、引っかかった相手に、せっせとコピペした愛のメッセージを送っていた。相手を落とすには、現実の恋愛と同じように「マメさ」が大事だということまで彼らは心得ていた。

驚くのは、現地では詐欺によって外国人から大金を詐取した連中が「ヤフーボーイ」と呼ばれ、若者たちの憧れの的となっていたことだ。彼らは騙し取った金で高級車を買い、クラブで女性と遊ぶ様子をSNSに自慢げに投稿する。ナイジェリアは約2億1000万人の人口のうち、1日あたりの生活費が1.9ドル(約250円)未満という極貧層が7130万人もいるという。この貧困もロマンス詐欺が横行する要因となっている。

この他にも、後のヤフーボーイにつながる土壌となった「ナイジェリアン・プリンス詐欺」、詐欺で大富豪になった「ハッシュパピー」など興味深い話題が多い。詳しくはぜひ本書を読んでほしい。

それにしても、これほど被害者と加害者の落差が際立つ犯罪もないかもしれない。被害者たちは、借金返済と人間不信を抱えながら、なんとか前を向いて生きようとしている。かたやヤフーボーイたちに罪の意識はほとんどない。彼らのひとりは次のようにうそぶいた。

「大金を騙し取られても、相手の外国人は先進国にいるから政府が支援してくれるだろう。私たちは国が助けてくれないんだ」

本を読み終えて、あらためてフェイスブックを開くと、会ったこともない外国人からの友だち申請がいくつも並んでいた。ほとんど女性である。これはそういうことだったのかと得心がいった。この中にもはるかアフリカの地から届いたメッセージがあるかもしれない。

ふと返信してみようかと思った。そうすれば毎日のように愛の言葉が届くのだろうか。やり取りに付き合うふりをして、少しからかってやってもいい。しばし考えたが、

「……めんどくさ」

やっぱりバカバカしくなって、スマホをしまった。

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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