婚活するにはこれを読め!『マッチング・アプリ症候群 婚活沼に棲む人々』

2023年6月27日 印刷向け表示
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作者: 速水 由紀子
出版社:朝日新聞出版
発売日: 2023/6/13
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マッチング・アプリ、まったく未知の領域である。まぁ、66歳既婚者なんだから、当然といえば当然だ。しかし、いまや結婚するカップルの20%が利用するという。知識として知っておくのは悪くなかろうと読み始めたら、いきなり驚きの連続だった。

冒頭で紹介される30代の知人女性Kさん。マッチング・アプリで知り合った男性7人と同時に付き合っているという。へ、二股でもあかんような気がするのに、七股?ヤマタノオロチかよ、ってちょっとちゃうけどびっくりの内容、少し長いが引用する。

食事は日替わりで全員と、家に泊まりに来るのは2人で、あとは外でドライブや映画。デート費用は相手が出してくれる。少しずつ結婚相手を絞る予定だが、次々に新規の候補が現れるので、いつになっても数が減らない。

おいおい、それってあかんすぎちゃうん。おっちゃんみたいな昭和生まれの倫理観では許されへんで。ちょっと極端な例かもしれないが、マッチング・アプリでのお付き合いでは、複数と並行して付き合うのは普通のことらしい。それも、お互いが納得ずくで。出だしからついていけなさそう。とは思うが、興味津々やないの。

マッチング・アプリ「症候群」に入る前に、わたしみたいな無関係者のためにシステムを簡単に紹介しておこう。最大手であるペアーズ ― 会員数は2,000万人とかホンマですか ― の例が紹介されている。女性はなんと完全無料、男性は、プロフィールを見て「いいね!」を相手に伝えるマッチングまでは無料。そこからメッセージをやりとりするのには月3,700円。思っていたよりもはるかに安い。はいろうかしらん。あかん、既婚者やねんから。メッセージをやりとりしええ感じやったらLINEへ、そこでいろいろとお話してさらに気に入ったら会ってみるというのがルーチンらしい。もちろんうまくいけば二人同時退会して結婚、めでたしめでたしである。

いよいよ本題。この本の内容は、長い期間そのゴールにたどりつくことができず、マッチング・アプリの「沼」にはまり込んだ人たちについてである。およそ4人に1人が2年以上アプリに入会しているとうから、沼の深さはともかく、面積は相当に広い。著者の速水由紀子さんは、「アプリの婚活沼に依存するディープな住人たち」を「マッチング・アプリ症候群」と名付けて取材を開始する。その方法論が素晴らしい。

自分自身がマッチング体験をしてみなければ本質的なことは書けないと考えて、複数のアプリに入会し実際に200人近いマッチング体験をしてみた。

さらっと書いたはりますけど、すごすぎへん?それ以外の取材内容もあるが、基本的には、自分自身の体験から選りすぐった症候群患者の紹介である。まずは一人目のマッチングデートから。

相手は48歳で「陽に焼けた細身の顔は若々しくて学生のようで、髪は真っ黒」、「引き締まった体に白シャツとデニムがよく似合う」、「すらっとした体型のジャニ系」の男性。のはずだった。しかし、待てど暮らせど待ち合わせ場所に現れない。業を煮やしてLINE電話をしてみたら、その男、コウさん、は目の前にいた。

「恐ろしいことにスーパーメタボ」のおじさんで、問いただせば、プロフィール写真はどうやら10年以上も前に撮影したもの。そのうえ、写真で騙したことにまったく悪びれない。そらあかんやろ。取材目的があるからまだしも、それでなかったら激怒するとこやで。この「写真詐欺の男」、別れ際に臆面もなく「また会えますか?」と尋ねたらしい。鋼鉄のハートである。

もちろん答えはノー。しかし、速水さんはタダでは起きない。こんな写真詐欺にあわないために、以後は初デートの前にLINEのビデオ通話をするように心がける。一歩一歩、着実に沼での生き方を学んでいくのがえらい。で、二人目の獣医師のユウタさん(38歳)は、恐ろしいことにヤリモクだった。

「ユウタさんからのメッセージは誠実だがノリが良くて、ちょっとお茶目な年齢相応のものばかりで、不安を感じさせる要素は一つもない」ということで、健全デートを申し込んだ。今度は写真通りの男性で、食べ物などを買って公園でピクニックという気分だった。ところが、デザートのスイーツを皿に並べていたら、いきなり「さかりのついたチンパンジー」のように抱きついてきた。速水由紀子、危機一髪!内出血するほど腕をねじ上げて難を逃れた。

ヤリモク、わかるだろうか?知らなかったが、婚活アプリ用語で「ヤリ目的」の略、なにしろセックスをするだけが目的の男を言うらしい。すごい言葉やな、しかし。今回は獣医という肩書に、きっと優しい人だろうと騙されてしまったのだ。「マッチング・アプリのプロフィールや自己紹介は、ぱっと見のカテゴライズには便利だが、実は“見せたい自分”として真逆にミスリーディングするケースもあると痛感した」という。またひとつ、賢くならはりました。

どちらもたいがいだが、三人目のKSさん(51歳)に比べるとかわいいものだ。なんと「アプリの深い沼に浸かって生きているマッチング・アプリ症候群の人々の中で、最強の捕食者」そして「婚活アプリの生き字引」とまで賞されている。ちょっとたいそうな気もするが、確かにすごい。20代半ばから53歳になるまでに出会い系・マッチング・アプリで出合って男女の関係になった相手は約500人! 年平均で20人、ホンマにちゃんと数えとったんかよ。いや、まさに婚活アプリ沼のレジェンドではないか。ちと誉めすぎか。

KSさんはヤリモクなどではなくて、常に真剣らしい。だが、自分で言うように発達障害で、どの関係も3ヶ月と続かない。「婚活にも恋愛にも向いてないのに婚活沼が一番、居心地がいいという矛盾」、と書かれているとなんだか気の毒になってくる。

他にも、フェイクプロフィール男、結局は1人でいるのが好きな「隠れソロ専」、独身だと偽っている既婚者、「いいね!」をもらっても動きの悪い「マグロ男子」などなどさまざまなタイプがいる。もちろん、真剣に結婚を望んでいるのにうまくいかない不器用なひとたちも。どろっどろの婚活沼に棲息する男たちの多様性はものすごい。そんな多様性、いらんけど。

そのような相手と「交際」を続けながら「婚活不感症」になってしまった速水さんだが、豊富な経験からマッチング・アプリの達人レベルに登り詰めていく。そこで得た様々な教訓と、マニュアル的な手法。わたしなんぞには関係がないけれど、いま利用している人、これから利用する人にはものすごく貴重な情報であることは間違いない。

速水さんによると、現在は結婚全体の20%程度だが、いずれアプリ婚は5割に達するだろうという。確かにこれまでの上昇率や、若い人のメンタリティー、社会情勢を考えるとそれくらいはいきそうだ。少子化対策が声高に叫ばれているが、日本ではまず結婚が先だろう。異次元というならば、予算措置以上に、マッチング・アプリの効率を高めることを真っ先にすべきではないか。この本を、感心しながら、呆れながら、そして笑いながら読んで、最後はまじめな結論に着地したぞ。どやっ!

作者: 水谷 竹秀
出版社:小学館
発売日: 2023/6/1
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国際ロマンス詐欺に比べたら婚活沼なんかかわいいものかもしらんけど。首藤のレビューはこちら


作者:國友 公司
出版社:彩図社
発売日: 2018/9/27
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壮絶な体験ルポといえばこれ。昔、レビューを書きました。


作者:多田 文明
出版社:彩図社
発売日: 2005/12/26
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明るい体験ルポといえばこれかな。西成本と同じく彩図社の本、なんかかたよってるやんか。



決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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